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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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972/1044

温泉街のスペアメイク――那須塩原、湯けむり追跡戦

栃木県那須塩原市、塩原温泉郷。


渓谷沿いに旅館が並び、川音と湯けむりが町の空気に溶けている。古くから湯治場として親しまれ、四季折々の山の景色、温泉宿の灯り、昔ながらの土産物屋が並ぶ温泉街。派手ではないが、歩くだけで肩の力が抜けるような、栃木県北部を代表する名湯だった。


ここは、塩原結花の地元であり、彼女のフランチャイズである。


高原のそよ風のような爽やかな容姿。

現役女子プロボウラー。

そして戦隊ヒロイン。


温泉街のあちこちには、結花が出演するシャンプー広告のポスターが貼られていた。風に髪をなびかせ、清楚に微笑む“さわやか結花さん”。その本人が観光PRイベントに現れたのだから、温泉街は朝から軽く騒ぎになっていた。


「本物だ!」


「ポスターの人だ!」


「結花さん、写真いいですか?」


結花は広告イメージそのままに、優雅に微笑んだ。


「もちろんですわ。塩原の湯と景色を、どうぞ心ゆくまで楽しんでくださいませ」


観光客は大喜び。

好感度は朝の時点で天井を突き破っていた。


だが、この観光PRイベントは表向きである。


本当の目的は、観光客を装って塩原温泉街に入り込んだジェネラス・リンク工作員の監視だった。


参加メンバーは、塩原結花、山口唯奈とドリームトラクター蒼牙2000・改、すみれコーチ、南部沙羅、水無瀬澪、柏木理世、高城彩芽、金城伊織。


理世は温泉街の地図を広げ、淡々と作戦を説明した。


「敵は観光客に紛れています。一般客を巻き込まないことが最優先です。結花さんは表の広告塔として人の流れを作ってください。沙羅さんと伊織さんは観光客の誘導。唯奈さんは裏道封鎖。彩芽さんと澪さんは……」


そこで理世が一瞬止まった。


澪はすでに温泉まんじゅうを見ていた。


「……これ、おいしそう」


彩芽も隣で目を輝かせている。


「うまそうだべさ! これ、何個食べていいんだべ?」


伊織がすかさず突っ込んだ。


「澪ちゃんも彩芽もしっかりして。任務中ですよ」


澪は温泉まんじゅうを手に、近くの観光客に向かってぼんやり言った。


「……これ、おすすめです。たぶん、おいしい」


観光客が笑いながら買っていく。


土産物屋の店主は喜んだ。


「お姉ちゃん、宣伝うまいねぇ」


澪は頷く。


「……食べたいだけです」


伊織は額を押さえた。


「正直すぎます」


彩芽は完全に流されていた。


「澪さん、これ黒糖味もあるべさ!」


「……買おう」


「買うべ!」


「だから任務中ですって!」


一方、結花は静かに燃えていた。


自分の地元。

塩原温泉郷。

そこに、ジェネラス・リンクが勝手に入り込んだ。


爽やかな笑顔の奥で、怒りがゆっくり温度を上げていた。


「塩原で好き勝手はさせませんわ」


声は上品だった。


だが、目は笑っていなかった。


しばらくして、理世の視線が動く。


「三人組。動きが観光客ではありません」


すみれコーチも頷く。


「結花、見えてるか」


結花は観光客に笑顔で手を振りながら、わずかに視線を動かした。


「ええ。見えておりますわ」


次の瞬間、工作員たちが動いた。


人混みを抜け、温泉街の細い裏道へ逃げようとする。


結花の表情が変わった。


“さわやか結花さん”が、一瞬で戦闘モードへ切り替わる。


「……塩原で勝手な真似してんじゃねぇべ」


沙羅が小声で言う。


「結花さん、口調がかなり変わりましたね」


すみれコーチは笑った。


「地元で怒った結花は強いぞ」


唯奈の蒼牙2000・改が、温泉街の裏道へ回り込む。


「そっちは通さねぇっぺ!」


観光地にトラクター型支援車両という、明らかに場違いな絵面。

だが効果は抜群だった。


敵の一人が驚いて足を止める。


もう一方の細道へ逃げようとした敵の前には、温泉まんじゅうを手にした澪と彩芽が立っていた。


彩芽がまんじゅうを頬張りながら叫ぶ。


「こっちは通さねぇべさ!」


澪もぼんやり言う。


「……まんじゅう、落とさないでね」


伊織が横から言う。


「締まりませんね。でも、塞げています」


沙羅は観光客を優雅に下がらせながら、敵の進路を狭める。


「皆さん、こちらへ。危ないので少し距離を取ってください」


伊織も別の横道へ立つ。


「そこは通れません。おとなしく止まりなさい」


残った敵は、二手に分かれようとした。


結花は路面を見た。


坂道。

石畳。

湯けむりで湿った足元。

旅館の入口前にある小さな段差。

観光客が避けたことで生まれた細い動線。


彼女の目には、それがボウリングのレーンに見えていた。


「少々、湿ったレーンですわね。けんど、読めねぇほどじゃございませんの」


制圧球を構える。


低い助走。

静かな踏み込み。

美しいリリース。


一投目。


球は石畳を低く走り、わずかに曲がった。

敵の足元へ滑り込み、逃げる一人を転倒させる。


残る二人は左右へ散る。


沙羅が一人の進路を潰し、伊織がもう一人を追い込む。


結花は微笑んだ。


「残りピン、二本ですわね。きちんとスペアを拾いませんと」


二投目。


今度は回転が鋭かった。

湯けむりの中を走った球は、まず一人の足元を崩し、壁際で跳ねるように角度を変え、もう一人の逃げ道を潰した。


スペアメイク。


工作員たちは制圧された。


任務完了。


温泉街は一瞬、静まり返った。


一部始終を見ていた観光客は、言葉が出なかった。


シャンプー広告の中で爽やかに微笑んでいた女性が、目の前で敵を鮮やかに制圧したのである。


やがて、誰かが拍手した。


次に、別の誰かが叫んだ。


「結花さん、すごい!」


拍手は一気に広がった。


「さわやか結花さん、強すぎる!」


「ポスターより本物の方がかっこいい!」


「那須塩原の誇りだ!」


結花は髪を整え、先ほどまでの鋭さを一瞬で消した。


そして、広告そのままの爽やかな笑顔で一礼する。


「皆さま、お騒がせいたしました。どうぞ、塩原の温泉で心も体も癒やしていってくださいませ」


完全に“さわやか結花さん”だった。


彩芽は温泉まんじゅうを手に目を輝かせた。


「結花さん、めっちゃ強ぇべさ!」


澪は頷く。


「……まんじゅうも、おいしい」


伊織が突っ込む。


「まんじゅうは今関係ありません」


唯奈が蒼牙から笑う。


「結花、北関東ライン、今日も決まったっぺ!」


すみれコーチは腕を組んで満足そうだった。


「結花は地元だと一段強いな。唯奈との連携も良くなってる」


理世もタブレットに記録を入れる。


「観光客の動線管理、敵の誘導、結花さんの制圧。おおむね想定通りです」


沙羅が髪を払う。


「私も優雅に働きました」


理世は淡々と言った。


「今回は働いていました」


「今回は、は余計です」


こうして、塩原温泉郷の湯けむり追跡戦は無事に終わった。


その日以降、地元での結花人気はさらに高まった。


美しい。

爽やか。

上品。

それでいて、強い。


観光客は、温泉街に貼られたシャンプー広告の前でこう語るようになる。


「あの人、ただ爽やかなだけじゃないんだよ。温泉街で工作員をボウリングみたいに倒したんだ」


塩原結花。


那須塩原が生んだ、異色のプロボウラー兼戦隊ヒロイン。


“さわやか結花さん”は、地元で圧倒的な人気を固めていくことになる。

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