ヒロ九クエスト 第52話 砂に埋まり、温泉卵が消える――指宿、湯けむりの下で凸凹コンビ再始動
唐船峡でそうめん流しに童心を取り戻し、池田湖で偽イッシー騒動に巻き込まれたヒロ九一行は、黒煙を吐くラッピングバスで指宿市街地へ入った。
指宿は、南薩の海と温泉に抱かれた鹿児島屈指の観光地である。開聞岳を望む風景、南国らしい空気、海沿いに立ち上る湯けむり。そして何より有名なのが、天然の地熱を利用した砂蒸し風呂だった。
「指宿じゃっど! 砂蒸しじゃっど!」
ひなたは上機嫌だった。
菜々子支配人は冷静に言う。
「今日は飲酒より発汗です」
「発汗後の一杯は?」
「駄目です」
砂蒸し風呂は、温泉熱で温まった砂に浴衣姿で横たわり、係員に砂をかけてもらう指宿名物。体の芯から温まり、血行促進や疲労回復にも良いとされる、全国的にも珍しい温浴文化である。
砂浜に並んだヒロインたちは、次々と砂に埋められていった。
彩芽は目を丸くする。
「うわっ、埋められてるべさ! これ、生き埋めじゃないべか!?」
伊織が横で冷静に言う。
「温泉です」
「温泉って、普通はお湯に入るべさ!」
「ここでは砂に入ります」
みのりは落ち着いて感想を述べる。
「体の深部から温まる感じがありますね。通常の入浴とは違う負荷とリラックス効果があります」
ひかりも穏やかに続けた。
「自然の地熱を使った観光資源として、とても完成されていますね。土地そのものを活かしているのが素晴らしいです」
伊織は目を閉じながら言う。
「沖縄にも海はありますが、砂と地熱をこう使う文化は新鮮です。これは面白いですね」
一方、彩芽はただ率直だった。
「なまら重いべさ! でも、だんだん気持ちいいべさ! 体が焼き芋みたいだべさ!」
菜々子が少し笑う。
「稚拙ですが、分かりやすい感想ですね」
ひなたは砂の中でうっとりしている。
「あ〜……ここで芋焼酎飲めたら最高じゃっど」
凪が即座に言った。
「脱水リスクが高まるので禁止です」
砂蒸しを終えた一行は、すっかり体が軽くなっていた。
「これは遠征疲れに効きますね」
真白が首を回しながら言う。
「運転後に入ると、かなり回復します」
香澄も笑う。
「みんな顔がゆるんどりますたい」
その時、観光施設のスタッフが慌てて走ってきた。
「大変です! 温泉卵が……消えました!」
菜々子が瞬時に支配人の顔になる。
「温泉卵が?」
指宿の地熱を使った観光イベント用に用意されていた温泉卵が、なぜか一部なくなっていた。販売用ではなく、子ども向け体験イベントで配る予定の分で、数が合わないと困るらしい。
凪が現場を見る。
「盗難というより、持ち去り痕がありますね」
つばさが周囲の声を拾う。
「目撃情報があります。小さな影がいくつも……」
真白が地面を見た。
「足跡があります。人間ではないです」
犯人は、地域猫たちだった。
地熱で温まる場所に集まっていた猫たちが、温泉卵の匂いにつられ、数個をくわえて持っていったらしい。施設の裏手、小道の先に、猫たちが卵を囲んでいる。
ひなたは吹き出した。
「温泉卵泥棒、猫じゃっど!」
凪は真面目に言う。
「笑いごとではありません。追いかけると散ります」
伊織が状況を見て頷く。
「刺激しない方がいいですね。猫は警戒心が強いです」
そこで、彩芽が前へ出た。
「私、行ってみるべさ」
伊織は少し警戒した。
「彩芽、追いかけてはいけません」
「追いかけないべさ。話してくるべさ」
「猫と?」
「たぶん通じるべさ」
全員が黙った。
しかし、前回の子ヤギ事件を思い出し、誰も強く止められなかった。
彩芽はしゃがみ、猫たちへゆっくり近づいた。
「おーい、卵返してほしいべさ。みんな困ってるべさ」
猫たちは逃げない。
一匹が彩芽をじっと見る。
彩芽もじっと見る。
「分かったべさ。お礼が欲しいんだべさ?」
伊織が額を押さえる。
「本当に会話しているように見えるのが怖いです」
スタッフの協力で、猫用のおやつと水を用意する。彩芽はそれを少し離れた場所に置いた。
「卵は人間の子どもたちの分だべさ。こっちは猫のみんなの分だべさ」
猫たちは、ゆっくり温泉卵から離れた。
「返してくれたべさ!」
観光客から拍手が起こる。
真白が卵を回収し、凪が確認する。
「破損なし。衛生上、配布用には回せませんが、数の確認はできました」
菜々子が頷く。
「イベント用は予備で対応しましょう。猫たちには、今後専用の管理対策が必要ですね」
彩芽は猫たちに囲まれていた。
一匹が足元にすり寄る。
別の一匹が膝の近くで丸くなる。
「なまら懐かれたべさ……」
伊織が呆れながら言う。
「彩芽、ヤギだけでなく猫にも通じるんですね」
ひなたは腹を抱えて笑った。
「彩芽、動物担当じゃっど!」
みのりが微笑む。
「理屈では説明できませんが、警戒心を解く力があるのかもしれません」
ひかりも頷く。
「無邪気さは、時々すごい力になりますね」
温泉卵喪失事件は、無事解決した。
施設の関係者は深く頭を下げる。
「ありがとうございました。猫たちにも今後はきちんと配慮します」
彩芽は胸を張った。
「猫たちも悪気はなかったべさ!」
凪が冷静に言う。
「悪気の有無と管理対策は別です」
帰り際、地域猫たちがヒロ九バスの近くまでついてきた。
黒煙バスがエンジンをかける。
「ボボボボ……ゴホッ!」
猫たちは一斉に少し距離を取った。
真白が呟く。
「猫にも煙は不評ですね」
彩芽は窓から手を振る。
「また来るべさー!」
猫たちは、まるで見送るように座っていた。
ヒロ九ラッピングバスは、夕方の指宿を後にする。
湯けむりと海風、そしてなぜか猫の視線に送られながら、次の目的地へ向かって走り出した。
菜々子支配人は静かに言う。
「砂蒸しで疲れを取り、猫に温泉卵を返してもらう。指宿らしい……かどうかは分かりませんが、良いクエストでした」
ひなたは笑う。
「次は桜島じゃっど!」
彩芽はまだ猫の方を見ていた。
「私、猫語も分かった気がするべさ」
伊織は即答する。
「それは多分、気のせいです」
それでも一行は笑っていた。
ヒロ九クエストは、湯けむりの中でも、砂の中でも、猫の中でも続いていく。




