ヒロヒロクエスト第6話 鹿より鹿っぽい女、宮島に立つ――神の島で小鹿が梨乃についていく
御朱印帳事件を静かに解決した翌朝、ヒロヒロメンバーは厳島神社を参拝した。
朝の宮島は、前日の参道の喧騒とは少し違っていた。潮風が回廊を抜け、海の上に浮かぶような社殿が静かに朝日を受けている。
のどかは手を合わせ、深く息を吐いた。
「やっぱり宮島は特別じゃね」
みーちゃんも頷く。
「厳島神社は平安末期からの信仰と海上交通の歴史が重なっていて、本当に奥が深い場所です」
結衣は静かに目を閉じていた。
澪は海を見ている。
「……きれい」
沙羅は珍しく素直に言う。
「こういう朝は、悪くないですね」
梨乃だけは周囲を見回していた。
「鹿、朝ごはん食べたんかな」
のどかが突っ込む。
「そこ?」
午前中は紅葉谷公園でイベントだった。
企画名は、宮島自然発見ラリー。
親子連れや観光客を対象に、宮島の自然、紅葉谷の植物、鹿との距離感、観光マナーを楽しく学ぶイベントである。
のどかは司会。
みーちゃんは歴史と自然の解説。
結衣は静かな案内役。
ゆりえは子ども人気担当。
結月はラリーコースの巡回。
澪はぼーっと鹿を見ている。
沙羅は「雰囲気担当」と称して木陰に立っている。
梨乃は、ただ鹿を見ていた。
のどかが呆れる。
「梨乃、手伝って」
「うち、鹿見守り係」
「そんな係ない」
しかし、なぜか鹿は梨乃のそばにいた。
イベントは大成功だった。
子どもたちはスタンプを集め、みーちゃんの説明に保護者が感心し、ゆりえは写真撮影で大人気。のどかも珍しく真面目にまとめた。
午後、一行はロープウェイで獅子岩展望台へ向かう。
瀬戸内海を見下ろす眺めに、全員が声を上げた。
「おぉ~!」
沙羅は髪を押さえながら言った。
「これは映えますね。湘南の海とはまた違う、島の重なりが美しいです」
その時、自然保護スタッフが慌てていた。
小鹿が数頭、山側へ迷い込み、そのうち一頭が遊歩道脇の斜面近くで群れからはぐれてしまったという。観光客が近づくと危ない。追いかければ、さらに奥へ逃げる。
クエスト発生だった。
結月が動く。
「私が回り込みます」
元女子競輪選手の脚力で素早く動くが、速すぎて小鹿が驚く。
のどかも近づく。
「大丈夫じゃけぇ、こっち来んさい」
逃げられる。
澪がぼんやり指差す。
「たぶん、向こうから戻ると思う」
実際、その方向へ動きそうだった。
結衣が静かに言う。
「焦らない方がいいです」
沙羅は少し離れて言った。
「皆さん、頑張ってください」
のどかが睨む。
「沙羅も何かしんさい」
「鹿を刺激しないために、私は動かない方がいいと思います」
「都合のええ理屈じゃね!」
その時だった。
一頭の小鹿が、梨乃の方へ近づいてきた。
梨乃はしゃがんだ。
「おー、どうしたん?」
小鹿は逃げない。
むしろ、近づく。
もう一頭も寄ってきた。
さらにもう一頭。
全員が固まった。
のどかが呟く。
「なんでじゃ」
みーちゃんも困惑する。
「生態学的に説明が難しいですね」
結衣は静かに言う。
「警戒心を刺激しないのでしょうか」
梨乃はにこにこしている。
「おー、よしよし。みんな、こっち来るん?」
梨乃が歩き出すと、小鹿たちもついてくる。
完全に、宮島の鹿使いだった。
ゆりえが目を輝かせる。
「梨乃ちゃん、すごい! ディズニーみたい!」
澪がぼーっと言う。
「梨乃、鹿っぽいからかな」
沙羅も頷く。
「今日だけは認めます。梨乃さん、すごいです」
梨乃は振り返る。
「今日だけ?」
のどかは笑いをこらえている。
「梨乃、何したん?」
「何もしてへん。鹿と歩いとるだけ」
それがすごいのだ。
梨乃は小鹿たちを連れて、ゆっくり群れのいる場所へ向かった。
走らない。騒がない。考えない。
その“何も考えていない感じ”が、小鹿たちにはちょうどよかったらしい。
やがて小鹿は群れへ合流。
自然保護スタッフが感動する。
「助かりました! あんなに自然に誘導できるなんて」
梨乃は首をかしげる。
「うち、何かした?」
のどかが即答する。
「した。たぶん、人生で一番役に立った」
「ひどくない?」
帰り道、また鹿が梨乃の後ろをついてきた。
観光客が写真を撮る。
「鹿に好かれてる!」
「すごい!」
梨乃は手を振る。
「またなー」
小鹿たちは、じっと梨乃を見ていた。
結月は感心する。
「機動力では解決できないこともありますね」
結衣も頷く。
「何もしないことが、役に立つ時もあります」
澪が一言。
「梨乃、鹿界の人気者」
沙羅は真面目な顔で言った。
「人間界でも、もう少し頑張ってください」
のどかが吹き出した。
こうして宮島ロープウェイの小鹿クエストは、普段何の役にも立たない梨乃によって解決された。
ヒロヒロ史上、最も予想外の主役回だった。
のどかは鹿に見送られながら言った。
「ヒロヒロ、誰が役に立つか分からんね」
梨乃は笑った。
「うち、鹿係ならできるかも」
「正式な係にするかは考えとく」
神の島・宮島で、梨乃は初めて大活躍した。
本人だけが、その価値をよく分かっていなかった。




