ヒロ九クエスト 第42話 焼酎の里で安全祈願、そして副支配人が仕上がる――ヒロ九黒煙バス、人吉で大人気
黒煙を巻き散らしながら熊本城を出発したヒロ九ラッピングバスは、球磨川沿いの城下町・人吉へ向かった。
人吉は、清流と温泉、歴史ある町並み、そして球磨焼酎の里として知られる熊本南部の名所である。さらに、かつて“打撃の神様”と呼ばれた伝説的野球人を生んだ土地でもあり、スポーツの記憶まで濃い。
ひなたはそれを聞いて首をかしげた。
「打撃の神様って、駅伝でいうたら誰じゃ?」
菜々子支配人は即答しなかった。
「今はそこを掘らなくていいです」
最初の目的地は青井阿蘇神社。
茅葺き屋根の重厚な社殿、本殿を含む国宝指定の建築群は圧巻で、ヒロ九メンバーも思わず背筋を伸ばした。
ひかりが静かに言う。
「これは見事ですね。力強いのに、どこか優しい建築です」
みのりも頷く。
「地域に長く守られてきた場所という感じがします」
ここでは、ヒロ九ラッピングバスの安全祈願を行う。
凪は真剣だった。
「黒煙、長距離移動、山道、気温変化。安全祈願は重要です」
真白も頷く。
「ラジエターの水温も祈願したいです」
菜々子は神妙な顔で手を合わせる。
「鹿児島遠征、無事に終えられますように」
ひなたも手を合わせた。
「あと、鹿屋で大成功しますように!」
凪が小声で足す。
「あと、ひなたさんが余計なことをしませんように」
「聞こえちょる!」
その後、一行は球磨焼酎蔵とのコラボPRへ向かう。
球磨焼酎は、人吉・球磨地方が誇る米焼酎。澄んだ水と米、長い歴史が育てた地域ブランドである。
ここで一番危険だったのが、有村ひなただった。
無類の酒好き。
しかも鹿児島遠征前でテンションが高い。
焼酎蔵に入った瞬間、目が輝いた。
「こ、これは……飲めるやつじゃっど?」
菜々子支配人が即座に言う。
「任務中!」
「香りだけ! 香りだけなら!」
「任務中!」
「試飲は文化理解じゃ!」
「任務中!」
凪も静かに加勢する。
「業務中の飲酒は安全管理上、推奨できません」
ひなたはしょんぼりした。
だが、球磨焼酎PR自体は大成功だった。
香澄はここでも強い。
観光関係者から次々に声がかかる。
「香澄ちゃん、また来たね!」
「熊本中どこ行っても知り合いおるね!」
香澄はにこやかに胸を張る。
「熊本県は全部、私のフランチャイズですたい」
菜々子が苦笑する。
「支配人より支配人らしいですね」
イベントは、焼酎の歴史、仕込み水、蔵の香り、郷土料理との相性を紹介する内容で進んだ。未成年や飲めない客にも配慮し、香り体験や蔵見学が中心だった。
だが終了後。
問題が起きた。
任務が終わったと思い込んだひなたが、蔵の関係者に勧められるまま球磨焼酎をしこたま味見していたのである。
「いやぁ、球磨焼酎は良か酒じゃっど!」
顔が少し赤い。
菜々子が振り向く。
「ひなたさん?」
「はい、支配人!」
声だけは元気。
その直後、ヒロ九ラッピングバスの即席撮影会が始まってしまう。
青井阿蘇神社、焼酎蔵、人吉の町を巡ったヒロ九バスはまたも大人気。子ども連れ、観光客、蔵のスタッフまで集まってくる。
「写真撮りたい!」
「このバス、煙出るやつ?」
「ヒロ九だ!」
香澄がすぐに列を整える。
「はい、順番ですよ! 後ろには回らないでくださいね!」
真白は車両周辺を確認。
「エンジンは切っています。近づきすぎないでください」
凪も誘導する。
「通行導線を確保します」
そこに、ホロ酔いひなたが参戦。
「みんな、写真撮るどー! 人吉最高じゃっどー!」
やけにハイテンション。
子どもたちは大喜び。
「ひなたちゃん面白い!」
「もう一回ポーズして!」
ひなたは謎の駅伝ポーズ、焼酎蔵ポーズ、鹿屋凱旋ポーズを次々決める。
菜々子は額を押さえた。
「これは……人気はありますが、教育上どうなのでしょう」
香澄が苦笑する。
「まあまあ、明るい雰囲気にはなっていますたい」
撮影会は大盛況で終了した。
だがバス車内。
菜々子支配人の説教が始まる。
「ひなたさん。任務中と言いましたよね」
「はい!」
「試飲は控えるようにと言いましたよね」
「はい!」
「なぜ飲んだんですか」
「球磨焼酎が、そこにあったからじゃっど!」
「山みたいに言わないでください」
凪が淡々と記録する。
「副支配人、任務後と誤認し飲酒。今後、試飲管理の明文化が必要」
ひなたはホロ酔いで上機嫌。
「凪ちゃん、真面目じゃのう!」
菜々子は叱る気力を失いつつあった。
香澄がなだめる。
「まあまあ、支配人。撮影会は盛り上がりましたし、人吉の皆さんも喜んでいましたから」
菜々子はため息をつく。
「結果だけ見れば成功です。でも過程がひどいです」
ひなたは窓の外に向かって手を振る。
「人吉、また来るどー!」
黒煙バスが再び動き出す。
「ボボボボ……ゴホッ!」
真白が計器を見る。
「水温は安定しています」
凪がメモする。
「排気、相変わらず。副支配人、ホロ酔い。香澄さんの地元力、極めて良好」
菜々子は静かに言った。
「次こそ、鹿児島へ向かいます」
ひなたが拳を上げる。
「鹿屋が待っちょる!」
黒煙バスは球磨川を背に、さらに南へ走り出した。




