ヒロヒロクエスト第15話 私道を止めた女たち――真帆、宇部で国家予算級の無茶を通す
県都山口市で、梨乃と結衣の山陰コンビが妙な活躍を見せた翌日。
あきでんのオンボロヒロヒロバスは、ついに山口編の最終目的地へ向かっていた。
宇部市。
山口県西部を代表する工業都市である。
瀬戸内海に面し、化学工業、セメント、機械、港湾物流で発展してきた町。とりわけ、日本を代表する総合化学メーカーの企業城下町として知られ、街のあちこちに「ものづくりの町」としての空気が漂っている。
派手な観光地ではない。
だが、工場、港、道路、物流、働く人々の積み重ねが、宇部という町の骨格を作っていた。
そしてここは、ヒロ室の敏腕フロント・安岡真帆のお膝元でもある。
のどかが車窓から工場群を眺めて言った。
「真帆さん、ここホームなんじゃね」
真帆は涼しい顔で頷く。
「そうですね。だいたいの人脈はあります」
梨乃が感心する。
「真帆さん、宇部の王様なん?」
「違います」
「でも強そう」
「否定はしません」
その日の宿泊先は、宇部市内のビジネス旅館だった。
かなり年季が入っている。
廊下の床は少しきしむ。
部屋の鍵は昔ながらの大きなキーホルダー付き。
浴場の入口には、昭和のまま時間が止まったような暖簾がかかっている。
沙羅が眉をひそめる。
「これは……レトロという言葉で包める範囲でしょうか」
澪がぼーっと言う。
「畳、落ち着く」
梨乃は部屋に入るなり布団を見て喜んだ。
「修学旅行みたいやなぁ」
のどかは苦笑する。
「ヒロヒロ、だいたい修学旅行みたいなもんじゃけぇ」
夕食後、広間にメンバーが集められた。
真帆とノムさんが前に立つ。
いよいよ翌日の、ヒロヒロ始まって以来最大級のイベント説明である。
ノムさんは咳払いした。
「明日、ヒロヒロは宇部で伝説を作る」
のどかが身構える。
「また嫌な始まり方ですね」
真帆が資料を開いた。
「明日の会場は、宇部を代表する大企業が保有する、日本一長い私道です」
一同、沈黙。
梨乃が手を挙げる。
「私道って、私の道?」
のどかが即答する。
「違う」
真帆は続けた。
「一般車は通常入れません。巨大な輸送車両が石灰石などを運ぶための専用道路です。距離も規模も普通ではありません」
結月が目を輝かせる。
「そこを走れるんですか?」
「条件付きで」
のどかが嫌な予感を覚える。
「条件?」
ノムさんが胸を張る。
「爆破しないことじゃ」
全員が一斉に納得した。
「そりゃそうじゃろ!」
ノムさんは不満げだった。
「ワシ、そんな信用ないんか」
のどか、真帆、結衣、沙羅、ゆりえ、結月、澪、梨乃まで、ほぼ同時に答えた。
「ない」
ノムさんは傷ついた顔をした。
「梨乃にまで言われた……」
問題は、そこからだった。
イベント説明のはずが、真帆とノムさんは、なぜその私道を借りられたのかという苦労話を延々と始めたのである。
真帆が淡々と語る。
「まず、普通にお願いしても無理です。安全管理、企業イメージ、道路使用、保険、警備、撮影、車両管理。すべてクリアする必要がありました」
ノムさんが続ける。
「ワシは何度も頭下げに行ったんじゃ。受付で名前言うたら、最初は露骨に嫌な顔されたわい」
のどかが小声で言う。
「過去の行いじゃろ」
ノムさんは無視した。
「しかも向こうの担当者が言うんじゃ。“ノムさん、今回は何を爆破するんですか”と」
「妥当な確認ですね」
真帆は資料をめくる。
「そこに、私が仕えていた先生にも口を利いていただきました」
のどかが固まる。
「先生って、あの超大物代議士?」
「はい」
山口県を地盤とする、誰もが知る政界の大物。
総理経験こそないが、政界では重鎮中の重鎮。
真帆はその元私設秘書であり、将来的に地盤を譲ってもいいとまで言われていた人材である。
のどかが呆れた。
「ヒロヒロのイベントに政治力使っとる……」
真帆は涼しい顔。
「地域振興です」
「言い方!」
ノムさんも胸を張った。
「先生が一言、“地域のためなら検討してやれ”と言うてくれたんじゃ」
沙羅が眉を上げる。
「それ、圧力では?」
真帆は一瞬だけ間を置いた。
「調整です」
結衣が静かに言う。
「ものは言いようですね」
そこからも説明は続いた。
保険の話。
警備導線の話。
車両協力の話。
企業側との安全確認会議。
「爆破なし」の誓約書。
「火薬なし」の確認書。
「ノムさん単独判断禁止」の特記事項。
のどかはついに我慢できなくなった。
「そろそろイベントの説明して」
広間が静まった。
ノムさんは腕を組む。
「やれば分かる」
のどかが目を細める。
「今の説明で一番言うたらいけん言葉じゃろ」
真帆も少し困った顔をした。
「大枠だけ言うと、巨大私道を使ったクイズゲームです。大型車両、チェックポイント、リレー形式、ヒロヒロらしい配信演出があります」
梨乃が聞く。
「走るん?」
「一部は」
結月が聞く。
「自転車は?」
真帆が結月を見る。
「使います」
結月の顔が明るくなる。
「了解です」
沙羅は嫌な顔をした。
「私は走りませんよ」
ノムさんが笑う。
「それもやれば分かる」
「絶対に嫌です」
のどかは深いため息をついた。
「爆破はないんじゃね?」
ノムさんは即答した。
「ない」
真帆も頷く。
「ありません。契約上、絶対にありません」
梨乃が安心したように言う。
「じゃあ大丈夫やな」
のどかはぼやく。
「梨乃が安心すると逆に不安なんよ」
翌日の企画名だけは、最後に発表された。
真帆が紙を読み上げる。
「宇部メガロードクエスト――日本一の私道を走り抜けろ!」
広間がざわつく。
ゆりえは目を輝かせる。
「名前がすごいです!」
澪はぼーっと言う。
「長い」
梨乃は首をかしげた。
「メガロードって何?」
ノムさんは高らかに笑った。
「明日見れば分かる!」
のどかはまた頭を抱える。
「結局、何も分からんまま寝るんか……」
真帆は資料を閉じた。
「詳細は現地で説明します。今日は早く寝てください。明日は朝が早いです」
沙羅がため息をつく。
「この旅、まともに休める日がありませんね」
結衣は静かに微笑む。
「でも、最終目的地らしいですね」
結月は小さく拳を握る。
「私道を走れる機会なんて、普通ありませんから」
のどかは窓の外を見た。
年季の入ったビジネス旅館の窓の向こうに、宇部の夜が広がっている。
工場の灯りが遠くに見えた。
静かだが、どこか巨大なものが動いている町。
ヒロヒロ山口編の締めにふさわしい、馬鹿げていて、やたら大きいイベントが始まろうとしていた。
ノムさんは最後に、布団へ向かいながら言った。
「明日は伝説じゃ」
真帆は即座に訂正した。
「安全第一です」
のどかも続けた。
「爆破禁止です」
梨乃がにこにこする。
「おやつ持って行ってええ?」
澪がぼーっと言う。
「たぶんいる」
沙羅は布団を見て呟いた。
「せめて枕は普通であってほしいです」
こうして、ヒロヒロ一行は宇部の夜に沈んでいった。
翌日、彼女たちはまだ知らない。
日本一長い私道で、ヒロヒロ史上最大級の馬鹿騒ぎが始まることを。
そして、そのイベントが、予定通りに終わるはずがないことを。




