鳥海山麓の白い衝撃――阿部柚葉、ノムさん命名の写真集が本当に動き出す
阿部柚葉のグラビア写真集計画は、最初から妙に勢いがあった。
そもそも始まりが、「水着のグラビアをやりたいです」という柚葉本人の爆弾発言である。おとなしく、穏やかで、いかにも秋田美人らしい落ち着いた雰囲気の彼女が、いきなりそんなことを言い出したものだから、遥室長は静岡茶を噴き出しかけた。
だが、柚葉は本気だった。
「若いうちに、綺麗な自分を残しておきたいんです」
その一言に、遥室長は腹をくくった。
そして、こういう時に頼りになる男がいた。
ブラックキャブプロダクションの名物社長、ノムさんである。
ノムさんは話を聞くなり、受話器の向こうで笑った。
「柚葉ちゃんかぁ〜。ええねぇ。秋田美人で、にかほ出身で、白肌で、手足長うて、地元愛もある。これは写真集じゃろ!」
遥室長はすぐに釘を刺した。
「ノムさん、品よくだよ。本人は真剣なんだから」
「分かっとる分かっとる。ワシを誰や思うとるんじゃ。上品に、綺麗に、売れるようにやるんよ」
この「売れるように」が少し怖かったが、実際、ノムさんは頼りになった。
有名写真家とのコネがある。
出版社との話も早い。
グラビアの現場にも顔が利く。
普段は野村ラッパばかり吹いているように見えるが、こういう芸能仕事では妙に強い。
「写真家はワシが押さえる。出版社も話つける。柚葉ちゃんは素材がええけぇ、あとは料理の仕方じゃ」
遥室長が「企画書を作ってから……」と言う前に、ノムさんは三本電話をかけていた。
数日後には、出版社との打ち合わせが成立していた。
編集者は、柚葉のプロフィールを見てすぐに食いついた。
「秋田県にかほ市出身。鳥海山麓。典型的な秋田美人。地元に世界的な電子部品メーカーの工場がある企業城下町的な背景。戦隊ヒロイン。これは物語がありますね」
ノムさんは得意げだった。
「ほうじゃろ? ただ綺麗なだけじゃないんよ。地元の匂いがある。しかも柚葉ちゃんには“尖った大胆さ”があるんじゃ」
柚葉は隣で静かに座っていたが、その目は逃げていなかった。
「やるなら、中途半端にはしたくありません」
編集者は頷いた。
「では、写真集として出しましょう」
発売決定。
ここまでは早かった。
そして問題のタイトルである。
ノムさんは、勝手に決めていた。
『白嶺のヴィーナス――阿部柚葉、二十歳の透明衝撃』
遥室長は固まった。
「ノムさん、タイトルが強すぎるだよ……」
ノムさんは胸を張った。
「ワシが付けたタイトルじゃ。ええじゃろ。白嶺は鳥海山のイメージ。ヴィーナスは柚葉ちゃんの美しさ。二十歳の透明衝撃は、若さと白肌とインパクトじゃ。売れる要素しかないわい」
小春は腹を抱えて笑った。
「透明衝撃ってなんですか! でも、めちゃくちゃグラビア写真集っぽい!」
柚葉は少し顔を赤らめた。
「……すごいタイトルですね」
「すごい方がええんよ」
ノムさんは言い切った。
撮影は、まずにかほ市から始まった。
鳥海山を望む田園。
日本海沿いの風景。
静かな港。
そして、世界的な電子部品メーカーの工場地帯を遠景にしたクールなカット。
にかほは、のどかなだけの町ではない。鳥海山麓の自然と日本海の風、穏やかな暮らし、そして先端産業の工場が共存する町である。柚葉の白い肌と端正な顔立ちは、その土地の空気に不思議なほど合っていた。
撮影現場には、当然のように阿部一族の気配があった。
父。兄。親戚。工場関係者。
誰が正式に呼んだわけでもないのに、情報だけは広がっている。
「柚葉、鳥海山バックで撮ってるらしいぞ」
「今日は海沿いだってよ」
「兄ちゃん、休憩時間に見に行ったべ」
遥室長は頭を抱える。
「情報網が強すぎるだよ……」
だが、撮影そのものは順調だった。
有名写真家は、柚葉の良さを引き出すのが上手かった。
「いいですね。ナイスですね。目線、そのまま。少し風を受けて。そう、ナイスですね」
柚葉は最初こそ照れていたが、カメラの前に立つと、少しずつ表情が変わった。
普段の穏やかな秋田美人。
戦隊ヒロインとしての芯の強さ。
にかほを背負う誇り。
そして、自分でこの企画を言い出した大胆さ。
それらが、一枚ずつ写真になっていく。
都内スタジオでの撮影も行われた。
白を基調とした衣装。
淡い色の水着。
黒背景での大人っぽいカット。
戦隊ヒロインらしい凛とした表情。
柚葉は、ただ撮られるだけではなかった。
「にかほで撮った写真は、家族にも見せられる雰囲気にしたいです」
「水着は派手すぎるものより、白や淡い色がいいです」
「地元の風景は、ちゃんと入れてほしいです」
静かな声で、しかしはっきり意見を言う。
ノムさんは感心した。
「柚葉ちゃん、見た目はおっとりじゃけど、芯があるのう。これが“尖った大胆さ”じゃ」
そして海外ロケ。
ノムさんの一声で、サイパン撮影が決まった。
遥室長はまた驚いた。
「サイパンまで行くだか?」
ノムさんは当然のように言う。
「北国の透明感を南国の光に当てるんよ。対比じゃ、対比。ワシの計算じゃ」
「ほんとに計算してるだか?」
「しとるような顔はしとる」
「そこはしてほしいだよ」
サイパンの青い海と白い砂浜では、柚葉の印象がまた変わった。
にかほでは静かに透き通る美しさ。
南国では、白い肌と長い手足が強い光の中で際立つ。
写真家は満足げに言った。
「ナイスですね。秋田美人、南国でも強いですね」
ノムさんはモニターを見て大騒ぎ。
「ほら見い! ワシの読み通りじゃ! 透明衝撃、ここに完成じゃ!」
柚葉は照れながらも、どこか晴れやかな顔だった。
やがて撮影はすべて終わり、写真集が完成した。
にかほの風。
鳥海山の稜線。
日本海の夕景。
工場地帯のクールな遠景。
都内スタジオの洗練。
サイパンの光。
そして、阿部柚葉という戦隊ヒロインの今。
完成見本を持って、ノムさんは新橋ヒロ室へやってきた。
「できたでぇ!」
遥室長、真帆、琴音、小春、そして柚葉が集まる。
ノムさんは表紙を掲げた。
『白嶺のヴィーナス――阿部柚葉、二十歳の透明衝撃』
「ワシが付けたタイトルじゃ。ええじゃろ!」
野村ラッパが、見事に炸裂した。
遥室長は苦笑する。
「タイトルは相変わらず派手だけど、写真は本当にいいだよ」
小春は目を輝かせる。
「規格外の秋田美人、完全に全国仕様です!」
柚葉は完成した写真集を両手で受け取り、ゆっくりページをめくった。
にかほの空。
鳥海山。
海。
工場の遠景。
白い衣装。
南国の光。
ページの中に、自分の今が残っていた。
柚葉は小さく笑った。
「……やってよかったです」
その一言で、遥室長も、ノムさんも、小春も黙った。
これは単なるグラビアではなかった。
秋田美人の透明感。
にかほの誇り。
地元に応援される戦隊ヒロインの記録。
そして、阿部柚葉の“尖った大胆さ”が形になった一冊。
ノムさんは最後に、もう一度だけ胸を張った。
「売れるでぇ。ワシのタイトルがええけぇの!」
遥室長は即座に言う。
「写真がいいからだよ」
柚葉は少し笑った。
こうして、阿部柚葉ファースト写真集
『白嶺のヴィーナス――阿部柚葉、二十歳の透明衝撃』
は完成した。
にかほ発、鳥海山麓の白い衝撃は、いよいよ世に出ることになった。




