ヒロ九クエスト 第44話 黒煙バス、湯けむりへ――霧島温泉郷で南北凸凹コンビ、まさかの即戦力
えびの市でのクエストを結果オーライで突破したヒロ九ラッピングバスは、黒煙を巻き散らしながら、ついに鹿児島県へ入った。
「ボボボボ……ゴホッ!」
霧島連山の山道に、黒煙と湯けむりが混ざる。
首藤凪は窓の外を見ながらメモを取った。
「排気、相変わらず。周辺景観への配慮、要検討」
真白は計器を見て冷静に言う。
「水温は安定しています。坂道にしては悪くないです」
ひなたは窓に張りつき、すでに完全に地元モードだった。
「霧島じゃっど! 鹿児島じゃっど! 湯けむりじゃっど!」
菜々子支配人がため息をつく。
「ひなたさん、まだ宿に着いただけです」
霧島温泉郷は、山のふところに湯けむりが立ち上る名湯の里である。硫黄の香り、深い緑、火山の恵みを感じさせる豊かな湯量。神話の土地らしい神秘性もあり、旅人の疲れを吸い取るような迫力がある。
その温泉郷に、ヒロ九の黒煙バスが到着した。
宿となる硫黄谷温泉の大型ホテルのロビーでは、二人のヒロインが待っていた。
沖縄県那覇市出身の優等生ヒロイン、金城伊織。
北海道札幌市出身の突撃妹、高城彩芽。
南北凸凹コンビである。
伊織は姿勢よく一礼した。
「鹿児島遠征、ここから合流します。よろしくお願いします」
彩芽は元気いっぱいに手を振る。
「北海道から来たべさ! 霧島、なまら湯けむりだべさ!」
伊織は即座に横を向く。
「彩芽、声が大きいです」
「はいだべさ!」
香澄が笑う。
「もうコンビとして仕上がってますね」
一行は荷物を置くと、さっそく大浴場へ向かった。
扉を開けた瞬間、全員が言葉を失った。
そこは、浴場というより温泉の大広間だった。
湯けむりの向こうに広がる巨大な湯船。岩風呂、深い湯、広い浴槽、硫黄の香り、圧倒的な湯量。源泉かけ流しの湯が惜しげもなく流れ、まるで温泉が建物の中で川になっているようだった。
香澄が感嘆する。
「これはすごかですね……」
みのりも湯を見渡す。
「温泉そのものが観光資源ですね」
ひかりは理知的に頷く。
「湯量の豊富さを体感できます。これは霧島温泉郷ならではですね」
ひなたは腕を広げた。
「これが鹿児島の温泉じゃっど!」
菜々子が冷静に返す。
「ひなたさんが掘ったわけではありません」
彩芽は目を輝かせていた。
「これ、泳げるべさ!」
伊織が即座に腕を掴む。
「泳ぎません」
「ちょっとだけだべさ!」
「絶対に泳ぎません」
「でも広さがもうプールだべさ!」
「だからこそ、泳いではいけません」
全員が笑った。
真白は湯船の広さに圧倒されながらも、妙に真面目に言う。
「これは……運転後に入ったら完全に疲れが抜けそうです」
凪も頷く。
「ただし、長湯による脱水には注意です」
ひなたはすでに湯に浸かりながら言った。
「凪ちゃん、温泉でも保安じゃな」
「当然です」
夜の夕食は豪華だった。
黒豚、地鶏、きびなご、さつま揚げ、地元野菜、そして芋焼酎。
鹿児島の味がずらりと並ぶ。
ひなたは完全に案内役になった。
「これは黒豚じゃっど! 脂が甘か! こっちはきびなご! 酢味噌で食うと最高じゃ! さつま揚げは鹿児島の魂じゃっど!」
菜々子は感心する。
「こういう時のひなたさんは頼もしいですね」
香澄が笑う。
「飲む前なら特に頼もしいですたい」
みのりとひかりは、上品に料理を味わいながら会話していた。
みのりが言う。
「黒豚は脂の質が良いですね。重すぎない」
ひかりも頷く。
「きびなごも土地の食文化がよく出ています。港町と山の温泉地、両方の魅力がありますね」
ひなたは芋焼酎を注ぐ。
「鹿児島の夜は焼酎じゃっど!」
そして飲む。
「うまか!」
さらに飲む。
「やっぱ芋じゃ!」
菜々子が少し睨む。
「ほどほどにしてください」
「分かっちょる!」
分かっていない。
その隣で、伊織が涼しい顔で焼酎を飲んでいた。
しかも、ひなたより速い。
ひなたが目を丸くする。
「伊織ちゃん、なかなか飲むのう!」
伊織は平然としている。
「鹿児島の焼酎、美味しいですね」
「水みたいに飲んじょる!」
「水ではありません。ちゃんと味わっています」
彩芽は未成年なのでオレンジジュースである。
「大人だけずるいべさ」
真白も飲まない。
「私は未成年ですし、車両確認もありますので」
凪が頷く。
「正しい判断です」
一方、ひなたは完全に上機嫌だった。
「鹿児島最高じゃっど! 霧島最高じゃっど! ひなた副支配人、絶好調じゃ!」
菜々子は小声で言った。
「絶好調というより、危険水域です」
食後、霧島温泉郷らしいクエストが発生した。
ホテル内で湯めぐり案内イベントが行われていたのだが、別館への導線が分かりにくく、外国人観光客、家族連れ、温泉帰りの宿泊客、そして少し酔った団体客が入り混じり、浴場入口付近が混雑し始めた。
スタッフだけでは手が足りない。
菜々子が立ち上がるより早く、伊織が全体を見た。
「彩芽、右側の家族連れを広い通路へ誘導。走らない。声は大きく、でも驚かせない」
彩芽は即答。
「分かったべさ!」
伊織は続ける。
「香澄さん、館内放送風に案内をお願いします。凪さん、足元注意の導線確認を。真白さん、階段側に人が溜まらないように見てください」
菜々子が驚く。
「伊織さん、あれだけ飲んでいましたよね?」
伊織は涼しい顔。
「はい。問題ありません」
問題がない顔だった。
彩芽は伊織の指示通りに動いた。
「皆さん、こっちだべさ! 足元気をつけるべさ! お風呂は逃げないべさ!」
外国人観光客にも、勢いで通じている。
伊織は英語も交えながら案内する。
「The large bath is this way. Please take your time. Watch your step. 彩芽、そちら詰まりそうです」
「はいだべさ!」
香澄の声が館内に響く。
「皆さま、湯めぐり案内はこちらですたい。押さずにゆっくりお進みください」
凪は滑りやすい場所を確認し、真白は階段側の流れを整理。みのりとひかりは宿泊客へ落ち着いた説明を添える。
数分後、混雑は解消した。
クエスト完了である。
ただ一人、ひなたは座敷で半分沈んでいた。
「伊織ちゃん……強か……焼酎も強か……指示も強か……」
菜々子が呆れる。
「ひなたさん、あなたが一番地元なのに」
「地元の焼酎が強すぎたんじゃ……」
香澄が笑う。
「飲んだのは自分ですたい」
全員が伊織を見る。
あれだけ焼酎を飲んで、顔色ひとつ変えず、的確に彩芽を動かしてクエストを解決した女。
菜々子が真顔で言う。
「伊織さんの体は、一体どうなっているのですか」
伊織は首をかしげる。
「普通です」
凪が即答する。
「普通ではありません」
彩芽は満面の笑顔だった。
「伊織さんの指示、なまら分かりやすいべさ! 短く言ってくれるからすぐ動けるべさ!」
伊織も微笑む。
「彩芽は、やることを絞ると強いですね」
理論派の南国優等生。
直感型の北国突撃妹。
明らかにタイプは違う。
だが、不思議と噛み合う。
ひなたは泥酔気味に手を上げた。
「南と北が組んだら、九州も北海道も制覇じゃっど!」
菜々子が冷たく言う。
「ひなたさんはまず水を飲んでください」
霧島温泉郷の夜は、湯けむりと笑いに包まれて更けていった。
ヒロ九クエスト鹿児島遠征は、ついに鹿児島入り。
そして南北凸凹コンビは、合流早々、まさかの即戦力ぶりを見せつけたのである。




