ヒロヒロクエスト第10話 中途半端な英語が世界を救う――ハマのプリンセス沙羅、錦帯橋でまさかの大活躍
錦帯橋での配信企画「テレビじゃ見れないヒロヒロ劇場」を終えたヒロヒロ一行は、ようやくまともな仕事に取りかかることになった。
のどかは朝から念を押していた。
「今日はちゃんとした地元の観光協会とのタイアップ企画じゃけぇね。昨日みたいな謎の選手権じゃないけぇ、みんな真面目にやるんよ」
梨乃が首をかしげる。
「昨日も真面目にやっとったやん」
「内容が真面目じゃなかったんよ」
澪はぼーっと錦帯橋を見ている。
「……いい橋」
沙羅は髪を整えながら言った。
「今日は私のような都会的な案内役が必要かもしれませんね」
のどかは聞かなかったことにした。
この日の企画は、錦帯橋おもてなし回遊ラリー。
錦帯橋を渡るだけでなく、城下町、岩国寿司、れんこん料理、土産物店、川沿いの景観まで楽しんでもらうための地域回遊イベントである。
地元の観光協会の担当者は、かなり真面目だった。
「昨日の配信、拝見しました。少々……独特でしたが、反響は大きかったです」
のどかは苦笑する。
「すみません。あれがヒロヒロです」
「今日は、できれば通常運転より少し落ち着いた形でお願いします」
「努力します」
努力はした。
まず、のどかが司会を務める。
「皆さん、錦帯橋を渡って写真撮って終わりじゃもったいないけぇね! 岩国は橋だけじゃないんよ。城下町歩き、岩国寿司、れんこん、川の景色、全部まとめて楽しんで帰りんさい!」
広島弁全開だが、声が通る。
観光客の反応もいい。
みーちゃんは歴史解説。
「錦帯橋は構造そのものが見どころです。木造アーチの美しさだけでなく、岩国藩の治水や交通、城下町形成とも関わっています」
結衣は静かな案内役。
「こちらから見ると、五連アーチが一番きれいに見えます」
ゆりえは写真撮影補助で人気だった。
「撮りますよー。はい、錦帯橋ポーズ!」
結月はコース巡回。
澪は案内板の横でぼーっと立っているだけに見えるが、道を聞かれると、
「……たぶん、あっち」
と答え、意外と当たる。
そして梨乃。
梨乃は岩国寿司の試食コーナーにいた。
何か説明するわけではない。
ただ食べる。
「これ、めっちゃおいしいなぁ……」
その顔が、あまりに幸せそうだった。
観光客が足を止める。
「そんなに美味しいの?」
梨乃は目を丸くして頷く。
「うん。めっちゃおいしい。ふわっとして、ぎゅっとして、なんか楽しい」
説明としては破綻している。
しかし、刺さった。
「じゃあ食べてみようかな」
「私も」
「どこで買えますか?」
地元の観光協会の担当者が驚く。
「何も説明していないのに、すごい販促力ですね」
のどかは胸を張った。
「梨乃は食べとる時だけ説得力あるんよ」
梨乃は二切れ目を見ている。
「もう一個食べてええ?」
「仕事中じゃ!」
こうしてイベントは順調に進んだ。
少なくとも、この時点では。
終了間際、地元の観光協会の担当者が慌てて戻ってきた。
「すみません、少し困ったことが起きまして……」
のどかの目が鋭くなる。
「クエストじゃね」
話を聞くと、海外からの団体観光客が錦帯橋周辺で三つに分かれてしまったらしい。
一部は橋の上で写真を撮ったまま動かない。
一部は土産物店前で集合場所を見失っている。
一部はロープウェイ方面へ向かいかけている。
しかも観光シーズンで人が多く、橋の上とバス乗り場付近に流れが詰まり始めていた。
のどかはすぐに動こうとした。
「よし、うちが声出して――」
真帆が止める。
「声が大きいだけでは無理です」
「正論じゃけど言い方!」
真帆は状況を見た。
「必要なのは、複数グループを落ち着かせて、英語で最低限の案内をして、人の流れを整えることです」
全員が一瞬沈黙した。
のどかは英語が得意ではない。
梨乃は日本語でも怪しい。
澪は声が小さい。
結衣は静かすぎる。
結月は走れるが、群衆整理には向かない。
ゆりえは明るいが、こういう場面では少し押しが弱い。
その時、南部沙羅が一歩前へ出た。
「私がやります」
全員が振り返った。
のどかが思わず言う。
「沙羅が?」
沙羅の眉が動く。
「その反応、かなり失礼ですよ」
自称ハマのプリンセス、南部沙羅。
横浜在住。
都会派を気取り、高飛車で、普段は「私は見守る側です」と言って何もしないことが多い。
英語力も、決して抜群ではない。
TOEICの点数は高くもなく低くもない。
本人は「国際感覚はあります」と言い張るが、実態は中途半端である。
しかし、この中途半端な英語力が、今回は妙に役に立った。
沙羅は背筋を伸ばし、橋のたもとへ向かった。
「Everyone, please calm down. Group A, this way. Group B, please wait near the souvenir shop. No running, please. Slowly, slowly.」
発音は完璧ではない。
語彙も簡単。
だが、堂々としている。
高飛車な態度が、なぜか案内係としての威厳に変わっていた。
海外観光客が沙羅の方を見る。
沙羅は笑顔ではなく、少し上からの落ち着いた顔で手を示す。
「Photo area is over there. Please do not stop on the bridge. This way, please」
なぜか従う。
のどかが呟く。
「何で通じとるん?」
真帆が冷静に言う。
「文法より、態度と指示の明確さですね」
梨乃は感心した。
「沙羅ちゃん、英語しゃべれるんや」
沙羅はちらりと振り返る。
「当然です。私はハマのプリンセスですから」
「ハマ関係ある?」
「あります」
ない。
沙羅はさらに動いた。
橋の上で立ち止まっていた観光客に、
「Please keep moving. You can take beautiful photos from the riverside. Better angle. Very beautiful」
と案内する。
“Better angle”の一言が効いた。
観光客たちは「Oh, better angle?」と反応し、橋の上から川沿いの撮影場所へ移動し始める。
のどかは目を丸くした。
「沙羅、今ほんまに役に立っとる……」
ゆりえも嬉しそうに言う。
「すごい! 観光客さん動いてる!」
結月はロープウェイ方面へ走り、迷子グループを回収。
結衣は老夫婦を集合場所まで静かに案内。
澪はぼーっとしながら、
「あっちは混んでるよ……多分」
と言い、実際に混んでいたためルート変更に貢献。
梨乃は子ども連れの観光客に岩国寿司コーナーを指して、
「あっちおいしいよ」
と案内し、結果的に人の流れを分散させた。
のどかはそれを見て頭を抱えた。
「何で梨乃まで結果的に役に立っとるんよ」
真帆は笑った。
「ヒロヒロは偶然の戦力化が得意ですね」
最後は沙羅が全体をまとめた。
「Everyone, please check your guide. Same bus, same group. Please stay together」
団体客は無事に集合場所へ戻った。
地元の観光協会の担当者は深々と頭を下げた。
「助かりました。あのままだと、橋周辺が完全に詰まるところでした」
沙羅は髪を払って、得意げに言った。
「当然です。人は、見せ方と流れで動くんです」
のどかが小声で言う。
「沙羅が役に立った……」
梨乃も真顔で言った。
「明日、雨かなぁ」
沙羅の目が細くなる。
「梨乃さん?」
澪がぼーっと補足する。
「珍しいから」
「澪さんまで?」
ゆりえは慌ててフォローした。
「でも本当にすごかったです! 沙羅さん、かっこよかった!」
沙羅は少しだけ機嫌を直した。
「まあ、私が本気を出せばこのくらいです」
真帆は静かに言う。
「今日のMVPは沙羅さんですね」
それを聞いた沙羅は、明らかに嬉しそうだった。
ただし、嬉しそうに見られたくないので、表情だけは澄ましている。
地元の観光協会から、お礼として岩国れんこんチップスが贈られた。
ノムさんがすぐに前へ出る。
「これは視聴者プレゼントに――」
真帆が即座に遮る。
「しません。これはあとでみんなで食べます」
梨乃が両手を上げた。
「やった!」
のどかも頷く。
「今回は働いた人間で食べるんよ」
沙羅が少し胸を張る。
「つまり、私の功績ですね」
梨乃が言う。
「でも、うちも岩国寿司で人を動かしたよ」
「あなたは食べていただけです」
「食べるのも仕事やろ?」
「違います」
その夜、一行は岩国寿司屋で反省会を開いた。
岩国寿司は、押し寿司のように美しく重ねられた郷土料理で、見た目も華やか。酢飯、具材、錦糸卵、椎茸などが重なり、切り分けた断面がきれいで、祝いの席にも合う岩国らしい味だった。
ゆりえは目を輝かせる。
「きれい! ケーキみたいなお寿司ですね!」
澪は一口食べる。
「……おいしい」
梨乃は真剣。
「これ、何段まで重ねられるん?」
のどかが言う。
「食べ物で建築すな」
反省会では、当然沙羅が主役だった。
のどかが笑う。
「今日は沙羅が本当に頼もしかったね」
沙羅は涼しい顔。
「私は元々、やればできる人間です」
澪がぼーっと言う。
「普段やらないだけ?」
全員が笑った。
沙羅は少しむくれた。
「皆さん、私への評価が低すぎます」
真帆が岩国寿司を取り分けながら言った。
「低かった評価が、今日かなり上がりましたよ」
沙羅はそれを聞いて、少しだけ満足そうに箸を取った。
「なら、まあいいです」
高飛車で、滅多に役に立たないと言われていた南部沙羅。
その中途半端な英語力と、妙なプリンセス感は、錦帯橋の人の流れを確かに救った。
ヒロヒロはまた一つ、予想外の戦力を発見したのだった。




