ヒロ九クエスト第57話 ラスト一周は、ひとりじゃ走らない――ひなた先輩、後輩エースと黒煙バスの青春伴走
学園祭の熱狂から一夜。
鹿屋の朝は、体育大学らしく早かった。
ヒロ九の面々が宿舎で眠気と戦っている頃、ひなただけは妙に元気だった。
「今日は競走部じゃっど!」
菜々子支配人がコーヒーを飲みながら言う。
「昨日あれだけ動いて、どうしてそんな元気なんですか」
「母校補正じゃ!」
真白が小声で呟く。
「理屈ではないタイプですね」
この日、ヒロ九はひなたが大学時代に所属していた競走部の朝練に顔を出すことになった。
競技場へ向かうと、学生たちが一斉に声を上げた。
「ひなた先輩!」
「昨日見ました!」
「ヒロ九、本当に来た!」
体育大学らしく、朝からテンションが高い。
ひなたは嬉しそうに手を振る。
「相変わらず元気じゃの!」
しかし、その空気の中で一人だけ元気のない学生がいた。
競走部キャプテンが、ひなたへ小声で相談する。
「実は、相談があります」
彼女が示した先には、女子長距離のエース格の学生。
全国大会も狙える実力者だが、最近タイムが伸びず、スランプに陥っていた。ここ数日、元気もなく、練習でも精彩を欠いているという。
「最後の一周で足が止まるんです」
キャプテンは悩んでいた。
「責任感も強くて、余計に自分を追い込んでしまって……。ひなた先輩なら、何か言葉をかけられるかなって」
ひなたは腕を組んだ。
「……うちは言葉が得意じゃなか」
菜々子が即答。
「そうですね」
「即答すんな!」
ひなたは少し考えたあと、言った。
「なら、走るど」
こうして、ヒロ九総出による“スランプ脱出作戦”が始まる。
まずは伊織。
冷静にフォームを確認。
「力みすぎです。後半に肩が上がっています」
みのりは分析。
「呼吸とペース配分が噛み合っていませんね。真面目な人ほど崩れると苦しいです」
ひかりも穏やかに言う。
「頑張りすぎる人ほど、一回肩の力を抜く時間が必要かもしれません」
凪は安全管理。
「疲労蓄積の兆候があります。睡眠状況も確認してください」
つばさは部員たちの話を聞いて情報整理。
香澄は空気を和ませる。
「焦る時ほど、美味しいもの食べて笑うのも大事ですたい」
真白は給水係。
「走る人は、水分補給が命です」
そして、問題児――いや、秘密兵器の彩芽。
最初は真面目に励まそうとした。
「元気出すべさ!」
だが、会話が噛み合わない。
すると彩芽、突然言った。
「よし、一回、追いかけっこするべさ!」
全員が止まった。
伊織が静かに言う。
「何を言っているんですか」
「考えすぎてる時は、体動かした方がいいべさ!」
そして彩芽、突然ダッシュ。
「捕まえてみるべさー!」
エース格の部員、ぽかん。
しかし――
なぜか追いかけ始める。
競技場の外周を、彩芽が意味不明なルートで逃げる。
急カーブ。
突然方向転換。
無駄に元気。
部員は思わず笑ってしまう。
「なんなんですか、この人!」
彩芽が笑う。
「走るの、嫌いになったべさ?」
「……嫌いじゃないです!」
「なら、まだ大丈夫だべさ!」
伊織が少し呆れながら言った。
「また偶然正解を出しましたね」
みのりが微笑む。
「悩みすぎていたのかもしれません」
ひかりも頷く。
「競技を“楽しい”と思う感覚を思い出したんでしょうね」
ひなたは静かに言った。
「最後の一周ってな、自分との勝負でもあるけど、一人で走っちょるわけじゃなか」
午後。
公開練習。
エース格の部員は、少し表情が変わっていた。
ひなたが伴走につく。
「最後の一周は根性じゃなか」
「……はい」
「自分を信じる練習じゃ」
最後の周回。
苦しそうな表情。
それでも足は止まらない。
彩芽がスタンドから叫ぶ。
「けっぱれぇぇぇ!!」
声が大きすぎて凪に注意される。
「音量を調整してください」
「今は無理だべさ!」
ゴール。
タイムは自己ベストではない。
でも、最後まで走り切った。
部員は涙ぐんだ。
「走れました……」
ひなたは笑った。
「今日はそれで十分じゃ」
キャプテンも深く頭を下げた。
「ありがとうございました。久しぶりに、あの子が笑いました」
そして、別れの時間。
鹿児島空港へ向かわなければならない。
ひなたが少し寂しそうに言う。
「みんな、飛行機の時間があるから……」
競走部員たちは静かになった。
校門前。
黒煙バスの前に、競走部員たちが並ぶ。
そして誰かが言った。
「ひなた先輩、また来てください!」
「絶対です!」
「次は結果出します!」
涙ぐむ後輩もいた。
ひなたも少し目が赤い。
「また来るど。次はもっと強くなっちょれ」
彩芽はすでに泣いていた。
「青春だべさぁ……」
伊織がティッシュを渡す。
「感受性が高すぎます」
最後に、競走部全員でヒロ九ラッピングバスを囲んで記念撮影。
その直後――
「ボボボボ……ゴホッ!」
黒煙。
競走部員たち、一瞬静止。
真白が申し訳なさそうに言う。
「別れの演出ではありません」
ひなたは笑った。
「これもヒロ九じゃ!」
競走部員たちは涙を拭きながら笑う。
「最後までうるさいですね、先輩!」
バスが動き出す。
窓から手を振るヒロ九。
競走部員たちも走りながら手を振る。
青春ドラマのような光景だった。
鹿屋の空は、少しだけ眩しかった。




