ヒロ九クエスト 第41話 黒煙バス、熊本城でひと仕事――香澄、古巣の前でガイド魂を見せる
ヒロ九ラッピングバスは、熊本市内山奥の拠点を出るなり黒煙を吐いた。
「ボボボボ……ゴホッ!」
菜々子支配人は涼しい顔で言う。
「今日も元気ですね」
凪は即座にメモを取った。
「元気ではありません。排気状態、継続監視です」
真白は運転席近くで耳を澄ませる。
「煙は出ていますけど、音は悪くないです。ラジエターの水温だけ注意ですね」
ひなたは窓際で拳を握った。
「鹿児島へ出発じゃっど!」
香澄が笑う。
「その前に熊本城ですよ、ひなたさん」
最初の目的地は、熊本城近くの広場で行われる観光PRイベントだった。
熊本城は、熊本の誇りである。力強い石垣、堂々とした天守、城下町の空気。熊本地震で大きな被害を受けたが、天守閣は復旧し、今も全体復旧へ向けて長い工事が続いている。公式情報でも天守閣は2020年に復旧完了とされ、復旧状況は今も公開されている。
広場から城を見上げ、ひかりが静かに言った。
「完全復旧まで長い時間がかかるのは、仕方のないことですね。文化財を守りながら、一つずつ直しているわけですから」
みのりも頷く。
「時間をかけてでも、きちんと残す価値があります」
菜々子は満足げに言う。
「さすがグレースフォース、コメントが知的ですね」
ひなたは腕を組む。
「うちなら気合で一気に直す!」
凪が即答した。
「文化財修復に気合だけで入らないでください」
イベントは楽しい雰囲気で始まった。
熊本の元バスガイドだった香澄にとって、この場所は半分古巣のようなものだった。スタッフにも旧知の顔が多い。
「香澄ちゃん、久しぶり!」
「今は戦隊ヒロインなんだって?」
「相変わらず声が通るねぇ!」
香澄はにこやかに頭を下げる。
「ご無沙汰しております。本日はよろしくお願いいたします」
つばさは音響チェック、凪は導線確認、真白はバスの状態確認、菜々子は全体進行、ひなたは鹿児島PRの予告で無駄に元気。みのりとひかりのグレースフォースは華やかなステージで会場を明るくした。
香澄のMCは抜群だった。
「皆さま、本日は熊本城のもとへお越しいただき、ありがとうございます。復興の歩みを続ける熊本城とともに、私たちヒロ九も元気に九州を盛り上げてまいります!」
会場から拍手。
ひなたがマイクを握る。
「次は鹿児島じゃっど! 鹿屋もよろしく頼むど!」
「まだ熊本です」
香澄の即ツッコミに、客席が笑った。
イベント自体は滞りなく終了した。
問題はその後だった。
会場脇に停めていたヒロ九ラッピングバスに、子どもたちが集まり始めたのである。
「これ乗れるの?」
「煙出るバスだ!」
「写真撮りたい!」
「ヒロ九バスかっこいい!」
「ちょっと臭い!」
凪の目つきが変わった。
「車両周辺の導線が崩れています。大型バスの出入りにも影響します。整理します」
香澄が即座に動いた。
元バスガイドの声が、広場に通る。
「はい、皆さん、写真は順番ですよ! バスの後ろには回らないでください。大型バスの通行がありますので、こちら側に一列でお願いします!」
つばさが音声誘導を入れる。
「押さずにお並びください。撮影は前方からお願いいたします」
真白はバスの周囲を確認。
「エンジンは切っています。後方には近づけないでください」
凪はロープ代わりの誘導テープを張り、みのりとひかりが子どもたちの列を整える。
ひなたは子どもたちに手を振った。
「鹿児島まで走るバスじゃっど! でも近づきすぎたら危なか!」
菜々子はスタッフに頭を下げる。
「簡易撮影会に切り替えます。五分刻みで回しましょう」
香澄は完全に現場を掌握していた。
「はい、前の子から三人ずつ! 撮ったら次の子に交代です。煙は演出ではありませんので吸わないように!」
会場が爆笑した。
子どもたちは大喜びで、次々にバスの前で写真を撮る。
ヒロ九メンバーも一緒にポーズを取る。
凪はまだ真面目だった。
「次回から車両展示スペースを事前設定すべきです」
菜々子は頷く。
「広報効果は抜群でしたね」
「安全対策も抜群に必要です」
真白はバスを見て言う。
「このバス、目立ちすぎますね」
ひなたは満面の笑み。
「人気者じゃ!」
香澄は少し照れたように笑った。
「昔取った杵柄です」
スタッフの一人が声をかける。
「香澄ちゃん、やっぱり現場さばき上手いね」
香澄は柔らかく答えた。
「熊本で鍛えてもらいましたから」
こうして、熊本城イベントは無事終了。
軽い騒動はあったが、むしろヒロ九ラッピングバスの人気を証明する形になった。
子どもたちは手を振る。
「鹿児島行ってらっしゃーい!」
ひなたが大きく振り返す。
「行ってくるどー!」
バスが再びエンジンをかける。
「ボボボボ……ゴホッ!」
凪がメモを開く。
「排気、やや多め」
真白が落ち着いて言う。
「でも水温は安定しています」
菜々子支配人は窓から熊本城を見上げた。
「熊本で良い出発ができました。次はいよいよ鹿児島です」
香澄も静かに頷く。
「熊本に送り出してもらいましたね」
ひなたはもう前しか見ていない。
「鹿屋が待っちょる!」
黒煙バスは、熊本城を背に南へ向かった。
ヒロ九クエスト鹿児島遠征、上々の滑り出しであった。




