ヒロ九クエスト 第40話 黒煙バスは今日も元気です――ヒロ九、鹿屋遠征前から排気だけ一人前
熊本市内の山奥にある、戦隊ヒロインプロジェクト九州支部――通称ヒロ九の拠点。
かつてこの建物は、かなり危なかった。
雨が降ると天井から水が落ちる。
会議中にバケツを置く。
ネット環境は気分屋で、資料を開くたびに菜々子支配人が「今は九州の自然と対話しているだけです」と言い張る。
だが、今は違う。
愛知県出身の器用すぎる戦隊ヒロイン・山田真央が、ある日やって来て、ベラベラしゃべりながら全部直していったのである。
「ここ、配線もう限界だがね。天井もこれ、雨漏りっちゅうか建物が泣いとるて。ルーター古すぎるわ。机もグラグラやし、ついでに直しとくわ。ドライバーある? ……ないんかい。しゃあない、私の使うで」
しゃべり続けながら、天井を補修し、配線を整え、ルーターを交換し、机のガタつきまで直して帰っていった。
おかげで、今日のヒロ九拠点は快適だった。
菜々子支配人は、会議机に地図を広げる。
「さて、次は鹿児島遠征です」
ひなた副支配人が、机に両手をついた。
「鹿児島じゃっど!」
声が大きい。
鹿児島県鹿屋市出身の有村ひなたにとって、今回の遠征は地元凱旋である。元実業団駅伝選手らしい体力おばけで、普段から無駄に元気だが、今日はさらに鼻息が荒い。
香澄が苦笑する。
「ひなたさん、まだ準備段階ですよ」
「準備から勝負は始まっちょる!」
「何の勝負ですか」
「地元凱旋の勝負じゃ!」
菜々子は淡々とメンバー表を読み上げた。
今回の参加者は、菜々子支配人、ひなた副支配人、熊本の元バスガイド・西里香澄、長崎佐世保出身の通信オペレーター・川原つばさ、大分佐賀関の保安女・首藤凪、濃尾の秘密兵器にしてトラックドライバーの伊吹真白、そして館山みのり・杉山ひかりのグレースフォース。
MC、地元力、安全管理、通信、物流、知性と華。
見た目はバラバラだが、布陣としてはかなり強い。
香澄がうなずく。
「バランスは良いですね」
ひなたは拳を握る。
「鹿屋のみんなにヒロ九の本気を見せるっど!」
菜々子は静かに言う。
「問題は移動手段ですね」
場所は変わって、熊本産業交通の車庫。
そこに鎮座していたのが、ヒロ九ラッピングバスだった。
車体にはヒロ九のロゴと、やたら元気なイラスト。
遠目で見れば、地方イベントを盛り上げる夢のバス。
近くで見ると、少し年季が入っている。
エンジンをかけた瞬間だった。
「ボボボボボ……ゴホッ、ゴホッ!」
後方から黒煙が上がった。
凪が即座に眉をひそめる。
「これは安全確認が必要です」
菜々子は平然としている。
「いつも通りですね」
「いつも通り黒煙が出ることを、正常とは言いません」
香澄は苦笑し、みのりとひかりは顔を見合わせる。
ひなたは腕を組んで言った。
「走ればよか!」
凪が即座に返す。
「よくありません」
そこで前に出たのが真白だった。
普段は小柄で薄幸の美少女のような雰囲気だが、彼女は現役トラックドライバーでもある。車両を見る目は本物だった。
真白はエンジン音を聞き、排気を見て、ボンネット側を確認する。
「煙は出とるけど、音はそこまで悪うないね」
整備士が頷く。
「そぎゃんですたい。年式は古かばってん、芯はしっかりしとります」
真白は真剣な顔になる。
「ラジエター周りは見たん?」
整備士も真剣に答える。
「いちお見とります。ただ、長距離だけん、水温の上がり方は気ぃつけんといかんですたい」
「ホース類は?」
「劣化はあるばってん、今すぐ破れる状態じゃなかです」
「ファンベルトは?」
「張り直しとります」
「オイル滲みは?」
「少しあります」
「少し、なん?」
「少しですたい」
真白(眉をひそめて)
「“少し”は信用できんて」
完全に専門会議になった。
菜々子、香澄、つばさ、みのり、ひかりは、ぽかんと聞いていた。
ひなたはなぜか分かったような顔をしている。
「つまり、走れるっちゅうことじゃな!」
凪が言う。
「結論を急がないでください」
真白は整備士とさらに話す。
「登り坂で水温上がるようやったら、無理せんと休ませた方がええね。あと黒煙は燃調の癖っちゅうのもあるけど、あんまり酷いと後ろの車に迷惑やで」
整備士は腕を組む。
「鹿児島まで行くなら、途中で一回点検入れたかですね」
「それがええと思う。無理して止まったら、かえって大変やし」
凪はメモを取る。
「途中点検、換気、非常停止時の導線、乗員確認。あと消火器の位置も確認します」
ひなたは少し不満げ。
「そこまでせんでも……」
凪がじっと見る。
「します」
「はい」
佐賀関の保安女は強かった。
ヒロ九ラッピングバスは、相変わらず黒煙を吐きながらも、整備士と真白の見立てでは走行可能となった。
菜々子支配人は満足げにうなずく。
「では、鹿児島遠征、出発準備完了ですね」
香澄が笑う。
「準備段階でこんなに濃いんですね」
つばさが通信機材を確認しながら言う。
「道中の連絡網も整えておきます。山間部は電波が怪しいところもありますから」
みのりは冷静に地図を見る。
「鹿屋までの行程、休憩を多めに見た方が良さそうですね」
ひかりも頷く。
「無理のない移動が一番です」
凪が満足そうに言う。
「その通りです」
ひなたはもう待ちきれない。
「鹿屋が待っちょる!」
真白はバスを見て、静かに言った。
「このバスも、たぶん頑張ってくれると思うよ」
菜々子はさらりと言う。
「たぶん、という言葉に旅情がありますね」
凪が即座に言う。
「安全管理では旅情より確実性です」
バスは再びエンジンをかけた。
「ボボボボボ……ゴホッ!」
黒煙がまた少し上がる。
一同、しばし無言。
ひなたが明るく言った。
「元気な証拠じゃ!」
凪は冷静に返した。
「整備記録に残します」
こうして、ヒロ九クエスト第40話、鹿児島遠征は幕を開ける。
熊本の山奥で準備は整った。
ラッピングバスは黒煙を吐きながらも走る気満々。
真白と整備士はエンジンを信じ、凪は安全を疑い、ひなたは地元凱旋で鼻息が荒い。
最終目的地は鹿屋。
鹿児島の空の下、ヒロ九の新たな騒動が始まろうとしていた。




