ヒロヒロクエスト第11話 鉄の町で火花を散らすな――光市、製鉄所PRと消えた安全ヘルメット事件
岩国を出たヒロヒロのオンボロバスは、瀬戸内沿いをさらに進み、光市へ入った。
光市は、山口県東部にある海沿いの工業都市である。瀬戸内海の穏やかな景色を持ちながら、巨大な製鉄所が町の産業を支えてきた硬派な土地。鉄、港、工場、働く人の誇り。その一方で、海水浴場や室積の歴史ある町並みもあり、無骨さと穏やかさが同居する町だった。
のどかは車窓から製鉄所方面を眺める。
「光いうたら、やっぱり鉄の町じゃね」
みーちゃんも頷いた。
「工業都市としての歴史もありますし、瀬戸内の物流と結びついて発展してきた町ですね」
梨乃は窓の外を見ながら言った。
「鉄って、食べられるん?」
「食べるな」
この日のイベントは、地元商工会議所と製鉄所の合同企画。
タイトルは、光アイアンフェスタ――鉄の町を知ろう。
子どもたちや家族連れに、製鉄所の仕事、安全管理、ものづくりの大切さを楽しく知ってもらう硬派なイベントだった。
製鉄所側の担当者は、冒頭から真面目だった。
「工場では安全第一です。見学でも必ずルールを守ってください」
のどかは背筋を伸ばす。
「今日はヒロヒロも真面目にやります」
沙羅が小声で言う。
「珍しいですね」
「聞こえとるよ」
イベントは、意外にも順調に始まった。
ゆりえは子どもたち相手に明るく進行する。
「鉄って、私たちの生活のいろんな場所に使われているんですね!」
みーちゃんは工業史の説明を補う。
「鉄は橋、車、建物、機械など、社会の基盤を支えています。まさに暮らしの骨格ですね」
真帆は全体の段取りを確認しながら、製鉄所担当者と打ち合わせ。
結月は会場内の巡回。
結衣は静かに案内。
沙羅も珍しく、きちんと受付付近で来場者を誘導している。
ただし、梨乃だけは相変わらずだった。
安全ヘルメットを前後逆にかぶっている。
のどかが叫ぶ。
「梨乃、それ逆!」
梨乃は不思議そうに触る。
「こっちの方が落ち着くんよ」
製鉄所担当者が困った顔をする。
「正しい向きでお願いします」
澪は横でぼーっとしている。
「……似合ってる」
「褒めんでええ!」
イベント後半、子ども向けの製鉄所見学ツアー準備中に事件が起きた。
子ども用安全ヘルメットの一部が足りない。
スタッフが慌てる。
「数が合いません。このままだと見学班を分けられないかもしれません」
のどかの顔が引き締まった。
「安全装備は絶対に軽く見たらいけん」
真帆も即座に資料を確認する。
「最後に数を確認したのは?」
「昼前です」
「移動させた可能性は?」
「ないはずですが……」
全員で捜索開始。
結月は会場外周を走る。
沙羅は来場者に落ち着いて確認。
ゆりえは子どもたちを不安にさせないように明るく話しかける。
みーちゃんは受付記録を見る。
結衣は静かに荷物置き場を確認する。
梨乃はまたヘルメットを逆にかぶっている。
「梨乃、今それ直す時間じゃない!」
「でも探す時も安全第一やろ?」
「向きが違う!」
その時、澪がぽつりと言った。
「……ヘルメット、歩いてた」
全員が止まる。
のどかが眉をひそめる。
「ヘルメットは歩かん」
澪はぼーっと続ける。
「子どもがかぶって、あっちに行った。たぶん、秘密基地作ってる」
確認すると、地元の子どもたちがヘルメットをかぶったまま隣の展示ブース裏へ行き、工場見学ごっこの“秘密基地”を作っていたことが判明した。
さらに数個は、遊んでいるうちに資材置き場の奥へ転がってしまったらしい。
のどかは額を押さえる。
「子どもらしいけど、危ないね」
沙羅が子どもたちに向かって、少し高飛車に、しかし落ち着いた声で言う。
「秘密基地は素敵です。でも、本物の工場では安全ルールを守れない人は入れません。分かりますね?」
子どもたちはなぜか素直に頷いた。
真帆が感心する。
「沙羅さん、こういう時の威厳は使えますね」
「こういう時だけみたいに言わないでください」
結月が資材置き場の奥へ回り込み、ヘルメットを回収する。
のどかも一緒に確認する。
澪が指差した場所から、最後の一個が見つかった。
「全数確認できました」
製鉄所担当者が深く頭を下げた。
「助かりました。安全装備は見学の基本ですから」
のどかは頷く。
「安全第一じゃね。これは冗談にしたらいけん」
イベントの最後、製鉄所の担当者が子どもたちへ呼びかける。
「工場では、みんなで声をそろえて安全を確認します。では、ヒロヒロの皆さんも一緒に」
全員が並ぶ。
のどか、真帆、結月、ゆりえ、結衣、みーちゃん、沙羅、澪、梨乃。
梨乃だけ、またヘルメットが逆だった。
のどかが小声で言う。
「梨乃、逆」
「え、まだ?」
真帆が直してやる。
そして全員で声をそろえた。
「ご安全に!」
子どもたちも続く。
「ご安全に!」
その声が、光の工業都市らしく、会場に明るく響いた。
少しだけ、いい話だった。
――少しだけ。
帰り際、梨乃はまたヘルメットを逆にかぶっていた。
沙羅が呆れる。
「なぜ戻るんですか」
梨乃は真顔で答えた。
「こっちの方が私らしい気がする」
澪がぼーっと言う。
「……分かる」
のどかはため息をついた。
「分からんでええ!」
ヒロヒロのオンボロバスは、光市の人たちに見送られながら、また瀬戸内沿いを走り出した。
珍しく真面目なイベント。
しかし、最後はやっぱりヒロヒロだった。




