ヒロヒロクエスト第1話 出発前から全力疾走――ヒロヒロ、ボロバス一メートルも動かず初クエスト達成
広島の朝は、鉄板の匂いから始まった。
江波のどかの実家、お好み焼き屋**「みさちゃん」**前に、ヒロヒロ一行が集まっていた。今回の参加者は、江波のどか、山根梨乃、神門結衣、越智美晴ことみーちゃん、大西結月、水無瀬澪、南部沙羅、氷見ゆりえ。
そして、店の前に停まっていたのが、あきでんバスから借り受けた車両だった。
一同、絶句した。
ヒロ九のような派手なラッピングバスではない。
戦隊ヒロインのロゴもない。
観光地で映えるカラーリングもない。
そこにあったのは、昭和の団体旅行をそのまま冷凍保存したような、無機質な古いハイデッカー仕様のボロバスだった。
のどかが呻く。
「……これ、自治会の温泉旅行じゃろ」
沙羅が眉をひそめる。
「華がありませんわね」
澪は苦笑する。
「でも、逆に目立つかも」
ゆりえは妙に前向きだった。
「レトロで可愛い……かもしれない?」
梨乃はぼんやり言った。
「これ、動くん?」
全員が一瞬黙った。
そこへノムさんが登場する。
「ええじゃろ。味がある」
のどかは即座に睨んだ。
「味しかないんよ」
しかも、ノムさんは頑なにバスへ乗ろうとしなかった。
同行はする。
だが、乗るのはまさにゃんが運転する別の乗用車。
のどかは腕を組んだ。
「なんで乗らんのん?」
ノムさんは目を逸らす。
「ワシは全体を見る立場じゃ」
結衣が静かに言う。
「怪しいですね」
みーちゃんも頷く。
「とても怪しいです」
のどかはさらに詰める。
「ドッキリで橋から落としたり、広島港に沈めたりせんじゃろな」
ノムさんが両手を広げる。
「ワシをそこまで信用できんか?」
のどか、梨乃、結衣、みーちゃん、結月、澪、沙羅、ゆりえが、ほぼ同時に答えた。
「出来ん」
ノムさんは傷ついた顔をした。
「ひどいのう!」
のどかは冷たい。
「前科が多すぎるんよ」
ともあれ、出発式は始まった。
「みさちゃん」前には近所の人たちも集まり、のどかの父も腕を組んで見守っている。
「まあ、修学旅行みたいで楽しそうじゃねぇ。爆破せんのんならええわ」
のどかは叫ぶ。
「せん言うとるじゃろ!」
その時だった。
近所の保育園の先生が、慌てて駆け込んできた。
「すみません! 園児たちが作ったイベント用の大きな紙風船が、風で飛ばされてしまって!」
紙風船は、地域イベントで使う予定だったもの。
園児たちが何日もかけて絵を描いた、大切な飾りだった。
細い路地の奥へ飛んでいったらしい。
のどかが顔を上げる。
「出発前にクエスト発生じゃ」
梨乃が首を傾げる。
「もう始まっとるん?」
沙羅がため息。
「バス、まだ一メートルも動いてませんわ」
ここで動いたのが、大西結月だった。
元女子競輪選手。
脚力なら、この場で一番信頼できる。
結月は持参していた折りたたみ自転車を、無言で展開した。
「行きます」
それだけ言うと、鍛え上げた逞しい太腿でペダルを踏み込んだ。
折りたたみ自転車とは思えない加速だった。
「速っ!」
ゆりえが声を上げる。
結月は住宅街の細い路地へ入り、車では絶対に追えない道を駆け抜ける。曲がり角を滑るように抜け、洗濯物の下をくぐり、犬に吠えられても止まらない。
のどかが感心する。
「折りたたみ自転車であれは反則じゃろ」
澪も頷く。
「完全に競技者の脚だね」
数分後、結月は紙風船を無事に捕まえた。
破れもなく、園児たちの絵も無事だった。
保育園の先生が涙ぐむ。
「ありがとうございます!」
園児たちは大喜び。
「自転車のお姉ちゃん、すごい!」
結月は少し照れながら言った。
「脚は、まだ使えますから」
のどかは胸を張る。
「これがヒロヒロじゃ!」
沙羅が冷静に言う。
「まだ出発していませんけれど」
梨乃が笑顔で聞く。
「じゃあ、今日もう終わり?」
全員で突っ込む。
「終わらん!」
こうして、ヒロヒロバスの旅は、出発前に最初のクエストを解決するという異常に順調な滑り出しを見せた。
ボロバスはまだ一メートルも動いていない。
ノムさんは別車両の横でニヤニヤしている。
のどかはそれを見て、また疑いの目を向けた。
「……絶対、まだ何か企んどるじゃろ」
ヒロヒロ暴走バス計画。
その旅は、始まる前からもう十分うるさかった。




