ヒロヒロクエスト第2話 全部混ぜるな、梨乃――呉海自カレー騒動と、ぼんやり澪のまさかの大手柄
のどかの実家のお好み焼き屋「みさちゃん」前で、出発前からクエストを解決してしまったヒロヒロ一行は、ようやくオンボロのあきでんバスに乗り込んだ。
見送りは派手だった。
「事故せんように行きんさいよ」
のどかの祖母が手を振る。
父は運転席のあたりを見ながら言った。
「今回は爆破せんのんよ」
のどかは窓から叫んだ。
「せん言うとるじゃろ!」
母は梨乃に声をかける。
「梨乃ちゃん、迷子にならんようにね」
梨乃はにこにこ笑う。
「うん。たぶん大丈夫」
その「たぶん」が一番怖かった。
オンボロの昭和ハイデッカーバスは、エンジン音だけはやたら重々しく、広島市内を抜けて呉へ向かった。車内では、のどかが資料を読み上げる。
「今日は呉市で海自カレーPRイベントじゃ。みんな、ちゃんと真面目にやるんよ」
沙羅が髪を整えながら言った。
「当然ですわ。港町の食文化を紹介する由緒あるイベントでしょう?」
ゆりえは嬉しそうに頷く。
「カレーの食レポ、頑張ります!」
澪は窓の外を見ながら、ぼんやりしていた。
「カレー……」
梨乃は弁当の袋を開けようとして、結衣に止められた。
「今からカレー食べるのに、もう食べるの?」
「うん。カレーの前にお腹空いたら困るやん」
「困らない」
呉市。
瀬戸内海に面し、かつて軍港として栄えた町。戦艦大和ゆかりの地として知られ、造船と海の歴史が街の空気に染み込んでいる。坂道、港、艦船、古い商店街。そして、海自カレー。硬派な軍港の歴史と、庶民的で力強いグルメが同居する、広島でもひときわ濃い町だった。
イベント会場は、呉の商店街近くの広場。
海自カレーPRイベントとして、地元の店舗や関係者がブースを並べていた。艦艇ごとに個性のあるカレーを紹介し、それぞれの味の違いを楽しんでもらう企画である。
のどかは司会マイクを握った。
「皆さん、本日はヒロヒロが呉にお邪魔しとります! 呉いうたら軍港、戦艦大和、そしてカレーじゃ! 今日は一杯一杯に込められた港町の味を、しっかり紹介していきますけぇ!」
拍手が起きる。
ノムさんは、まさにゃんの車から降りてきて、腕を組んで見ていた。
「ええぞ、のどか。広島の子は声が通るのう」
のどかは遠くから睨んだ。
「先輩は余計なことせんといてくださいよ!」
最初の食レポは、氷見ゆりえ。
ゆりえは一口食べ、目を輝かせた。
「おいしいです! 最初はまろやかなんですけど、後からスパイスがふわっと来ます。お肉も柔らかくて、港町の力強さがありますね!」
関係者が感心する。
「おお、ちゃんと食レポになっとる」
ゆりえは明るく笑う。
「富山湾マーメイド、カレーも泳ぎます!」
「意味は分からんけど、かわいいけぇよし」
続いて澪。
普段からぼーっとしていて、会議ではほぼ役に立たず、リアクションも薄い。だが、カレーを前にすると違った。
澪は静かにスプーンを運び、ゆっくり食べた。
「……おいしい」
ただ、それだけ。
けれど、その顔が本当に美味しそうだった。
大げさな言葉はない。
笑顔も控えめ。
でも、しみじみ幸せそうに食べている。
客席の年配男性が呟いた。
「こういうのが一番うまそうに見えるんよ」
店主も頷く。
「作った側としては、ああいう顔が一番嬉しいわ」
のどかは司会しながら感心した。
「澪、何も考えとらんようで、食レポとしては最強かもしれん……」
そこへ、問題児が現れる。
山根梨乃。
梨乃は複数のカレーを前に、じっと考えていた。
のどかが嫌な予感を覚える。
「梨乃、何しよるん?」
梨乃はにこにこして言った。
「全部混ぜたら、全部の味がしてお得かなって」
「やめんさい!」
しかし遅かった。
梨乃は、艦艇別カレー数種類を一つの皿に流し込み始めた。
甘口。辛口。牛すじ。チキン。シーフード。
全部一皿。
沙羅が眉をひそめる。
「なんて野蛮な……」
結衣が慌てる。
「梨乃、それは各店の個性を消す行為だから!」
みーちゃんも止める。
「だめです! それはPRイベントとして非常にまずいです!」
梨乃は首を傾げる。
「でもカレーって混ぜるもんやないの?」
のどかが叫ぶ。
「呉で変な文化を生むな!」
ノムさんだけは腹を抱えて笑っている。
「梨乃、ええぞ! そういう無駄な発想がテレビ向きじゃ!」
「先輩は黙っとってください!」
結局、梨乃の“全部入り海自カレー”はイベントの公式企画ではなく、本人の奇行として処理された。だが、なぜか近くの子どもたちにウケてしまい、「全部混ぜカレー食べたい」と言い出す者まで現れた。
のどかは頭を抱えた。
「ほんまにやめて……」
そんなドタバタもありつつ、イベントは盛況だった。
ゆりえの明るい食レポ。
澪の素のリアクション。
のどかの司会。
沙羅の妙に上品なまとめ。
梨乃の意味不明な暴走。
ヒロヒロらしい、まとまりがあるのかないのか分からないイベントだった。
そして、イベント終了後。
クエストが発生した。
商店街スタッフが慌てて駆け寄ってくる。
「すみません! 展示用の艦名プレート風パネルが一枚なくなったんです!」
そのパネルは、地元の子どもたちが作った海自カレー紹介用のものだった。翌日の港町フェスでも使う予定で、なくなると困るという。
のどかの顔が引き締まる。
「どこでなくなったんですか?」
「撤収作業中に気づいたんですが、風で飛ばされたのか、他の荷物に紛れたのか……」
会場は片付けの真っ最中。
箱、テーブル、のぼり、カレー鍋、看板。
物が多すぎて、どこに紛れたか分からない。
結衣が冷静に周囲を見る。
「まず最後に見た場所を確認しましょう」
みーちゃんがスタッフから聞き取りを始める。
沙羅は通行人の導線を確認する。
結月は折りたたみ自転車を準備しかける。
のどかは言った。
「よし、手分けして探すよ!」
その時、澪がぽつりと言った。
「……たぶん、あっち」
全員が止まる。
のどかが聞く。
「澪、何か見たん?」
澪はぼんやりした顔で答えた。
「見てないけど、音が違った」
「音?」
「さっき片付けの時、木箱を動かす音の中に、薄い板が擦れる音がした。カレー屋さんの前の箱。たぶん、そこに入ってる」
のどかは目を丸くした。
「澪、そんなこと聞いとったん?」
「カレー食べながら」
梨乃が感心する。
「澪ちゃん、カレー食べながら音聞けるん?」
「うん」
「すごい。うち、カレー食べながらカレーのことしか考えられへん」
「それはみんな知ってる」
のどかたちは澪の案内で、商店街の一角へ向かった。
そこには、撤収品と勘違いされて積まれた箱があった。スタッフが中を開ける。
「あった!」
艦名プレート風パネルは、無事に入っていた。
薄い板状のパネルが、別の展示物と一緒に箱へ入れられていたのだ。
商店街スタッフは深く頭を下げた。
「ありがとうございます! よく分かりましたね!」
澪はぼんやり言った。
「なんとなく」
のどかは感動半分、困惑半分だった。
「澪、今日めちゃくちゃ役に立ったじゃろ」
澪は首を傾げる。
「いつも役に立ってない?」
全員が一瞬黙った。
沙羅が上品に言う。
「今日は特に、ですわ」
ゆりえが笑う。
「澪ちゃん、すごい! 素の食レポも良かったし、探偵みたいだった!」
梨乃もにこにこして言った。
「澪ちゃん、すごい。うちも何か見つけたかった」
のどかが即座に言う。
「梨乃は混ぜんかったらそれでええ」
クエストは無事解決。
艦名プレートは会場へ戻り、スタッフたちは安堵した。
地元の子どもたちも「よかった!」と喜んだ。
だが最後に、梨乃の“全部入り海自カレー”を気に入った子どもが一人、こう言った。
「また全部混ぜカレーやってね!」
のどかは頭を抱える。
「やらん!」
ノムさんは大笑いしている。
「ええ企画になるかもしれんのう」
「絶対ならん!」
澪はぼんやりと、残ったカレーを見て言った。
「でも、ちょっと美味しかった」
のどかは叫んだ。
「澪まで!」
こうして、ヒロヒロクエスト第2話・呉編は終了した。
ボロいあきでんバスは、商店街の人々に見送られながら再び出発する。
のどかは窓の外を見て呟いた。
「ヒロヒロ、意外とちゃんと役に立っとるかもしれん」
梨乃は隣で言った。
「次もカレー?」
「違う」
「じゃあ何食べるん?」
「食べる前提で考えるな!」
ぼんやり澪は、今日も眠そうに座っている。
だが、誰もが少しだけ思っていた。
澪は、ぼーっとしているだけではない。
たまに、本当に役に立つ。
ただし、本人にはその自覚がほとんどない。




