北の花はまだ半開き――ノースフロント、笑って揉めて一度立ち止まる
ノースフロントは、ようやく一周した。
いわき、仙台、盛岡、にかほ、山形、八戸、函館、札幌。
見切り発車で始まったヒロ室北方管区は、各ヒロインの地元を巡りながら、どうにか「組織らしい形」になり始めていた。
いわきでは、るみねぇが地元人脈と営業力で初のお披露目を成功させた。
仙台では、玲香が“自分だけのステージ”を少しだけ卒業した。
盛岡では、柚希が地味な民俗学トークで会場を制した。
にかほでは、阿部一族が町ごと押し寄せ、柚葉より彩芽が担がれた。
山形では、乙実が静かな拍手の中で胸を張った。
八戸では、紗耶がせんべい汁で空気をほどいた。
函館では、瑠璃が港町を上品に案内した。
札幌では、彩芽がようやく地元の静かな熱を受け止めた。
こう並べると立派な遠征記録である。
ただし、現場は毎回まあまあ大変だった。
玲香と柚希は、相変わらず噛み合わない。
玲香は華がある。集客力もある。マイクを持てば場を作れる。
だが、油断するとすぐ「仙台を中心に」と言い出す。
柚希は地域理解が深い。実務も堅い。言葉に重みがある。
だが、油断すると話が民俗学講座になり、タイトルが長くなる。
るみねぇはそのたびに笑って止めていた。
「玲香、仙台だけで北日本じゃねぇっぺ」
「柚希、話はいいけど、時間守るっぺ」
一方、紗耶は潤滑油として働いた。
玲香が尖れば、柔らかく受ける。
柚希が考え込みすぎれば、話をほぐす。
彩芽が突っ走れば、笑って止める。
八戸で見せた“空気をほどく力”は、その後も地味に効いていた。
乙実は大人しいが、慰問や地域密着企画では誰よりも静かに強かった。
瑠璃は函館仕込みの落ち着いた進行で、ノースフロントを少し上品に見せた。
柚葉は、阿部一族という移動式応援団を連れてくるたびに頭を抱えた。
「来ねくていいって言っても来るんだよね……」
そして彩芽は、どこへ行っても元気だった。
にかほでは担がれ、函館では初函館に大騒ぎし、札幌ではようやく地元に受け入れられた。まだ未熟で、考えるより先に体が動く。だが、その真っ直ぐさが、ノースフロントの空気を何度も明るくした。
形にはなってきた。
しかし、るみねぇの負担は明らかに増えていた。
本業のトロピカルダンサー。
他地区ヒロインへのダンスレッスン。
ノースフロントの現場調整。
スポンサー対応。
玲香と柚希の仲裁。
彩芽の制御。
いつも笑っていたるみねぇの笑顔が、少し減った。
ある会議で、るみねぇが珍しく黙った。
玲香と柚希が言い合う中、いつもなら即座に「まあまあ」と入るはずの彼女が、資料を見たまま動かなかった。
遥室長はそれを見逃さなかった。
「るみねぇ、一人に背負わせすぎただよ」
真帆も淡々と頷く。
「暫定フィールドマネジャーに集中している業務量としては過負荷です。体制の再設計が必要です」
るみねぇは苦笑した。
「あたし、ワンポイントのつもりだったんだけどな」
その言葉に、会議室が少し静かになった。
ノースフロントは、るみねぇの笑顔に甘えすぎていた。
遥室長はその場で大きなことは言わなかった。
だが、水面下で動き始める。
るみねぇを支え、玲香と柚希を活かし、北日本を外へ出せる新しい柱が必要だった。
まだ誰とは言わない。
だが、次の一手は探られ始めていた。
一方、北方管区準備室では、相変わらず胡蝶蘭だけが異様に元気だった。
ノムさんから贈られた祝い花である。
まさにゃんと黒崎茉莉花の二人三脚による管理で、二度目の開花を迎え、今や準備室の象徴のようになっていた。
そこへ再び、真帆がかつて仕えた与党の超大物代議士が訪れる。
元建設族の重鎮は、資料より先に胡蝶蘭を見た。
「ほう……また良く咲かせているな。葛城、黒崎、これは見事だ」
まさにゃんは目を輝かせた。
「センセイ、また褒めてくれはった!」
茉莉花は笑う。
「花の世話でここまで喜ぶ中年、なかなかおらんたい」
代議士は真面目な顔で言う。
「花を枯らさない者は、細部を見る。組織も同じだ」
まさにゃんは感動していた。
「センセイ……ワシ、組織も育てられる男ですか」
真帆が即座に言う。
「そこまでは言われていません」
茉莉花も続ける。
「まさにゃんさんは、とりあえず花担当たい」
「なんでや!」
しかし、その言葉は妙に会議室に刺さった。
花は、環境を整えれば咲く。
水をやりすぎてもいけない。
放置してもいけない。
日差しも風も見なければならない。
ノースフロントも同じだった。
玲香を押さえつけすぎれば華が消える。
柚希を放置すれば後ろに下がる。
彩芽を自由にしすぎれば突っ走る。
乙実を急かせば萎縮する。
紗耶や瑠璃のような支え役も見落としてはいけない。
そして、るみねぇ一人に水やりを任せてはいけない。
まさにゃんは胡蝶蘭の前でしみじみ言った。
「ノースちゃんも、最初はただの祝い花やった。でも世話したら、また咲いた。北方管区も、そのうち咲くやろ」
茉莉花がすぐ返す。
「そのうち、がリアルたい」
るみねぇは少し疲れた顔で笑った。
「でも、今はそれでいいっぺ」
真帆は進捗表を更新した。
ご当地巡業:一周完了
玲香・柚希連携:改善傾向だが不安定
紗耶:潤滑油として有効
乙実・瑠璃:支援役として安定
彩芽:成長著しいが要制御
るみねぇ負荷:高、要対策
次期体制:水面下で検討開始
阿部一族:制御不能
胡蝶蘭:極めて良好
遥室長はそれを見て、小さく息を吐く。
「いったん中締めだよ。ここまで、よくやっただよ」
玲香は腕を組む。
「まだ課題は多いですが、形にはなりましたね」
柚希も頷く。
「完璧じゃねぇけど、根は張り始めたべ」
彩芽は明るく言う。
「次もけっぱるべさ!」
るみねぇは、その言葉に少しだけ笑顔を戻した。
「頼むから、けっぱる前に一回考えろ」
笑いが起こる。
ノースフロントはまだ未完成。
北の花は、まだ半開き。
だが、枯れてはいない。
むしろ、根は確かに張り始めている。
次に必要なのは、新しい支え。
るみねぇの笑顔を戻し、玲香と柚希を活かし、北日本をさらに広げる存在。
ノースフロントは、一度立ち止まる。
そして準備室の入口では、胡蝶蘭だけが今日も堂々と咲いていた。




