冷麺より冷静、南部鉄器より堅実――盛岡の柚希、地味イベントで玲香を黙らせる
仙台イベントで佐々木玲香が少しだけ成長したあと、今度は盛岡の中野柚希が動いた。
柚希は地元国立大学で民俗学を学ぶ、真面目で理知的な戦隊ヒロインである。派手さはない。玲香のようなローカルタレント的な華もない。だが、地域を知る力と、人の話を聞く力はノースフロント随一だった。
「次は盛岡でやりたいです」
柚希が静かに言うと、るみねぇはすぐ頷いた。
「いいっぺ。仙台の次は盛岡。北日本らしくなってきたな」
盛岡は、岩手山を望む落ち着いた城下町である。南部鉄器、盛岡冷麺、わんこそば、古い町並み、文学と民俗の香りが残る街。派手な観光都市というより、噛めば噛むほど味が出る北東北の名所だ。
ところが、柚希が作った台本は、味が出る前に噛む力を試されるような堅さだった。
タイトルは、
「北日本地域文化連携講座 in 盛岡――民俗と暮らしから見るノースフロントの可能性」
玲香は台本を一読して、上品に眉を上げた。
「……地味なイベントになりそうですね」
会議室が少し凍った。
柚希は表情を変えない。
「盛岡は派手さだけで見せる街ではねぇです」
玲香は軽く笑う。
「でも、観客が退屈するかもしれませんよ。民俗学の講義みたいですし」
柚希は静かに返した。
「退屈させねぇように、ちゃんと話します」
るみねぇが間に入る。
「はいはい、二人とも。ケンカすんなっぺ。玲香は華、柚希は根っこ。どっちも要るんだ」
彩芽は台本を覗き込んで言った。
「漢字多いべさ……」
柚葉が冷静に言う。
「彩芽はまず読むところからね」
そして当日。
盛岡市内のイベント会場には、年配客、地元商店会、大学関係者、郷土芸能関係者、家族連れ、そしてなぜかノースフロントを追いかけ始めた一部マニアまで集まっていた。
玲香は客席を見て、小声で言う。
「仙台より静かですね」
柚希は答える。
「盛岡は聞く街だべ」
「どういう意味ですか」
「始まれば分かるべ」
瑠璃の落ち着いた進行でイベントが始まり、柚希がマイクを握った。
「北日本には、県ごとに違う暮らしがあります。雪の量も、海との距離も、山との付き合い方も違う。その違いを消すんでなく、知ることが大事だべ」
声は大きくない。
だが、静かな会場にはよく届いた。
柚希は、盛岡の城下町文化、南部鉄器、民話、祭り、暮らしと気候の関係を丁寧に語った。難しい内容のはずなのに、言葉が平易で、例えが分かりやすい。
「南部鉄器は、ただの工芸品ではねぇです。使う人の暮らしの中で育つ道具です。地域文化も同じで、飾って終わりではなく、使われて、語られて、残っていくものだべ」
年配客が頷く。
学生がメモを取る。
子どもまで意外と聞いている。
玲香は、舞台袖で少し驚いた。
「……ちゃんと聞かせている」
るみねぇは笑う。
「柚希は地味だけど、根っこが強ぇんだっぺ」
そこへ、会場の外が急に騒がしくなった。
また来たのである。
秋田県にかほ市から、阿部一族の応援団が貸切バス数台で到着した。
しかも今回は、柚葉の父や兄が勤める世界的電子部品メーカーの仁賀保工場関係者まで一緒だった。精密で尖った大胆なものづくりを支える男たちが、なぜか横断幕を持っている。
柚葉は秋田の誇り!
にかほから盛岡へ!
尖った大胆さで北日本を支える!
柚葉は頭を抱えた。
「来ねくていいって言ってらのに……なんで盛岡まで来るんだべ……」
紗耶が笑う。
「愛されてるねぇ」
乙実はぽつり。
「うぢだったら、腰抜かすのぉ……」
彩芽は羨ましそうに目を輝かせた。
「なまらすごいべさ……私も札幌からバス何台も来てほしいべさ!」
柚葉は苦笑した。
「来たら来たで、恥ずかしいよ」
阿部一族と工場応援団は、柚希の民俗学トークにも妙に熱心に拍手した。
それが会場全体を温めた。
堅いイベントのはずなのに、妙な熱気が生まれていく。
後半、柚葉が秋田の紹介をすると、応援団はさらに爆発した。
「柚葉ぁぁぁ!」
「にかほの星だぁぁ!」
「秋田美人だぁぁ!」
柚葉は顔を赤くしながらも、きちんと話した。
「秋田も、にかほも、北日本の大事な仲間です。盛岡の皆さんにも、少しでも知ってもらえたら嬉しいです」
その姿に、柚希は優しく頷いた。
そして、終盤。
柚希は玲香にマイクを渡した。
「玲香さん、ここからは会場を明るくしてください。仙台で培った話し方、お願いします」
玲香は一瞬だけ驚いた。
自分を立てるつもりなのか。
自分を見下したわけではないのか。
マイクを受け取ると、すぐにプロの顔になった。
「柚希さんのお話を聞いて、私も改めて思いました。北日本は一つに見えて、実はそれぞれ違う魅力があります。仙台、盛岡、秋田、山形、青森、福島、北海道。それぞれの違いを、私たちノースフロントが一緒に発信していきたいです」
会場から拍手が起こった。
玲香はその拍手を受けながら、少しだけ柚希を見る。
地味。
堅い。
でも、この人は地元を動かせる。
そして、相手を立てることができる。
イベントは想像以上に成功した。
終演後、玲香は素直になりきれない顔で言った。
「……思ったより、悪くありませんでした」
柚希は淡々と返す。
「それはどうも」
「ただ、台本のタイトルはもう少し短くした方がいいです」
「それは……考えます」
彩芽が元気よく割り込む。
「柚希さん、なまらすごかったべさ! 民俗学って眠くなると思ったけど、面白かったべ!」
柚希は少し照れた。
「眠くならなくてよかったべ」
るみねぇが二人を見て満足そうに言う。
「仙台は玲香が強い。盛岡は柚希が強い。どっちも必要だっぺ」
玲香は何か言い返そうとして、やめた。
その代わり、小さく言った。
「……次は、もう少し見せ方を一緒に考えてもいいかもしれません」
柚希は少し驚き、そして頷いた。
「お願いします」
まだ仲良しではない。
だが、少しだけ噛み合った。
新橋の北方管区準備室では、真帆が進捗表を更新していた。
盛岡イベント:成功
柚希評価:上昇
玲香・柚希連携:微改善継続
阿部一族応援団:存在感過剰
胡蝶蘭:当然のように極めて良好
まさにゃんは胡蝶蘭に報告した。
「ノースちゃん、今度は柚希ちゃんが咲いたで」
茉莉花が葉を拭きながら笑う。
「花が増えてきたっちゃね」
小春が横から言った。
「でも、阿部一族の応援団、もう準レギュラーっすね」
まさにゃんはしみじみ頷く。
「ノースフロントより先に、応援団の方が組織化されとるな」
北方管区は、まだまとまりきっていない。
玲香と柚希も、まだ完全には噛み合わない。
るみねぇの苦労も続く。
だが、仙台の玲香に続き、盛岡の柚希も自分の形で力を示した。
派手ではない。
だが、根が深い。
南部鉄器のように堅く、盛岡冷麺のように静かにクセになる。
盛岡の民俗学者は、地味な台本で、確かに会場を制したのである。




