ヒロヒロクエスト第8話 瓦そばより早く解決する女――敏腕フロント安岡真帆、岩国空港に降り立つ
大竹市で紙吹雪まみれになったヒロヒロ一行は、ついに広島県を脱出した。
オンボロのあきでんバスは、県境を越えて山口県へ入る。
山口県は東西に長い。
下関は九州に近く、萩は長州の歴史を背負い、宇部や山陽小野田は工業都市として発展し、岩国は広島との結びつきも強い。ひと口に山口と言っても、地域ごとに空気が違う。
みーちゃんが解説する。
「山口県は長州藩の歴史だけで語られがちですけど、実際はかなり地域差があります。岩国は城下町でもあり、広島圏とも近い独特の位置ですね」
梨乃は感心したように頷いた。
「山口県、長いんやなぁ」
のどかが突っ込む。
「感想が地図見た小学生なんよ」
目的地は、岩国錦帯橋空港。
米軍基地、海上自衛隊航空基地、民間空港が共用する、全国的にも少し珍しい空港である。コンパクトながら東京とのアクセスが良く、山口県東部や広島県西部への玄関口として機能している。
この日、羽田発の最終便で合流する人物がいた。
安岡真帆。
山口県宇部市出身。
戦隊ヒロインプロジェクト創設に尽力した、山口県を地盤とする超大物代議士の元私設秘書である。
その代議士は総理経験こそないが、政界に興味のある者なら誰もが知っている大物。真帆はその側近として、陳情、地元調整、後援会、官庁折衝、選挙実務まで叩き込まれた。
あまりに有能だったため、代議士からは、
「ワシが引退する時は、お前に地盤を譲ってもええ」
とまで言われていた。
しかも、
「ついでに戦隊ヒロインもやって、顔を売っておけ」
という雑な理由でプロジェクトに参加している。
本人はいたって冷静だった。
到着ロビーに現れた真帆は、キャリーケースを片手に、いつもの涼しい顔で言った。
「お疲れ様。ノムさん、何やらかした?」
第一声がそれだった。
のどかは笑う。
「まだ何も……いや、たぶん何かはやっとる」
ノムさんは胸を張る。
「ワシは今回は大人しいぞ」
結衣が静かに言う。
「信用は薄いですね」
その時、空港スタッフが慌てて駆け込んできた。
「すみません、観光PR用の資材一式が見当たらなくて……!」
翌朝のイベントで使う予定だった、山口県東部観光PR資材一式。岩国、錦帯橋、瀬戸内、周防大島方面を紹介するパネルやパンフレットが入った重要な荷物だった。
ところが、空港側、観光協会側、運送会社側で情報が食い違い、資材の所在が分からなくなっているという。
のどかが顔を引き締める。
「クエスト発生じゃね」
梨乃は首を傾げる。
「帰る?」
「帰るな」
ここで真帆が動いた。
「伝票、あります?」
スタッフから輸送伝票を受け取る。
「到着時刻は?」
「夕方です」
「担当者名は?」
「こちらです」
「空港の搬入口は民間側ですか、基地側ですか?」
スタッフが一瞬詰まる。
真帆はその表情だけで察した。
「原因、だいたい分かりました」
全員が固まる。
「早っ」
真帆はスマホを取り出し、短く電話をかけた。
「安岡です。観光PR資材の件です。はい、伝票番号は……。民間側ではなく、基地側搬入口に回っていませんか。確認お願いします」
数分後。
「ありました」
資材一式は、空港ではなく、共用施設側の搬入口に誤って回されていた。
民間、基地、自衛隊施設が共用される空港ならではの行き違いだった。
空港スタッフは呆然とした。
「もう……解決ですか?」
真帆は涼しい顔で言った。
「明日の朝までに観光協会へ届けば問題ありません。搬出手配だけ再確認してください」
のどかは目を丸くする。
「真帆さん、すごすぎん?」
みーちゃんも小声で言う。
「政治の現場って、こういう処理能力が必要なんですね」
結衣が静かに頷く。
「百戦錬磨ですね」
真帆はキャリーケースを引きながら言った。
「こういうのは、毎日やっていましたから」
そして一言。
「それより、お腹空いたから瓦そば行こう」
全員が一瞬黙った。
のどかが言う。
「クエストより飯が先なんですね」
「クエストは終わりました」
その冷静さに、ヒロヒロ一同はまた唖然とした。
しかし、その真帆のクールさも、駐車場で崩れる。
目の前にあったのは、ヒロヒロのオンボロバスだった。
昭和の団体旅行。
無機質な外装。
ラッピングなし。
年季の入ったハイデッカー。
真帆は立ち止まった。
「…………」
のどかが不安そうに聞く。
「どうしたん?」
真帆はバスを指差す。
「これ?」
「これ」
「本当に?」
「本当に」
「広島から?」
「来た」
真帆は口元を押さえた。
「ふっ……」
そして珍しく大爆笑した。
「本当にこれで広島から来たの? ちょっと待って、無理。ノムさん、もっとマシなバス借りて来てよ~」
その一言は、ヒロヒロメンバー全員の総意だった。
のどかが即座に言う。
「そうなんよ! ずっとそれ言いたかったんよ!」
沙羅も頷く。
「ようやく正論が出ましたね」
澪もぼーっと言う。
「古い」
梨乃は笑顔で言う。
「でもイスあるよ」
「最低条件や!」
ノムさんは笑ってごまかした。
「後輩に新車寄越せ言うたんじゃが、断られたんじゃ」
真帆はまだ笑っている。
「断られるに決まってるでしょ」
こうして、敏腕フロント安岡真帆は、岩国空港到着から数分でクエストを解決し、ヒロヒロバスのボロさで大爆笑するという、極めて濃い合流を果たした。
その後、一行は岩国市内の有名店へ向かった。
目的は、瓦そば。
熱した瓦の上に茶そばを乗せ、牛肉、錦糸卵、海苔を散らし、レモンともみじおろしを添える山口名物である。瓦の熱で茶そばの一部が香ばしく焼け、特製のつゆにつけて食べる。見た目のインパクトも、香ばしさも、旅の夜にぴったりだった。
真帆は満足げだった。
「これこれ。岩国に来たら食べたいんですよ」
ゆりえは目を輝かせる。
「香ばしい! 茶そばがパリッとしてます!」
澪は一口食べて、いつもの調子で言う。
「……おいしい」
梨乃は真剣な顔。
「三人前いける」
のどかが即座に止める。
「やめんさい」
結衣は静かに味わう。
「レモンともみじおろしが合いますね」
沙羅も上品に頷く。
「これは観光客にも刺さりますね。見た目が楽しいです」
ノムさんはビールを飲みながら笑った。
「どうじゃ、ヒロヒロは山口でも通用するじゃろ」
真帆は涼しい顔で返す。
「通用するかどうかは、明日次第です」
のどかは瓦そばをすすりながら言った。
「真帆さんが来たら、急にチームが有能になった気がする」
真帆は笑った。
「気のせいではないかもしれませんね」
全員が妙に納得した。
岩国の夜は、瓦そばの湯気と、オンボロバスへの不安と、真帆の圧倒的な実務力に包まれて更けていった。




