港町の瑠璃、静かに仕切る――函館初上陸の彩芽、夜景より先に大騒ぎ
ノースフロント北海道遠征の第一弾は、函館だった。
主役は菊池瑠璃。北海道函館市出身、元観光ガイド。落ち着いた物腰と丁寧な説明で、ノースフロントの中でもひときわ大人びた存在である。
企画は、ただのステージではない。
「瑠璃と歩く函館観光ツアー」
函館朝市、ベイエリア、元町の坂道、異国情緒ある建物、そして夜景。函館の魅力を、瑠璃が自ら案内しながらノースフロントの面々と巡る人気イベントである。
発売即完売。
玲香は珍しく素直に感心した。
「さすが瑠璃さんですね。観光商品として完成度が高いです」
瑠璃は穏やかに微笑む。
「函館の街そのものに力がありますから」
函館は、港町の情緒と異国文化が混ざる街である。朝市の活気、赤レンガ倉庫群、坂道から見える海、そして日本有数の夜景。華やかすぎず、古びすぎず、どこか品がある。
るみねぇも頷いた。
「こういう落ち着いたイベント、ノースフロントには大事だっぺ」
問題は、阿部一族だった。
さすがに今回は来ないだろう。
秋田県にかほ市から函館。距離がある。ツアーは定員制。しかもチケットは即完売。
柚葉も安心していた。
「今回はさすがに大丈夫だよね……」
だが甘かった。
函館朝市の集合場所で、柚葉は見覚えのある顔を見つけた。
兄だった。
その横に親戚数名。
全員、参加者用の名札を下げている。
柚葉は固まった。
「……なんでいるの?」
兄は悪びれもなく言った。
「発売日に申し込んだ」
親戚も胸を張る。
「今回はバスじゃねぇからセーフだべ」
柚葉は頭を抱える。
「セーフじゃねぇよ……北海道まで来なくていいって言ってらのに……」
彩芽は目を輝かせた。
「阿部一族、なまら機動力あるべさ!」
瑠璃は一瞬だけ驚いたが、すぐに観光ガイドの顔へ戻る。
「それでは皆さま、まずは函館朝市からご案内いたします」
強い。
朝市では、瑠璃の案内が早速冴えた。
「函館朝市は観光地でありながら、港町の生活感も残る場所です。海鮮丼、イカ、カニ、干物。店の方との会話も、旅の楽しみの一つです」
参加者たちは頷き、メモを取る。
一方、彩芽は完全に初めての函館に興奮していた。
「イカ、なまら透き通ってるべさ!」
「このカニ、強そうだべさ!」
「朝から海鮮丼って、なまら贅沢だべさ!」
道産子ではある。
だが、札幌出身の彩芽にとって函館は初めてだった。
柚希が静かに言う。
「同じ北海道でも広いべ」
彩芽は大きく頷く。
「函館、札幌と全然違うべさ! 海の匂いがするべさ!」
瑠璃は微笑む。
「それが函館らしさです」
ベイエリアでは、赤レンガ倉庫群を前に瑠璃が語る。
「函館は、港を通じて多くの文化を受け入れてきた街です。建物や食べ物、暮らしの中に、その歴史が残っています」
玲香は周囲を見渡す。
「絵になりますね。ここは画面が強いです」
柚希も頷く。
「開港都市の積み重なりが見えるべ」
そこで彩芽が拳を握る。
「私も、赤レンガが似合うヒロインになりたいべさ!」
るみねぇが即座に返す。
「まず赤レンガの前で走り回るな」
参加者が笑う。
元町の坂道では、彩芽がまた騒ぐ。
「坂、なまらいい運動だべさ!」
「観光ツアーだから、トレーニングじゃねぇっぺ」
るみねぇのツッコミに、さらに笑いが起こる。
瑠璃は落ち着いて案内を続ける。
「坂の上から振り返ると、函館の街と海がよく見えます。急がず、ゆっくり楽しんでください」
彩芽は素直に振り返った。
「おお……海が見えるべさ」
その無邪気な表情に、参加者のカメラが向いた。
柚葉の兄が小声で言う。
「彩芽ちゃん、人気出るな」
柚葉は苦笑した。
「そうなんだよ。単純だけど、そこが強いんだよね」
そして夜。
函館山からの夜景を前に、ツアーはクライマックスを迎える。
瑠璃は静かに言った。
「函館の夜景は、ただ明かりが多いから美しいのではありません。海に挟まれた地形、港町としての歴史、人が暮らしてきた積み重ね。その全部が光になって見えるのだと思います」
参加者は聞き入った。
ノースフロントの面々も、少しだけ大人びた表情になる。
彩芽だけが、ぽつりと言った。
「私も……夜景が似合うヒロインになりたいべさ」
一瞬、良い空気になった。
るみねぇが冷静に言う。
「それならまず落ち着け」
一同、笑った。
彩芽は不満そうに頬を膨らませる。
「落ち着いたら私じゃなくなるべさ」
柚希が小さく頷く。
「それはそうだべ」
玲香まで笑っていた。
イベントは大成功だった。
瑠璃のガイドは評判抜群。函館の魅力は存分に伝わり、参加者からは「次回も参加したい」と声が上がった。
そして予想外に、彩芽の無邪気なリアクションも人気を集めた。
帰り際、柚葉は兄と親戚を見て深くため息をつく。
「次は来なくていいって、今度こそ言うからね」
兄は真顔で答えた。
「札幌も申し込む」
柚葉は頭を抱えた。
「もうやめて……」
るみねぇは笑った。
「阿部一族、北海道まで来るなら、もうノースフロント公式応援団だっぺ」
瑠璃は穏やかに締めた。
「騒がしいですが、ありがたいことです。応援してくれる人がいるのは、幸せなことですから」
ノースフロントは、函館で少し上品になった。
ただし、阿部一族は相変わらずだった。




