胡蝶蘭は満開、組織は半開き――いわきでノースフロント、ようやく一歩動く
ノースフロントは、今日も半開きだった。
正式名称はヒロ室北方管区。通称ノースフロント。名前だけは北の精鋭部隊のようだが、実態はまだまだ不安定である。
玲香と柚希は相変わらず噛み合わない。スポンサーは仙台中心で話を進めたがる。秋田や岩手や山形側は「また仙台か」と警戒する。暫定フィールドマネジャーのるみねぇは、いつも笑顔で間に入るが、最近は少しだけ疲れが見え始めていた。
一方で、新橋ヒロ室の準備室にある胡蝶蘭だけは満開だった。
まさにゃんと黒崎茉莉花の手厚い世話で、葉は艶々、花は堂々。真帆の進捗表には無情にもこう書かれていた。
北方管区調整:難航
玲香・柚希連携:不安定
胡蝶蘭:極めて良好
遥室長はため息をつく。
「もう花の方が先に北日本まとめそうだよ……」
そんな停滞を、るみねぇがついに動かした。
「まず形を作るっぺ。小さくてもいいから、ノースフロントが動いてるって見せねぇと」
場所は、仙台ではなかった。盛岡でもなかった。
福島県いわき市。
かつて炭鉱で栄え、今は南国ムードの温泉テーマパークで知られる街。市域は広く、海も山もあり、魚も美味い。常磐ものの海の幸、温泉、観光、そして明るい人情。北日本の中でも、少し陽気で潮風の匂いがする街である。
るみねぇの地元だった。
玲香は面白くなさそうに言う。
「仙台ではないんですね」
るみねぇは笑顔で返す。
「最初から仙台でやったら、“また仙台か”になるっぺ。まずは中立っぽい場所で始めるんだ」
「いわきは、るみねぇさんの地元では?」
「だから責任持てるっぺ」
玲香は黙った。
るみねぇには逆らえない。特にダンスレッスンで地獄を見た者は、あの笑顔の怖さを知っている。
こうして、ノースフロントお披露目イベント in いわきが決まった。
問題は予算だった。
だが、ここでるみねぇの営業力が炸裂する。
温泉施設関係者、観光協会、地元商店会、スポーツクラブ、魚屋、土産物店、小口スポンサー。
るみねぇは電話をかけ、直接頭を下げ、時には踊りの指導ついでに話をまとめていった。
「ノースフロント、まだ小さいけど、北日本を元気にするためにやるんだっぺ。少しでいいから協力してけろ」
この一言が効く。
地元の人たちは「るみねぇが言うなら」と協力してくれた。
真帆は驚いた。
「るみねぇ、営業力ありますね」
るみねぇは笑う。
「営業っていうか、顔つなぎだっぺ。地元の人に育ててもらった分、今度はこっちが返すんだ」
そして当日。
いわき市のイベント広場には、予想以上の観客が集まった。海風が気持ちよく、屋台には魚介系の軽食、地元菓子、温泉土産が並ぶ。小規模ながらも、妙に温かい会場だった。
出演はノースフロント全員。
るみねぇ、玲香、柚希、乙実、柚葉、紗耶、瑠璃、彩芽。
MCは函館出身の瑠璃。落ち着いた声と観光ガイド経験を活かし、場を丁寧に進行する。
「本日は、北日本を元気にする新しい仲間たち、ノースフロントのお披露目です」
彩芽は舞台袖で跳ねる。
「なまら緊張するべさ!」
柚希が静かに言う。
「跳ねるな。舞台袖が揺れるべ」
玲香は終始、少し面白くなさそうだった。
しかし、マイクを向けられると一瞬で表情を作る。
「北日本全体を盛り上げられるよう、私も力を尽くします」
そつがない。
腹の中はともかく、こういう場ではプロだった。
一番派手だったのは、柚葉の応援団である。
秋田県にかほ市から、阿部一族が貸切バス三台で乗り付けてきた。
横断幕。
がんばれ柚葉!
秋田の誇り!
声援も強い。
「柚葉ぁぁぁ!」
「にかほの星だぁぁ!」
柚葉は顔を赤くして言う。
「来なくていいって言ったのに……」
紗耶が優しく笑う。
「愛されてるんだね」
乙実は控えめに、
「うぢも、あれくらい応援されたら腰抜かすのぉ……」
と呟いた。
ステージでは、るみねぇのダンス指導ミニコーナー、瑠璃の観光案内風MC、柚希の東北各地紹介、彩芽の元気すぎる挨拶、紗耶の温かいトーク、乙実の素朴な地元愛、柚葉の力強い一言が続いた。
最後に、るみねぇがマイクを握った。
少し潮風に髪を揺らしながら、いわき訛りの福島弁で言う。
「ノースフロント、まだ始まったばっかだっぺ」
会場が静かになる。
「でも、北日本を元気にしてぐから。いわきも、仙台も、盛岡も、秋田も、山形も、青森も、北海道も、みんなで盛り上げてぐんだ」
そして、少し照れたように笑う。
「だから、応援してけろ」
拍手が起こった。
最初はまばらだった拍手が、少しずつ大きくなり、やがて会場全体に広がった。
玲香は横で、その拍手を見ていた。
面白くない。
でも、認めざるを得なかった。
るみねぇは、地元を動かした。
仙台の看板だけでは作れない空気を作った。
柚希は小さく言う。
「今日は……良かったべ」
玲香は少し間を置いて答える。
「まあ、悪くはありませんでした」
柚希がちらりと見る。
「素直じゃねぇべ」
「あなたに言われたくありません」
まだ仲は悪い。
だが、ほんの少しだけ角が取れた。
イベント終了後、るみねぇは深く息を吐いた。
「やっと一歩だっぺ」
遥室長は新橋から報告を受け、ほっと笑った。
「前進ゼロじゃなかっただよ」
真帆は進捗表を更新する。
北方管区進捗:一歩前進
玲香・柚希連携:微改善
いわきお披露目:成功
胡蝶蘭:引き続き極めて良好
その頃、準備室ではまさにゃんが胡蝶蘭に報告していた。
「ノースちゃん……ついに組織も少し咲いたで」
茉莉花が横から言う。
「まだ蕾くらいたい」
小春も笑う。
「でも、やっと花芽くらいは出たっすね!」
ノースフロントは、前途多難。
まだ半開き。
でも、いわきの風の中で、ようやく北日本を名乗る第一歩を踏み出した。
そして胡蝶蘭は、今日も一足先に満開だった。




