遥室長の苦悩――富士の白嶺に問う、戦隊ヒロインはどこへ行く
生放送の翌日、反響は予想以上に大きかった。
阿部柚葉と氷見ゆりえが挑んだ『ハイパージョッキー』の熱湯PRタイムは、番組としては大成功だった。柚葉の写真集**『白嶺のヴィーナス――阿部柚葉、二十歳の透明衝撃』も、ゆりえの写真集『潮騒のマーメイド――氷見ゆりえ、十九歳のきらめき』**も、一気に注目された。
ネットには、好意的な声が並んだ。
「柚葉、根性ある」
「ゆりえ可愛かった」
「戦隊ヒロイン、体張ってるな」
「ノムさんが一番面白い」
「地方出身ヒロインの宣伝としては大成功」
だが、芹沢遥室長の目は、別の声も拾っていた。
「馬鹿馬鹿しい」
「健全な青少年育成の理念はどこへ行った」
「官製アイドル化している」
「地域振興とお色気番組は違うだろう」
「結局、話題づくりが優先なのか」
遥は新橋ヒロ室の自席で、しばらく画面を見つめていた。
「……言わんこっちゃないだよ」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
ノムさんへでも、波田顧問へでも、柚葉やゆりえへでもない。
自分自身へ向けた言葉だった。
遥は、戦隊ヒロインプロジェクトに本気だった。
ただの広告企画や、地方イベントの賑やかしとして見ていたわけではない。若い女性たちが自分の土地を背負い、地域を元気にし、子どもたちに「自分の町にも誇れるものがある」と思わせる。その理念に、本気で価値を感じていた。
だからこそ、波田顧問に請われた時、官僚としての安定した道だけではなく、この混沌とした現場に飛び込んだ。
高城彩世の不慮の事故の後、プロジェクトはどん底だった。世論は冷たく、イベントを開いても人は集まらず、批判だけが残った。
その中で、赤嶺美月と西園寺綾乃が現れた。
美月は泥臭く、明るく、前へ出る力があった。
綾乃は冷静で、知性と品位を持っていた。
遥は二人と共に、ほとんど壊れかけていたプロジェクトを立て直した。
サイン会に数人しか並ばない日もあった。
現場で罵声を浴びたこともあった。
スポンサーに頭を下げたことも、自治体に何度も説明したこともある。
それでも、少しずつ信頼を取り戻した。
気づけば、戦隊ヒロインは四十七都道府県から出せるところまで来た。
北海道から沖縄まで。
都市から山村まで。
官僚、学生、元アスリート、看護学生、観光ガイド、運転手、巫女、医師、自営業者、元警察官、元キャバ嬢、グラビアアイドル。
本当に多様な人材が集まった。
遥はそれを誇りに思っていた。
そして、まだ終わりではない。
これからも増える。
支部も増える。
地域企画も増える。
ノースフロント、ヒロ九、ヒロヒロ、各地の連携班。
いつかは、百人規模の組織になるかもしれない。
いや、そうしなければならないと思っていた。
「百人乗っても大丈夫な組織にする」
遥は、半分冗談のように何度も言ってきた。
だが、本人は本気だった。
百人いても壊れない。
百人いても理念を失わない。
百人いても一人一人が地元を背負える。
百人いても、安全管理と広報方針が通る。
そういう組織を作りたかった。
しかし今、遥は思う。
百人乗る前に、すでにきしみ始めているのではないか。
写真集。
グラビア。
熱湯PR。
バラエティ出演。
地方イベント。
温泉。
野球教室。
支部対立。
スポンサー都合。
メディア戦略。
どれも一つ一つは否定できない。
柚葉もゆりえも、自分の意思で前に出た。
ノムさんも、結果だけ見れば宣伝を成功させた。
波田顧問の言う通り、話題になることは悪ではない。
だが、全体としてどこへ向かっているのか。
その問いだけが、遥の胸に残った。
週末、遥は久しぶりに富士市の実家へ帰った。
新幹線を降り、慣れた空気を吸う。
都会の湿った熱気とは少し違う、静岡の落ち着いた風があった。
実家では、母が何も聞かずに静岡茶を出してくれた。
「疲れてるね」
遥は苦笑した。
「顔に出てるだか?」
「出てる」
母はそれ以上、仕事のことを聞かなかった。
翌朝、遥は一人で窓辺に立った。
霊峰富士が見えた。
白く、静かで、遠い。
それでいて、確かにそこにある。
子どもの頃から見てきた山だった。
東京で働くようになってからも、何かに迷うと、心のどこかでこの山を思い出した。
富士は何も言わない。
褒めもしない。
叱りもしない。
ただ、そこにある。
遥は湯呑みを両手で包んだ。
「私は、何を守りたいんだろうね」
人気か。
数字か。
地域振興か。
健全な青少年育成か。
ヒロインたちの自由か。
組織としての品位か。
どれか一つなら簡単だった。
人気だけなら、ノムさんに任せればいい。
品位だけなら、全部締めつければいい。
安全だけなら、危ない企画をやめればいい。
自由だけなら、好きにやらせればいい。
だが、戦隊ヒロインプロジェクトは、その全部の間に立っている。
若いヒロインたちは、それぞれの意思で前に出る。
地元は応援する。
スポンサーは数字を見る。
メディアは話題を求める。
世論は簡単に掌を返す。
その全部を受け止めながら、プロジェクトを壊さず進める。
それが、遥の仕事だった。
遥は富士を見つめた。
白い山頂は、朝の光を受けて静かに輝いていた。
「百人乗っても大丈夫、か」
口にすると、少しだけ笑えた。
どこかの物置のCMのような言い方だった。
けれど、そのくらい分かりやすい目標が必要だった。
百人乗っても壊れない組織。
百人いても、誰かが安っぽく消費されない組織。
百人いても、事故を繰り返さない組織。
百人いても、地域を馬鹿にしない組織。
そのためには、自由だけでは足りない。
勢いだけでも足りない。
ノムさんの営業力だけでも、波田顧問の豪快さだけでも、隼人の理屈だけでも足りない。
線引きが必要だった。
何を許し、何を止めるのか。
誰の意思を尊重し、どこから組織が責任を持つのか。
写真集も、バラエティも、地域イベントも、すべて一度整理し直す必要がある。
柚葉の写真集は悪くない。
ゆりえの挑戦も悪くない。
二人は誇りを持って前に出た。
だが、それをどう見せるか。
どう守るか。
誰が責任を持つか。
そこを曖昧にすれば、いずれまた大きく揺れる。
遥は静かに息を吐いた。
「もう一回、締め直すだよ」
それは、終わらせるという意味ではない。
むしろ逆だった。
続けるために、整える。
増やすために、支える。
自由に動かすために、骨組みを作る。
戦隊ヒロインプロジェクトは、曲がり角に来ている。
だが、曲がり角は終点ではない。
富士を眺めながら、遥はそう思った。
美月や綾乃と立て直したあの日々。
彩世を失った痛み。
新しく加わったヒロインたちの顔。
地方イベントで手を振る子どもたち。
批判の声。
喝采の声。
全部を抱えたまま、前に進むしかない。
遥は湯呑みを置き、背筋を伸ばした。
「帰ったら、まずガイドライン作るだよ」
写真集、グラビア、テレビ出演、バラエティ企画。
ヒロイン本人の意思確認。
年齢配慮。
安全管理。
広報上の説明責任。
地域との合意。
やることは山ほどある。
だが、やるしかない。
遥はもう一度、霊峰富士を見た。
静かな白嶺は、何も答えなかった。
それでよかった。
答えは、自分で出すものだった。
戦隊ヒロインはどこへ行くのか。
遥室長は、富士の白嶺に問いかけながら、もう一度その道を作る覚悟を固めた。




