倍率ドン! ヒロ室大騒動――全国戦隊ヒロイン大会、出走者を決めろ!
ヒロ室の朝は、いつも騒がしい。
イベント依頼、自治体コラボ、地方局の取材、グッズ監修、戦闘任務の報告書。机の上は書類の山で、安岡真帆は無表情のまま処理速度だけを上げ、小宮山琴音は弁当発注と会場導線図を同時に見比べ、芹沢遥室長は三本目のコーヒーを手にしていた。
そこへ一本の電話が入った。
真帆が受話器を取り、数秒後に目の色を変える。
「……はい。はい。承知しました。戦隊ヒロインプロジェクト推進室、芹沢に確認のうえ折り返します」
受話器を置いた真帆の声が、珍しく少し上ずった。
「室長。来ました」
「何がだら?」
「ダービークイズです」
会議室が止まった。
ダービークイズ。
ロット製薬一社提供、ゴールデンタイムの高視聴率クイズ番組。テレビ界の大御所・大橋巨星が司会を務める、国民的娯楽番組である。
番組の仕組みは独特だ。
五人の解答者を競馬の出走馬に見立て、ゲストチームが「誰が正解するか」を予想して持ち点を賭ける。解答者席には、1枠・篠原秀学教授、2枠・新体操の女王・山里裕子、3枠・博識漫画家のはたらいた、4枠・三択の女王・竹内桂子、5枠・OK牧場のガッツ岩松。倍率は毎問発表され、巨星の代名詞である「倍率ドン!」の掛け声でスタジオが沸く。
本命に少額を張って堅実に増やすか。
大穴に全額を叩き込んで一発逆転を狙うか。
そして最終問題はおなじみ、倍率ドン、さらに倍。
「はたさんに三千点」が茶の間の合言葉になるほど、老若男女に愛された番組。その特別企画として、今回届いたのが――
全国戦隊ヒロイン大会。
「出演依頼は三組、計六名です」
真帆が資料を置いた。
遥室長は、静岡美人らしい穏やかな顔のまま、明らかに鼻息が荒くなっていた。
「これは大きいだら。ゴールデンタイム、全国放送、ロット製薬一社提供。ここで良い印象を残せたら、戦隊ヒロインプロジェクト全体の信頼感が跳ね上がるだら」
琴音も真顔で頷く。
「逆に人選を間違えると、全国のお茶の間に事故が流れます」
「それは言わないでほしいだら」
とはいえ、全員が同じことを考えていた。
誰を出すか。
まず一組目は、ほぼ即決だった。
「グレースフォースは確定でしょう」
真帆が言う。
館山みのりと杉山ひかり。
千葉市出身の理知的アタッカーと、静岡市出身の温厚な制御役。二人は人気派生ユニットグレースフォースとして、イベントでも戦闘任務でも安定感抜群。みのりが“房総ならぬ暴走”に入りかけても、ひかりが千葉を褒めれば戻せる。番組的にも、仲良しコンビとして画面映えする。
遥は即座に丸をつけた。
「決定だら」
二組目も早かった。
「美月さんと彩香さんですね」
琴音が言った。
遥は少しだけ眉を上げる。
「理由は?」
「揉めるからです」
断言だった。
赤嶺美月と西川彩香。
東大阪の元気印と、姫路のストイック美女。美月は高配当を見ると目を輝かせるタイプ。彩香は堅実に持ち点を増やすタイプ。誰に賭けるかで絶対に揉める。いや、揉めないはずがない。
真帆も資料をめくりながら言った。
「大橋巨星さんが、確実にいじります。『仲悪いの?』と聞かれたら、二人とも正直に『はい』と答える絵が見えます」
「見えすぎて困るだら」
だが、それは番組として強い。
ということで二組目も決定。
問題は三組目だった。
候補は二つ。
一つは、広島支部ことヒロヒロの暴走コンビ、江波のどか・山根梨乃。
もう一つは、安定したイベントMC力を持つ月島小春と、老若男女問わず圧倒的な人気を持つ白石陽菜。
琴音が最初にのどか・梨乃を推した。
「破壊力だけならヒロヒロです。のどかさんが大橋巨星さんに絡まれて、梨乃さんが鳥取弁で謎の返しをする。確実に笑いは取れます」
遥も少し揺れた。
「ヒロヒロは確かに面白いだら」
だが真帆は冷静だった。
「ゴールデンタイム向きではないです。深夜枠ならねぇ」
一同、黙った。
真帆はさらに続ける。
「のどかさんは、たぶん最終問題で倍率を確認せずガッツ岩松さんに全部賭けます。梨乃さんは『梨の勘がそう言っとる』と言い出します。面白いですが、ロット製薬一社提供の国民的番組では危険です」
「深夜なら?」
琴音が聞く。
「最高です」
その場の全員が納得した。
ヒロヒロは惜しくも落選。出すなら別番組。できれば深夜特番。可能なら生放送禁止。
最終的に三組目は、小春・陽菜に決まった。
小春はMC経験豊富で、番組の空気を読める。
陽菜は国民的人気ヒロインで、画面にいるだけで茶の間が明るくなる。クイズの勝負強さは未知数だが、そこは小春がフォローできる。
遥は三組の名前を並べた。
「これでいくだら。グレースフォース、美月・彩香、小春・陽菜。バランスはいい。華もある。事故も……まあ、多少なら笑いになるだら」
「多少で済めばいいですが」
真帆が小さく呟いた。
出演決定の連絡が各ヒロインに入ると、ヒロ室はさらに騒がしくなった。
ひかりは穏やかに微笑んだ。
「みのり、一緒に頑張ろうね」
みのりは真剣な顔で聞いた。
「千葉に関する問題、出ますかね」
「出なくても落ち着いてね」
小春は電話口で即座に大橋巨星の真似を始めた。
「倍率ドン! さらに倍!」
隣で陽菜が目を輝かせる。
「ゴールデンタイムの番組に出るんですか? すごいです……」
そして、問題の二人。
美月は出演者リストを見るなり叫んだ。
「なんで彩香となん? うち、さつきか綾乃と組みたかったわ!」
彩香は一秒も置かずに言い返した。
「ウチかて、こんなツインテールとは組みたくないわ」
「誰がこんなツインテールや!」
「鏡見ろ」
「姫路の氷柱女!」
「東大阪の騒音機」
「ストイック気取り!」
「勢いだけの赤い小動物」
「小動物ちゃうわ!」
「うるさい小動物」
完全に小学生の喧嘩である。
廊下を通りかかった遥室長が、にこやかなまま恐ろしい一言を放った。
「モメるなら、沙羅さんと澪さんに出演者変更するだら」
ぴたり、と二人が止まった。
美月の顔が引きつる。
「なんでよりによって沙羅と澪なん?」
彩香も真顔になる。
「それは……番組が静まり返る可能性がある」
遥は笑顔を崩さない。
「だったら仲良くするだら」
美月と彩香はしばらく睨み合い、同時にそっぽを向いた。
「……今回だけやで」
「……番組のためだ」
琴音がメモを取る。
「美月・彩香を黙らせるには、沙羅・澪への差し替え示唆が有効」
真帆が頷いた。
「今後の管理資料に入れましょう」
こうして、全国戦隊ヒロイン大会の出走者は決まった。
グレースフォースは愛のパワーで堅実に。
小春と陽菜は華やかに茶の間を明るく。
美月と彩香は、たぶん揉める。絶対に揉める。
そしてヒロ室は、誰もが同じ不安と期待を抱いていた。
大橋巨星の「倍率ドン!」が響くゴールデンタイムのスタジオで、戦隊ヒロインたちは何を賭け、何を外し、どれだけ茶の間を沸かせるのか。
遥室長は資料を閉じ、静かに言った。
「全国放送だら。みんな、頼むだら」
その頃、美月はまだ彩香に言っていた。
「最終問題は絶対ガッツさんやからな」
彩香は即答した。
「絶対に止める」
――この時点で、番組が荒れることだけは確定していた。




