山形の小さな拍手、庄内の集会所で涙になる――今津乙実、胸を張る日
ノースフロントの次の舞台は、山形市だった。
いわき、仙台、盛岡、にかほと、少しずつ前へ進んできた北方管区。だが、今回の主役を聞いた瞬間、今津乙実は思いきり首を横に振った。
「うぢなんかがメインだなんて、無理だのぉ……」
鶴岡市の山あい、限界集落出身。
派手さはない。声も大きくない。前に出るより、人の後ろで黙々と手伝うタイプ。乙実は、自分がステージの中心に立つことなど想像していなかった。
だが、るみねぇは笑って言った。
「乙実、聞いてるぞ。あんたの集落の人たち、集会所で正座して乙実のステージ配信見て、涙してるって」
「しょ、正座して?」
「そうだっぺ。育ててもらった集落の人たちに、胸張って恩返ししねぇと」
乙実は黙った。
そして、小さく頷いた。
会場は県都・山形市。蔵王の山並み、花笠まつり、芋煮、城下町らしい落ち着き。派手すぎず、でも芯が太い。乙実には、少し眩しい場所だった。
スポンサー集めは楽ではなかったが、真帆が地元の第二地方銀行や小口スポンサーを地道に回り、どうにか開催へこぎつけた。
真帆は淡々と言った。
「規模は小さいですが、意味は大きいです」
そして当日。
山形市民の拍手は、にかほの阿部一族のように地鳴りはしなかった。
穏やかで、控えめで、温かい。
……と思ったら、やっぱり阿部一族が来た。
貸切バス。横断幕。大声援。
柚葉は頭を抱えた。
「来ねくていいって言っても、来るんだよね……」
彩芽は目を輝かせた。
「阿部一族、なまら機動力あるべさ!」
乙実は怯え気味に呟く。
「うぢ、あそこまで応援されたら倒れるのぉ……」
ステージは瑠璃の落ち着いたMCで始まった。
玲香は今回、いつもの高飛車さを少し抑え、乙実を丁寧に紹介した。
「今津乙実さんは、派手なタイプではありません。ですが、災害復旧活動や慰問活動では、誰よりも黙々と動ける人です。ノースフロントにとって、なくてはならない存在です」
会場から大きな拍手が起きた。
乙実は驚いて顔を上げる。
玲香は続けた。
「目立つことだけが、ヒロインの価値ではありません。乙実さんのように、人のそばに静かに立てる人がいるから、私たちは前に進めます」
舞台袖でるみねぇがにやりと笑った。
「玲香、いいこと言うようになったっぺ」
乙実は震える手でマイクを握る。
「うぢは……鶴岡の山奥の小さい集落で育ちました。山形代表なんて、自分には大きすぎると思ってました」
会場は静かだった。
静かだが、ちゃんと聞いていた。
「でも、集落の人たちが見てくれてるって聞いて……逃げちゃいけねぇと思いました」
乙実は顔を上げた。
「うぢは庄内の出身です。でも、これからは山形代表として、胸張って活動していきます。派手なことはできねぇけど、困ってる人のところにちゃんと行けるヒロインになりたいです」
拍手が起こった。
最初は小さく。
それから、少しずつ大きく。
その頃、鶴岡市の山奥の集会所では、高齢者たちが配信を見ていた。古いストーブ、長机、湯呑み、座布団。みんな本当に正座していた。
「乙実、立派になったのぉ」
「昔から我慢強い子だったもんなぁ」
誰かが目元を拭いた。
画面の中の乙実は、少し緊張しながらも、ちゃんと前を向いていた。
会場では、彩芽が乙実に駆け寄る。
「乙実さん、なまら良かったべさ!」
乙実は照れる。
「彩芽みでぇに元気にはできねぇけどのぉ」
「乙実さんは乙実さんのままでいいべさ!」
その真っ直ぐすぎる言葉に、乙実は少し笑った。
イベント後、るみねぇが乙実の肩を叩いた。
「な、ちゃんと届いただろ?」
乙実は涙をこらえて頷く。
「はい……うぢ、逃げなくてよかったのぉ」
新橋の準備室では、真帆が進捗表を更新していた。
山形イベント:成功
乙実評価:上昇
玲香の他者紹介:改善
阿部一族:山形にも侵攻
胡蝶蘭:極めて良好
まさにゃんは胡蝶蘭に報告した。
「ノースちゃん、乙実ちゃんも咲いたで」
茉莉花が微笑む。
「地味やけど、ええ花たい」
ノースフロントはまだ未完成。
でも、山形で小さく温かい拍手が生まれた。
それは、にかほの大歓声とは違う。
仙台の華やかさとも違う。
盛岡の知性とも違う。
今津乙実らしい、静かで優しい一歩だった。




