百人乗っても、揉める時は揉める――遥室長、肥大化した戦隊ヒロインを棚卸しする日
熱湯PR騒動の翌週、新橋ヒロ室にはいつも通りの騒がしさが戻っていた。
阿部柚葉と氷見ゆりえの写真集は売れた。
ノムさんは「ワシの読み通りじゃ」と胸を張り、波田顧問は「ええじゃないか」と笑っている。
だが、芹沢遥室長の胸には、まだ引っかかりが残っていた。
「……最近、ちょっと駆け足すぎるだよ」
高城彩世の事故後、戦隊ヒロインプロジェクトは焼け野原だった。世論は冷たく、スポンサーは離れ、イベントを開いても人は来ない。
そんな中、美月と綾乃が加入した。
河内弁で前へ出る美月。
京都弁で冷静に刺す綾乃。
遥は、この二人とほとんど三人四脚でプロジェクトを再興した。美月と綾乃でサイン会を開いたのに、並んだ客が五人しかいなかった日もある。あの時の静まり返った会場を、遥は今でも忘れていない。
そこから小春が入り、彩香が入り、各地のヒロインが増えた。
今では四十七都道府県からヒロインを出せる規模になった。
そして、これからも増える。
「百人乗っても大丈夫な組織にしたいだよ」
遥は冗談みたいに言ってきたが、本気だった。
だからこそ、一度立ち止まる必要があった。
その日、新橋ヒロ室の会議室に集められたのは、安岡真帆、太田すみれコーチ、古賀菜々子ヒロ九支配人、小宮山琴音。
名目は会議。
実態は、仕事ができる女たちの女子会だった。
遥が静岡茶を置いて切り出す。
「みんな、最近の戦隊ヒロイン、どう思う? ちょっとやりすぎじゃないだか?」
最初に真帆が資料を開いた。
「数字だけ見れば、極めて順調です。スポンサー企業やプロモーターから大きな苦情はありません。私が仕えていた先生からも、“よくやっている。大満足。このままで良い”と太鼓判をいただいています」
遥は少しだけ息をつく。
「小さいクレームは?」
「あります。“人が多すぎて覚えられない”“企画が濃すぎる”“ノムさんがうるさい”など」
「最後のは正しいだよ」
次に、すみれコーチが腕を組んだ。
「熱湯番組は、別にいいと思うぞ。柚葉もゆりえも、自分で決めてやったんだろ。なら問題はそこじゃない」
遥は意外そうに見る。
「すみれさんは寛容だね」
「私は別件が心配だ」
すみれの表情が少し厳しくなる。
「るみねぇだよ」
盟友・木戸瑠海。
ノースフロントの暫定フィールドマネジャーとして、笑顔で現場を回し続けている。
「るみねぇは前向きだから、しんどくても笑う。でも、あいつ相当無理してるぞ。玲香と柚希は噛み合わねぇし、彩芽は走り回るし、現地スポンサーとの調整も重い。今のままだと、いつかガス欠する」
遥は深く頷いた。
「そこは私も気にしてるだよ」
菜々子が佐賀弁で続いた。
「ヒロ九は順調ばい。ひなた副支配人は、酒さえ飲ませすぎんごとすれば、かなり優秀とよ」
「酒さえ?」
「はい。酒さえです」
全員が妙に納得した。
菜々子はさらに言う。
「現場で動く力はすごかです。地域の人とすぐ仲良うなるし、体育大学の人脈もある。ただ、芋焼酎が絡むと管理対象になりますけん」
琴音が議事録に書く。
ひなた副支配人:有能。ただし飲酒管理必須。
遥が恐る恐る次を聞いた。
「……ヒロヒロは?」
会議室が沈黙した。
真帆は資料を閉じた。
すみれは窓の外を見た。
菜々子は茶を飲んだ。
琴音はペンを止めた。
数秒後、琴音が小さく言う。
「……議事録、ここ飛ばします?」
遥は頭を抱えた。
「やっぱり問題児だよ……」
ヒロヒロは自由すぎる。
ノムさんとのどかの高校先輩後輩コンビが、放っておくとすぐ悪乗りする。
「いっそ別組織にする?」
という案も出たが、真帆が即座に否定した。
「危険です。独立させたら、ノムさんが完全に好き放題します」
菜々子も頷く。
「のどかさんも止めんと思いますばい」
すみれが短く言う。
「むしろ煽るな」
結論。
ヒロヒロは、引き続きヒロ室の厳しい管理下に置く。
遥は深いため息をついた。
「管理するものばっかり増えるだよ……」
だが、暗い話ばかりではなかった。
真帆が別の資料を出した。
「慰問活動については、非常に良い反響が多いです。特に平塚美波さんと大宮麗奈さんの活動は、慰問先から感謝のメッセージが多く届いています」
大宮麗奈。
華やかな容姿の、高飛車なイベントコンパニオン。普通にイベントへ出れば、ギャラはかなり高額である。
だが、慰問活動だけは違った。
ほぼ手弁当。
ボランティア同然。
本人が自主的にスケジュールを空けて回っている。
麗奈は以前、胸を張ってこう言った。
「慰問活動はライフワークだよ。私が行くだけで喜んでくれる人がいるなら、行かない理由がないでしょう?」
言い方は高飛車だった。
でも、心意気は本物だった。
遥はその言葉を思い出し、少しだけ表情を緩めた。
「そういう子がいるから、私はこのプロジェクトを続けたいだよ」
真帆が頷く。
「組織が大きくなれば歪みは出ます。でも、優秀なフロントと現場のヒロインたちが支えています」
すみれも言う。
「全部きれいには回らねぇよ。でも、ちゃんと見てれば壊れねぇ」
菜々子が佐賀弁でまとめる。
「ヒロ九ば回して思いましたけど、地域に入るには多少の混乱も必要ですたい。ただ、支える仕組みは要ります。現場任せにしすぎたら、いつか誰かが潰れますけん」
琴音は議事録に書いた。
理念への回帰。現場の自由。管理体制の再整理。
遥は頷いた。
健全な青少年育成。
治安維持。
地域振興。
この三つを、もう一度中心に置く。
写真集も、テレビも、地方イベントも否定しない。
だが、安っぽく消費されないように、線引きをする。
「もう一度、整えるだよ」
遥がそう言った瞬間だった。
ミーティングスペースから、ものすごい声が響いた。
「紅茶はレモンティーに決まっとるやろ!」
「何言うとんどいや。紅茶にレモン入れるんは邪道じゃろが。味覚、大丈夫け?」
赤嶺美月と西川彩香だった。
理由は、紅茶はレモンティーとミルクティーのどちらが美味しいか。
内容は極めて低レベル。
しかし迫力だけは抗争級だった。
美月が河内弁で吠える。
「ミルク入れたら紅茶の味ボヤけるやんけ! レモンでキュッと締めるんが粋なんや!」
彩香は低い声で播州弁を返す。
「……何ぬかしとんじゃ。レモン入れて酸っぱくして喜ぶんは子ども舌やろが。紅茶いうんはミルクで丸めて上品に飲むもんじゃ」
「誰が子ども舌やねん!」
「自覚ないんかい。ほんなら鏡見てこい」
「なんやその言い方! ケンカ売っとんか!」
彩香は静かに言った。
「売っとらん。買うとるんじゃ」
ヒロ室全体が一瞬静まり返った。
琴音が小声で聞く。
「……これ、議事録に“紅茶抗争勃発”と書けば良いですか?」
真帆が即答する。
「後世に残さなくていいです」
すみれが笑う。
「百人乗る前に、二人で揉めてるな」
菜々子も苦笑した。
「ヒロ九でも似たようなことはありますばい」
遥は立ち上がり、ミーティングスペースの方を見た。
美月と彩香はまだ言い合っている。
「ほな勝負や! レモンティー派とミルクティー派で投票や!」
「ええですよ。負けた方が謝罪で。土下座までは言わへん。でもな、心から反省してもらいます。しょうもない言い訳とか、ヘラヘラ笑ろうたりしたら……ほんま承知せぇへんからな?」
「紅茶でそこまで言うか普通!」
「先に仕掛けたんはそっちやろが!」
遥は深くため息をついた。
「やれやれ……」
だが、その顔には少しだけ笑みがあった。
プロジェクトは大きくなった。
問題も増えた。
歪みもある。
それでも、焼け野原だった頃に比べれば、ここには声がある。
喧嘩もある。
笑いもある。
慰問先からの感謝もある。
地域からの期待もある。
百人乗っても、大丈夫な組織へ。
まだ道半ば。
遥室長は、レモンティーとミルクティーで本気の抗争を始めた二人を見ながら、もう一度だけ呟いた。
「本当に、手間のかかるプロジェクトだよ」




