ヒロ九クエスト 第51話 そうめんは流れ、イッシーは消える――池田湖“謎の巨大影”を追え
知覧で平和の尊さを学んだヒロ九一行は、少し静かな空気のまま、黒煙バスで指宿方面へ向かった。
「ボボボボ……ゴホッ!」
静かな余韻を壊すように、バスは今日も元気に黒煙を吐く。
凪が小さく言う。
「平和学習の後でも、このバスだけは通常運転ですね」
真白は計器を見ながら答えた。
「水温は安定しています」
到着したのは唐船峡。
山あいに湧き出る豊富な清水を利用した、指宿名物のそうめん流しで知られる場所である。涼しい空気、澄んだ水音、木陰の席、そして円形の器の中をくるくる回るそうめん。鹿児島の人なら一度は行きたくなる、食べる観光名所だった。
席に着いた瞬間、彩芽の目が丸くなった。
「そうめんが回ってるべさ!」
香澄が笑う。
「流れてるというより、回っとるですね」
ひなたは得意げに胸を張る。
「これが鹿児島のそうめん流しじゃっど!」
冷たい湧き水で締められたそうめんは、つるりと軽く、いくらでも入る。マスの塩焼き、鯉こく、おにぎりも並び、素朴なのに贅沢な昼食になった。
ひかりは箸を置いて理知的に言う。
「水が良いから、そうめんの冷え方と喉ごしが違いますね。湧き水の観光資源としての使い方がとても上手です」
みのりも頷く。
「食事そのものが体験になっています。これは地域文化として強いですね」
一方、彩芽は完全に童心へ戻っていた。
「待つべさ! そのそうめん、私の前に来るべさ!」
伊織が即座に言う。
「彩芽、取ったら食べる。遊ばない」
「遊んでないべさ! 真剣勝負だべさ!」
「そうめんと勝負しない」
真白は回るそうめんを見て、ぽつり。
「物流でいうと、回転効率が高いですね」
菜々子支配人が苦笑する。
「真白さん、感想まで職業病です」
昼食後、ひなたが売店をちらりと見る。
「暑かし、瓶ビールを一本――」
菜々子が即座に止めた。
「まだ駄目です」
「一本だけ!」
「駄目です」
伊織も少し残念そうに売店を見る。
彩芽が目ざとく気づく。
「伊織さんも飲む気だったべさ!」
伊織は涼しい顔で答える。
「見ていただけです」
「絶対違うべさ」
次に向かったのは池田湖。
開聞岳を望む大きな湖で、静かな水面と南国らしい空気が漂う。巨大うなぎや、未確認生物イッシー伝説でも知られる、どこか不思議な雰囲気を持つ場所だった。
彩芽は当然、大興奮。
「イッシー探すべさ!」
伊織は冷静に言う。
「観光です。捜索ではありません」
その時、湖畔がざわついた。
「今、何か大きな影が見えた!」
「イッシーじゃないか?」
観光客が湖面を指さし、スマホを構える。さらに観光PR用の自動観測ブイが突然通信不能となり、現地スタッフが慌てていた。
つばさが通信機器を確認する。
「電波が変ですね。何か混線しています」
凪の顔つきが変わる。
「人が湖畔に集まりすぎています。転落リスクがあります。まず安全確保です」
菜々子が即座に指示を出す。
「つばささん、通信確認。凪さん、湖畔の導線整理。香澄さん、観光客を落ち着かせてください」
香澄が声を張る。
「皆さん、湖に近づきすぎないでください! イッシーもびっくりしますたい!」
観光客が笑い、少し下がる。
つばさは機材を操作しながら眉を寄せた。
「干渉源、湖面側ではありません。近くの駐車場側です」
真白が目を細める。
「あれ、ドローンですか?」
見ると、観光系配信者らしき集団が、大型水中カメラ付きのドローン機材を勝手に飛ばしていた。水面に映った影が巨大に見え、しかも機材の通信が観測ブイに干渉していたのだ。
つまり、偽イッシー騒動。
彩芽は少ししょんぼりした。
「イッシーじゃなかったべさ……」
ひなたは笑う。
「鹿児島は本物の桜島だけで十分じゃっど!」
凪は配信者たちに厳しく注意し、危険区域を整理。
つばさは干渉周波数を特定し、観測ブイとの混線を解消。
香澄は観光客へ説明し、みのりとひかりは子どもたちに「水辺では走らない」と優しく声をかけた。
やがて観測ブイは復旧し、湖畔の混乱も収まった。
観光協会の担当者が深々と頭を下げる。
「助かりました。このままでは、偽イッシー騒動で大混乱になるところでした」
つばさは微笑む。
「声と電波は、乱れる前に整えるのが大事です」
凪も頷く。
「水辺では好奇心より安全が優先です」
彩芽はまだ湖を見ている。
「でも……本物のイッシー、ちょっとくらいいてもいいべさ」
伊織が静かに言う。
「いたら大騒ぎです」
真白が黒煙バスを見て言った。
「このバスを見たら、イッシーも逃げると思います」
一同が笑う。
池田湖の水面は、何事もなかったように静かだった。
ただ、遠くで小さく波が揺れた。
彩芽が目を輝かせる。
「今の、見たべさ?」
菜々子支配人は歩き出しながら言った。
「見なかったことにします」
黒煙バスは、次の目的地へ向けてエンジンをかける。
「ボボボボ……ゴホッ!」
ひなたが窓の外を見てにやりと笑う。
「南薩はまだまだ続くど」
池田湖の謎は、解けたようで、少しだけ残った。
ヒロ九クエストは、まだ終わらない。




