エンジン音より大きな歓声――ストライク令嬢、サーキットに立つ
栃木県東部、深い森と広い空に囲まれた国内屈指のモータースポーツ施設。
本格的なレーシングコース、観客席、ピット、展示スペース、子ども向けの体験施設まで備えた、まさに“走る歓声”の聖地である。この日はそこで、戦隊ヒロインとモータースポーツを組み合わせた大型イベントが開催されていた。
参加するのは、塩原結花、山口唯奈、すみれコーチ、柏木理世、水無瀬澪、月島小春、金城伊織、高城彩芽、エミリー、伊吹真白。さらに、現役イベントコンパニオン兼戦隊ヒロインである大宮麗奈と森川美里が、レースクイーンとしてステージに立つことになっていた。
控室に入った瞬間、彩芽が固まった。
「……なんだべ、あの二人。同じ人類だべか?」
そこには、レースクイーン衣装の麗奈と美里が立っていた。麗奈は長身で華やか、堂々とした美脚と圧倒的なステージ映え。美里はモデル兼任らしい洗練された立ち姿で、笑顔の角度まで完璧だった。
麗奈は腕を組み、当然のように言う。
「まあ、もっと褒めてもいいよ」
小春が半眼になる。
「自分で言うなよ」
美里は苦笑した。
「麗奈さん、それ毎回言いますよね」
澪はぼーっと見上げる。
「……きれい」
麗奈は満足げに頷く。
「澪ちゃんは分かってるね」
一方、塩原結花はいつもの“さわやか結花さん”だった。高原の風のような笑顔で、ステージ袖に立っている。
「本日は、モータースポーツとボウリングの意外な共通点をお話しできればと思いますわ」
小春が突っ込む。
「共通点あるのか?」
結花は涼しい顔で返した。
「ございます。ライン取り、重心、リリースの瞬間。レーンもコースも、読むものですの」
唯奈がドリームトラクター蒼牙2000・改の横で胸を張る。
「蒼牙も今日は展示車両だっぺ!」
蒼牙2000・改の落ち着いた音声が響く。
「本日は皆さまに安全かつ丁寧にご覧いただけるよう努めます。唯奈さん、くれぐれも展示中に急発進なさらないようお願いいたします」
「しねぇっぺ!」
「そのお返事が少々不安です」
イベントは朝から大盛況だった。
まずはヒロインステージ。エミリーが英語を交えた華やかな挨拶をし、真白が大型車両や輸送の話を実務目線で解説する。理世は淡々とモータースポーツの観客動線を分析し、伊織は安全マナーを優等生らしくまとめる。彩芽はテンションだけで突っ走り、伊織に何度も袖を引かれた。
「彩芽、マイクに近すぎます」
「盛り上げてるんだべさ!」
「音割れしています」
すみれコーチは腕を組みながら笑った。
「伊織がいると現場が締まるな」
その後、結花のミニ講座が始まった。
結花お嬢様のレーシング・ストライク講座
結花はステージ中央でボールを手にする。
「皆さま、ボウリングはただ真っすぐ投げればよいものではございませんの。車がコーナーへ入る時、ラインを読むように、ボールもレーンの上で最も美しく倒れる道を探しますわ」
観客が感心する。
「へえ、分かりやすい」
「結花さん、説明うまいな」
だが、実演になると少し栃木弁が混じった。
「そごで力むと曲がんねぇんですの。焦っちゃダメだべ。レーンもコースも、最後までよう見るんですわ」
小春が笑う。
「令嬢と栃木弁が混ざってんだよなぁ」
澪はぼーっと言う。
「……でも分かる」
イベント最大の人気を集めたのは、撮影会だった。
ドリームトラクター蒼牙2000・改と、麗奈・美里のレースクイーンコンビ。
これが、とんでもない行列になった。
蒼牙2000・改の巨大で異様にカッコいい車体。
その横に立つ、華やかな麗奈と美里。
さらに唯奈が運転席から手を振る。
「蒼牙、大人気だっぺ!」
蒼牙の音声はいつもより少し柔らかかった。
「多くの方にご覧いただき、光栄です」
麗奈が横で笑う。
「蒼牙、ちょっと嬉しそうじゃない?」
「否定はいたしません」
美里が手を振ると、観客席から歓声が上がる。
「美里ちゃーん!」
「麗奈さーん!」
「蒼牙かっこいい!」
撮影待ちは数時間に伸びた。
理世がタブレットを見て言う。
「待機列が想定の三・七倍です」
すみれコーチが頭をかく。
「うれしい悲鳴だな」
小春は行列を見て呆れた。
「蒼牙とレースクイーンの組み合わせ、強すぎるだろ」
澪は売店の方を見ている。
「……カレーの匂い」
「お前はブレねぇな」
一方で、イベントの裏では、別の動きがあった。
搬入口付近。
関係者用通路。
機材保管エリア。
人混みに紛れて、数人の男たちが静かに動いていた。
ジェネラス・リンクの工作員だった。
彼らの狙いは、会場設備の一部と、イベント車両の制御系統。華やかなステージと撮影会の騒ぎに紛れ、夜の撤収時に混乱を起こすつもりだった。
理世はまだ気づいていない。
小春も観客整理に回っている。
唯奈は撮影会対応で忙しい。
その異変に最初に気づいたのは、金城伊織だった。
伊織はステージ袖で、関係者パスを下げた男の動きを目で追っていた。
「……おかしいですね」
隣の彩芽が首を傾げる。
「何がだべ?」
「工具ケースを持っているのに、ピット側ではなく観客導線の裏へ入っています。しかも、さっきから同じ場所を三度通りました」
彩芽は目を輝かせる。
「敵だべか!? 行くべ!」
伊織は即座に腕を掴む。
「待ちなさい」
「また止めるんだべか!」
「まだ確証がありません。すみれコーチに報告します」
伊織の声は静かだったが、目は真剣だった。
その頃、ステージ上では結花が最後の挨拶をしていた。
「皆さま、本日はありがとうございました。モータースポーツもボウリングも、最後に大切なのは安全と集中ですわ」
観客席から大きな拍手。
エンジン音よりも大きな歓声が、森に囲まれたサーキットへ広がっていく。
その歓声の裏で、伊織はすみれコーチへ短く告げた。
「不審者がいます。動線が明らかにおかしいです」
すみれコーチの顔が変わった。
「理世を呼べ。全員、表情は変えるな」
華やかなイベントは、まだ終わっていなかった。
結花、唯奈、蒼牙2000・改。
そして、レースクイーン姿の麗奈と美里。
サーキットの裏側で、次の任務が静かに始まろうとしていた。




