ヒロ九クエスト第56話 体力測定会で怪物発見――ひなた先輩、恩師の前ではなぜか小さくなる
ひなたの母校での学園祭ステージは、大盛況で終わった。
だが、鹿屋編はまだ終わらない。
ステージ後、ひなたの前に一人の男性が現れた。白衣ではなくジャージ姿。眼鏡の奥の目は鋭く、声は穏やかだが、妙な圧がある。
「有村。相変わらず声だけは大きいな」
その瞬間、ひなたの背筋が伸びた。
「せ、先生……!」
現れたのは、ひなたの恩師である運動生理学の准教授だった。現役時代、ひなたを徹底的に鍛え、測定し、叱り、走らせた人物である。普段は酒と勢いで突き進むひなたも、この准教授の前では借りてきた猫のようになる。
彩芽が小声で言った。
「ひなたさんが小さくなってるべさ……」
伊織が冷静に返す。
「貴重な現象ですね」
准教授は、ヒロ九の面々を見渡して言った。
「学園祭で地域住民向けの体力測定会をやっている。少し人手が足りん。手伝ってくれんか」
ひなたは即答した。
「はい! 喜んで!」
菜々子支配人も頷く。
「地域貢献なら、ヒロ九としてもぜひ協力します」
こうして、ヒロ九は急きょ体力測定会の運営補助に入ることになった。
測定内容は、握力、長座体前屈、反復横跳び、上体起こし、簡易持久力チェック。地域の子どもから高齢者まで参加する、ほのぼのした企画のはずだった。
しかし、ヒロ九が入ると妙に濃くなる。
香澄は受付と案内を担当。
「はい、こちらでお名前を書いてくださいたい。無理せず楽しく測りましょうね」
つばさは呼び出しと場内アナウンス。
「次の方、反復横跳びへどうぞ。水分補給も忘れないでください」
凪は安全管理。
「滑りやすい床面、確認済み。高齢者の測定時は補助者をつけます」
真白は記録用紙と備品の搬送。
「この動線なら、測定結果の回収が早いです」
グレースフォースのみのりとひかりは、フォーム説明が抜群だった。
みのりが丁寧に言う。
「無理に良い数値を出すより、正確に測ることが大切です」
ひかりも続ける。
「体の状態を知ることが、健康づくりの第一歩ですね」
伊織は全体の流れを見て、測定順を組み替える。
「握力が混んでいます。先に柔軟性測定へ流しましょう。彩芽、子どもたちを反復横跳びの列へ」
彩芽は元気よく返事した。
「分かったべさ!」
そして見本を任された彩芽が、問題だった。
反復横跳びの説明で、彼女は軽くやるつもりだった。
「こうやるべさ!」
足が速すぎた。
左右に飛ぶ動きが、ほとんど小動物だった。床を蹴る音が軽い。切り返しが鋭い。子どもたちは大歓声。
「すげー!」
「もう一回やって!」
准教授の目が光った。
「……君、名前は?」
「高城彩芽だべさ!」
「もう一回、測定してみなさい」
彩芽は首を傾げる。
「いいべさ!」
結果は、アスリート並みだった。
握力も悪くない。反復横跳びは異様。垂直跳びも高い。持久力もそこそこある。体の使い方は荒いが、素材は明らかに強い。
准教授はメモを取りながら言った。
「身体能力はかなり高い。瞬発力、反応速度、脚力。興味深い」
彩芽は胸を張る。
「褒められたべさ!」
准教授は少しだけ間を置いた。
「ただし、説明理解と戦術判断には課題がありそうだな」
伊織が即座に頷く。
「その通りです」
「なまらひどいべさ!」
准教授は真顔だった。
「身体は素晴らしい。頭の中身が少し追いついていないのが惜しい」
ひなたが思わず吹き出した。
「先生、言い方!」
准教授がひなたを見る。
「有村、お前も現役時代は似たようなものだった」
ひなたは即座に黙った。
「……はい」
菜々子支配人は小声で香澄に言った。
「ひなたさんを一言で黙らせる人、初めて見ました」
香澄も笑いをこらえた。
「恩師は強かですね」
測定はさらに続く。
伊織は全項目で高水準だった。瞬発力だけでなく、柔軟性、バランス、持久力も安定している。准教授は感心した。
「金城君は非常にバランスが良い。競技特化ではなく、総合能力が高いタイプだな」
伊織は落ち着いて一礼する。
「ありがとうございます」
みのりも高い平均値を出した。反射的な動きよりも、フォームの正確性、柔軟性、安定感が優れている。
「館山君も良い。動きが丁寧で、無駄が少ない」
みのりは微笑んだ。
「自分の体を客観的に使うことは意識しています」
ひかりもまた安定していた。派手な数値ではないが、姿勢と可動域が美しい。
「杉山君は、身体表現としての完成度が高い。測定値以上に、動作の質が良い」
ひかりは上品に頭を下げる。
「ありがとうございます」
真白は小柄ながら脚力が強く、荷物運びで鍛えた下半身が光った。
「伊吹君、跳躍力があるな」
「仕事で足腰は使います」
「トラックドライバーでこれは面白い」
体力測定会は、地域住民にも大好評だった。
子どもたちは彩芽の反復横跳びを真似し、高齢者はみのりとひかりの丁寧な説明に安心し、学生たちは伊織の安定感に感心した。香澄の案内、つばさのアナウンス、凪の安全管理、真白の実務力も噛み合い、現場は見事に回った。
ひなたは、恩師の前でやや大人しかったが、後輩や地域住民の前ではしっかり働いた。持久力チェックのペースメーカーを任されると、現役時代の感覚が戻ったように軽やかに走る。
准教授は腕を組んで見ていた。
「有村、現場力は落ちていないな」
ひなたの顔がぱっと明るくなった。
「先生……!」
「ただし、酒は控えろ」
「はい……」
菜々子支配人は満足げに頷いた。
「今日のひなたさんは、かなり良い副支配人でした」
ひなたは得意げに胸を張る。
「じゃろ!」
凪が横から言った。
「ただし、准教授がいる時限定の可能性があります」
「凪ちゃん、余計なこと言うな!」
測定会終了後、准教授はヒロ九の面々に深く頭を下げた。
「助かった。地域の人たちも喜んでいた。戦隊ヒロインというのは、思ったより現場で使えるんだな」
菜々子支配人は微笑んだ。
「ヒロ九は、地域に入ってこそ力を出します」
准教授は彩芽を見て言う。
「高城君は、鍛えれば面白い。だが、考える練習も必要だ」
彩芽は元気よく返事する。
「考える練習、けっぱるべさ!」
伊織が横で小さく言った。
「まず、人の話を最後まで聞くところからです」
「はいだべさ!」
准教授はひなたへ向き直った。
「有村、良い仲間を持ったな」
ひなたは少しだけ照れた。
「はい。自慢のヒロ九です」
それを聞いた菜々子、香澄、つばさ、凪、真白、みのり、ひかり、伊織、彩芽は、それぞれ少しだけ笑った。
黒煙バスは、体育大学の駐車場で相変わらず待っていた。
「ボボボボ……ゴホッ!」
准教授がバスを見て眉を上げる。
「あのバスも測定した方がいいな」
真白が真顔で答えた。
「水温と排気は、常時測定しています」
凪が頷く。
「改善の余地は大きいです」
ひなたは笑う。
「黒煙バスも、うちらの仲間じゃっど!」
菜々子支配人はため息をついた。
「仲間なら、もう少し煙を控えてほしいですね」
ヒロ九は、また一つ母校での任務を果たした。
ひなた先輩は恩師の前で小さくなりながらも、後輩たちの前では確かに頼れる副支配人だった。




