ヒロヒロクエスト第5話 牡蠣の夜、静謐は見抜く――宮島ホテル消えた御朱印帳事件
宮島の参道で食い逃げ配信者を投げ飛ばしたヒロヒロ一行は、その日の宿泊先であるホテルへ入った。
のどかと結月は、さすがに少し疲れていた。
だが、梨乃だけは元気だった。
「今日、焼き牡蠣いっぱい食べたなぁ」
澪もぼんやり頷く。
「……おいしかった」
沙羅は少し呆れる。
「あなたたち、さっき大捕物があったのを忘れていません?」
夕食は、宮島らしい豪華な和食膳だった。
瀬戸内の魚、穴子、広島菜、そしてまたしても焼き牡蠣。
ゆりえは目を輝かせる。
「また牡蠣! 宮島、最高です!」
梨乃は真顔で言った。
「牡蠣は何回食べてもええなぁ」
のどかは苦笑する。
「梨乃は食べることしか考えとらんじゃろ」
その横で、神門結衣は静かに箸を運んでいた。
“出雲の静謐”。
いつも物静かで、騒がしいヒロヒロの中では目立たない。
だが、この夜は結衣が主役になる。
夕食後、ホテルのロビーがざわついた。
宿泊客の老夫婦が、困り果てた様子でスタッフに話している。
「御朱印帳が見当たらないんです」
その御朱印帳は、夫婦が長年かけて全国の神社仏閣を巡って集めてきた大切なものだった。この日、厳島神社で新しい御朱印をいただいたばかり。単なる旅行の記念ではなく、二人の人生の記録でもあった。
老婦人は泣きそうだった。
「何十年も夫婦で巡ってきたものなんです……」
のどかの顔がすぐに引き締まった。
「それは放っとけんね」
みーちゃんとゆりえは、すぐに老夫婦のそばへ行った。
みーちゃんが優しく声をかける。
「大丈夫です。最後に見た場所から、順番に確認しましょう」
ゆりえも膝を折って老婦人の目線に合わせる。
「きっと見つかります。私たちも一緒に探しますから」
老夫婦は少しだけ落ち着いた。
一方、梨乃は首を傾げる。
「御朱印帳って、食べ物?」
のどかは振り返りもせず言った。
「違う」
澪は売店の棚を見ていた。
「もみじ饅頭……いろんな味がある」
沙羅は結衣の肩に手を置き、上品に言う。
「結衣さん、頑張ってください」
のどかが突っ込む。
「沙羅、自分も探しんさい」
「私は応援担当です」
「役に立たんのう!」
その時、結衣が静かに前へ出た。
「……少し、見てもいいですか」
のどかが振り返る。
「結衣、いける?」
結衣は小さく頷いた。
彼女は出雲出身。巫女ではない。実家は出雲大社近くの土産物屋だ。だが、幼い頃から神社の空気、参拝者の気配、祈りの残る場所に慣れていた。
そして、時折、普通の人には見えないものを“感じる”。
結衣は老夫婦に近づき、柔らかく尋ねた。
「最後に御朱印帳を見たのは、どこですか?」
「夕食の前、ロビーの椅子に座っていた時です。赤い紙袋に入れていました」
結衣は目を閉じた。
騒がしかったロビーが、少し静かになった。
「……赤い紙袋」
小さく呟く。
「牡蠣の匂い。畳ではなく、木の床。人が多い場所。でも、部屋ではありません」
のどかが身を乗り出す。
「売店?」
結衣は首を振る。
「売店より奥です。誰かが、別の荷物と一緒に持って行きかけた。でも、盗んでいません」
みーちゃんがすぐに反応した。
「取り違えですね」
ゆりえも頷く。
「赤い紙袋なら、他のお土産袋に紛れやすいかも」
捜索が始まった。
のどかはスタッフと連携する。
みーちゃんは老夫婦に寄り添いながら動線を確認。
ゆりえは老婦人を励まし続ける。
結月は館内を素早く回る。
澪は売店でもみじ饅頭を見ている。
梨乃は何もしていない。
沙羅は結衣へ向かって、
「結衣さん、落ち着いて。あなたならできます」
と励ましているだけ。
のどかはまた突っ込む。
「沙羅、ほんまに応援しかせんのんじゃね!」
沙羅は涼しい顔で言う。
「精神的支援は大事です」
結衣は静かに館内を歩いた。
宴会場の近く。
休憩スペース。
自動販売機の横。
そこに、団体客の荷物がまとめて置かれていた。
結衣は一つの赤い紙袋の前で止まる。
「……これです」
スタッフが確認すると、中から御朱印帳が出てきた。
老夫婦のものだった。
別の宿泊客が、自分たちのお土産袋と間違えて一緒に持っていきかけていたのだ。盗難ではなかった。ただの取り違え。
老婦人は御朱印帳を胸に抱き、涙ぐんだ。
「本当に……本当にありがとうございます」
老夫も深く頭を下げる。
「あなた方のおかげです。これは私たち夫婦の旅の記録なんです」
結衣は静かに頭を下げた。
「見つかってよかったです」
のどかは嬉しそうに言う。
「結衣、今日の主役じゃね」
結衣は少し困ったように微笑んだ。
「たまたまです」
ゆりえは明るく拍手した。
「たまたまじゃないです。すごかったです!」
みーちゃんも頷く。
「静かに全部見抜きましたね。さすが“出雲の静謐”です」
梨乃が真顔で聞く。
「結衣ちゃん、明日の朝ごはんも透視できる?」
のどかが即座に言う。
「そういう能力じゃないんよ」
澪はもみじ饅頭の箱を持って戻ってきた。
「これ、買っていい?」
「今その話じゃない」
沙羅は満足げに頷いた。
「私の応援も効いたようですね」
のどかは半眼になる。
「効いたかどうかは分からん」
老夫婦は何度も礼を言った。
「皆さんの活動、これから応援します」
「戦隊ヒロインって、賑やかなだけじゃないんですね」
その言葉に、のどかは少し照れた。
「まあ、うちは賑やかすぎる方ですけどね」
こうして、ヒロヒロはまた一組のファンを獲得した。
夜、部屋の窓からは宮島の静かな海が見えた。
昼間は大捕物。
夜は御朱印帳探し。
騒がしい一日の中で、結衣の静かな力が確かに光った。
のどかは布団に入りながら呟いた。
「ヒロヒロ、うるさいだけじゃないんじゃね」
梨乃は隣で言う。
「明日の朝ごはん、牡蠣あるかなぁ」
「まだ食べるんか」
澪はもみじ饅頭の箱を抱えている。
沙羅は何もしていないのに、どこか達成感のある顔をしている。
そして結衣は、静かに微笑んでいた。
宮島の夜は、ようやく穏やかに更けていった。




