ヒロ九クエスト 第54話 桜島灰まみれ作戦――黒煙バス、火山灰とどっちが迷惑か比べられる
桜島の朝は、最初から強かった。
錦江湾にどっしり構える火山の島。鹿児島の象徴であり、海と空と街の景色を一気に支配する存在。温泉、溶岩、大地の力、そして噴煙。桜島は、ただ眺める山ではない。鹿児島の暮らしそのものに入り込んでいる、生きている山だった。
その桜島が、この日はヒロ九を歓迎するかのように絶好調だった。
噴煙が空へ上がる。
風に乗って細かな火山灰が舞う。
宿の駐車場にも、バスの窓にも、ヒロインたちの肩にも、うっすら灰が積もっている。
彩芽は目を丸くした。
「なまら灰だべさ! 雪じゃないのに積もってるべさ!」
ひなたは胸を張る。
「これが桜島じゃっど! 鹿児島の朝じゃ!」
菜々子支配人はバスの屋根を見上げる。
「歓迎が荒っぽすぎます」
そこへヒロ九ラッピングバスがエンジン始動。
「ボボボボ……ゴホッ!」
灰の白っぽい空気に、黒煙が混ざった。
凪が即座に言う。
「桜島と張り合わないでください」
真白は計器を見ながら冷静に答える。
「張り合っているわけではありません。通常運転です」
彩芽は笑う。
「桜島は灰、バスは黒煙。どっちも元気だべさ!」
伊織が静かに言う。
「元気で済ませてはいけません」
この日の予定は、桜島観光PRと小規模イベント。フェリー利用客や観光客が立ち寄る広場で、桜島の魅力と、火山と共に暮らす知恵を紹介する企画だった。
ひなたはマイクを握る。
「桜島は鹿児島の象徴じゃっど! 噴煙も灰も、暮らしの一部じゃ!」
菜々子が小声で返す。
「暮らしの一部と言いながら、全員まあまあ灰まみれです」
みのりは空を見上げる。
「火山と生活が近いというのは、こういうことなんですね」
ひかりも頷く。
「観光資源であり、同時に備えが必要な自然でもある。桜島はその両面がはっきりしています」
その時だった。
強い風が吹いた。
観光案内所が準備していた桜島灰対策観光セットが、テーブルごとざわりと揺れる。
中身は、簡易ゴーグル、灰よけタオル、携帯用ブラシ、灰を入れる記念小袋、桜島紹介パンフレット、子ども向けの「火山と暮らすまち」学習カード。
次の瞬間、軽いパンフレットとカードが舞った。
「飛んだ!」
スタッフが叫ぶ。
凪の顔が変わる。
「目の保護が最優先です。観光客を風上側へ誘導してください!」
つばさが音声誘導を入れる。
「皆さん、目をこすらず、タオルで口元を覆ってください。灰対策セットは順番に再配布します」
香澄もすぐ声を張る。
「押さずにこちらへどうぞ! 桜島の灰は慌てず対応すれば大丈夫ですたい!」
真白はバスの荷室を開けた。
「予備タオルがあります。天秤棒行商の在庫も少し残ってます」
菜々子は即決した。
「出しましょう。経費処理は後で考えます」
彩芽は飛んだパンフレットを追いかけようとする。
「私、取ってくるべさ!」
伊織が腕を掴む。
「灰を巻き上げない。走り方を考えて」
「灰を巻き上げない走り方って何だべさ!?」
「低く、短く、無駄に跳ねない」
「なまら難しいべさ!」
それでも彩芽は、いつもより慎重に走った。
知覧で少しだけ学習した成果が、まだ残っていた。
一方、ひなたは灰まみれで灰袋を拾っていた。
「これも桜島の恵みじゃっど!」
凪が遠くから叫ぶ。
「恵みでも目に入ると危険です!」
伊織は外国人観光客にも英語で案内した。
「Please cover your eyes and mouth. We will guide you safely.」
隣では彩芽が子どもたちに叫ぶ。
「目こすったらダメだべさ! タオル使うべさ!」
なぜか子どもには、彩芽の方が通じる。
みのりとひかりは観光客へ落ち着いた説明を続けた。
「火山灰は厄介ですが、火山と共に暮らす地域の知恵を知る機会でもあります」
「自然をただ怖がるのではなく、正しく備えることが大切ですね」
クエストは徐々に収束した。
散乱した灰対策セットは回収。
不足分は真白の予備タオルで補填。
つばさの音声誘導と香澄の案内で観光客は落ち着き、凪の安全管理で導線も整った。
観光案内所の担当者が深々と頭を下げる。
「助かりました。桜島の灰には慣れているつもりでも、観光客が多いと混乱しますから」
菜々子支配人は頷いた。
「ヒロ九も勉強になりました。地域イベントには、その土地ならではの備えが必要ですね」
その時、観光客の子どもが、灰まみれのバスを指差した。
「ねえ、桜島の灰と、あのバスの黒い煙、どっちがすごいの?」
一同、固まった。
真白が気まずそうにバスを見る。
「……比較対象にしないでください」
凪は淡々と記録する。
「ヒロ九バス、火山灰と比較される。整備上、名誉ではない」
ひなたは腹を抱えて笑った。
「桜島と並んだなら大したもんじゃ!」
菜々子は即座に言う。
「並ばなくていいです」
最後は、灰対策セットを手にした観光客たちと記念撮影。
全員うっすら灰まみれ。
黒煙バスもうっすら灰まみれ。
車体のラッピングまで、少し白っぽくなっていた。
彩芽は笑った。
「このバス、桜島仕様になったべさ!」
伊織が静かに言う。
「洗車が必要です」
真白も頷く。
「かなり必要です」
クエストは成功だった。
桜島らしい、灰まみれの朝。
ヒロ九はまた一つ、鹿児島の現場を学んだ。
バスが再びエンジンをかける。
「ボボボボ……ゴホッ!」
灰の白と黒煙の黒が、妙に混ざる。
凪が目を細めた。
「やはり、どちらも対策が必要です」
菜々子支配人は窓から桜島を見た。
「桜島の力を、身をもって学びましたね」
ひなたは得意げに言う。
「鹿児島は奥が深かど!」
黒煙バスは、桜島を後にした。
次はいよいよ、ひなたの母校へ向かう。
大隅半島の道へ、バスは黒煙を吐きながら走り出した。




