ニラの香りは逃がさない――ストライク令嬢、餃子の都を守る
栃木県宇都宮市。
北関東最大級の都市であり、栃木県の県都。行政、商業、交通、文化の中心でありながら、全国的には何よりも餃子の街として知られている。駅前には餃子像。市内には専門店が並び、焼き餃子、水餃子、揚げ餃子、変わり種餃子まで揃う。宇都宮では、餃子は単なる名物ではない。日常であり、誇りであり、町の顔だった。
その宇都宮市で、餃子祭りを装った監視任務が行われることになった。
ジェネラス・リンクの工作員が、観光客に紛れて会場周辺をうろついているという情報が入ったのだ。
参加メンバーは、塩原結花、山口唯奈とドリームトラクター蒼牙2000・改、すみれコーチ、柏木理世、水無瀬澪、月島小春、金城伊織、高城彩芽。
結花は会場を見渡し、静かに言った。
「県都宇都宮で好き勝手させませんわ」
その声は上品だった。
だが目は本気だった。
理世が作戦を説明する。
「一般客が多いため、強引な追跡は不可です。澪さんと小春さんは東側導線。伊織さんは彩芽さんの制御。唯奈さんと蒼牙2000・改は退路封鎖。結花さんが最終制圧です」
彩芽はすでに前のめりだった。
「見つけたら突っ込めばいいべさ!」
伊織が即座に止める。
「待ちなさい。毎回それで混乱します」
すみれコーチが伊織の肩をぽんと叩く。
「伊織が大変なのはよく分かる」
伊織は少しだけ救われた顔をした。
一方、澪は餃子の屋台を見ていた。
「宇都宮餃子って美味しいんだよね」
小春が横で腕を組む。
「ふーん」
興味があるようで、ない。
澪は続ける。
「ニラがいい。香りが強くて、肉と野菜の味をつないでくれる。宇都宮餃子は野菜多めのお店も多いから、ニラがちゃんとしてると全体が締まる」
「ふーん」
「焼き目の香ばしさと、ニラの青い香りが合う。酢だけでもおいしい。ラー油を入れると強くなる」
「ふーん」
小春は聞いていないようで、なぜか少し腹が減ってきていた。
「……で、どこがうまいの?」
澪はぼーっと指差した。
「あっち」
小春はため息をつく。
「結局食いたいだけじゃねぇか」
しかし、その澪の“あっち”が役に立った。
澪が指差した方向に、餃子を買わずに人混みだけを観察している男がいた。観光客にしては視線が不自然だった。
小春の目が鋭くなる。
「あいつ、餃子祭りに来て餃子見てねぇな」
澪は頷く。
「ニラの匂いにも反応してない」
「そこかよ。でも怪しい」
工作員だった。
理世が即座に指示を出す。
「発見。東側から中央通路へ誘導します」
小春が軽く動く。
「よし、こっちだ」
澪はやる気なさそうに、しかし絶妙な位置に立つ。
「……そっちは混んでる」
男は自然と別方向へ流れる。
その先には彩芽と伊織。
彩芽は目を輝かせる。
「来たべさ! 今だべ!」
伊織が襟首を掴む勢いで止める。
「まだです」
「なんでだべ!」
「一般客がいます」
「ぐぬぬ……」
すみれコーチは遠くから見て頷いた。
「伊織、よく止めた」
工作員たちは三人組だった。
一人が気づいて逃げ出す。
唯奈が蒼牙2000・改の運転席で身を乗り出した。
「行くっぺ、蒼牙!」
蒼牙の落ち着いた声が響く。
「唯奈さん、会場内では速度を抑えてください。餃子を持ったお客様が多数いらっしゃいます」
「分かってるっぺ!」
「そのお返事が最も不安です」
「蒼牙ぁ!」
巨大な蒼牙2000・改が、会場裏手の搬入口へ回り込む。トラクター型支援車両が餃子祭り会場に現れるだけで、観客はどよめいた。
「なんだあれ!」
「でかい!」
「餃子のイベントだよな?」
蒼牙は冷静に告げる。
「退路封鎖、完了しました。結花さん、正面が開きます」
結花が前へ出る。
「ありがとうございます、蒼牙さん」
彼女は地面を見た。
人の流れ。
屋台の配置。
アスファルトの傾斜。
油のはねた跡。
餃子の行列で生まれた細い通路。
結花の目には、それがレーンに見えていた。
「少々混雑したレーンですわね。けんど、読めねぇほどじゃねぇべ」
彩芽が小声で言う。
「出た、栃木モードだべさ」
伊織が真顔で返す。
「今は頼もしいです」
結花は制圧球を構えた。
低い助走。
滑らかなリリース。
球は屋台の隙間を縫うように走り、まず一人目の足元を崩した。
唯奈が叫ぶ。
「結花、ナイスだっぺ!」
蒼牙も続ける。
「結花さん、お見事です。屋台間の角度を正確に利用されています」
「まあ、ありがとうございます」
唯奈が不満げに言う。
「わたしは?」
「唯奈さんも、今回は屋台に接触していません」
「褒め方が限定的だっぺ!」
残る二人が左右へ散る。
小春と澪が一方を追い込む。
小春は威勢よく声をかけ、澪はぼーっと人の流れを読んで逃げ場を潰す。
「澪、意外と使えるな」
「……餃子の列、流れが分かりやすい」
「理由はそれかよ」
もう一方は彩芽が飛び出しそうになるが、伊織が冷静に横へ回す。
「彩芽、右です。走るなら今」
「任せるべさ!」
彩芽が一気に動き、敵を中央へ戻す。
そこで唯奈と蒼牙が前進。
「ここで止めるっぺ!」
「唯奈さん、停止位置はあと一メートル手前です」
「細けぇっぺ!」
「大切です」
敵の足が止まった。
結花は二投目を構える。
「残りピン、二本。スペアを拾いますわ」
球は低く走り、餃子屋台の前のわずかな傾斜を使って曲がる。まず一人の足元を崩し、跳ね返るようにもう一人の逃げ道を潰す。
完全制圧。
会場は一瞬静まり返った。
そして拍手が起きた。
「すごい!」
「餃子祭りで何見せられてるんだ!」
「結花さん、かっこいい!」
結花は髪を整え、いつもの爽やかな笑顔へ戻った。
「皆さま、お騒がせいたしました。引き続き、宇都宮餃子をお楽しみくださいませ」
その切り替えの早さに、小春が呆れる。
「さっきまで栃木弁でキレてた人とは思えねぇな」
すみれコーチは満足げだった。
「北関東ライン、また良くなったな。唯奈も暴走しきらなかった。結花も一般客を巻き込まずに決めた」
理世も静かに頷く。
「成功率は前回より上昇しています。澪さんと小春さんの導線管理も想定以上でした」
澪は餃子を見ていた。
「……食べていい?」
小春が笑う。
「今日は働いたからな」
任務後、全員で餃子を食べた。
焼き餃子は皮が香ばしく、野菜の甘みと肉の旨味が詰まっている。ニラの香りが後からふわりと広がり、酢とラー油で味が締まる。水餃子はつるりとして優しく、揚げ餃子は軽快だった。
澪は満足そうに言った。
「……やっぱりニラ」
結花は微笑む。
「宇都宮の誇りですわ」
唯奈は勢いよく頬張る。
「うめぇっぺ!」
蒼牙が静かに言う。
「唯奈さん、餃子は二人前までを推奨します」
「なんで制限されるんだっぺ!」
伊織は彩芽の皿を見て言った。
「彩芽、あなたも食べすぎです」
彩芽は口いっぱいに餃子を詰めていた。
「うまいべさ……」
小春は笑い、すみれコーチは腕を組んで満足そうに見ていた。
栃木の県都・宇都宮で、餃子の香りに包まれながら、北関東ラインはまた一歩成長した。
そして結花は、爽やかな笑顔で箸を置いた。
「次も、きれいにスペアを拾ってみせますわ」




