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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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胡蝶蘭だけが先に咲く――ノースフロント、見切り発車で発足す

北日本支部の命名会議は、ひどかった。


「北辰同志会」「みちのく誠心会」「北日本紅蓮隊」「東北制圧本部」など、会議室のホワイトボードには、戦隊ヒロインの新組織とは思えない名前ばかりが並んでいた。


あかねが法務担当として冷静に言った。


「このあたりは、暴走族、任侠団体、政治団体と誤認される恐れがあります」


小春は腹を抱えて笑った。


「北辰同志会は絶対に黒塗りの車で来るやつっす!」


そんな混乱の末、ようやく決まったのが、正式名称ヒロ室北方管区。

通称、ノースフロント。


名前だけはやたら格好いい。


問題は、中身がまったく整っていないことだった。


新橋ヒロ室の会議室で、遥室長は資料を前に言った。


「ノースフロントは、ヒロヒロみたいにノムさんへ丸投げしないだよ。今回はヒロ室直営でやるだよ」


ノムさんは即座に不満そうな顔をした。


「なんや、ワシに任せたら一気に映画化まで持っていくのに」


真帆が淡々と返す。


「だから任せません」


波田顧問がうなずく。


「まあ、今回は北日本全体の体制作りだからな。悪ノリで回すもんじゃねぇ」


ノムさんはまだ納得していない。


「悪ノリ言うな。戦略的華やかさや」


「同じだよ」


遥室長が切った。


体制はこう決まった。


ゼネラルマネジャー、芹沢遥室長。

全体方針、人事、予算、対外調整を担当する。


フィールドマネージャー、木戸瑠美――通称るみねぇ。

ただし暫定。

現場調整、北日本勢の空気づくり、ダンス指導、玲香と柚希の育成を担当する。


るみねぇは、いわき訛りの福島弁で何度も念を押した。


「あたしはワンポイントだかんな。北日本が落ち着くまでだっぺ。ずっと支部長みてぇな顔する気はねぇぞ」


遥室長はうなずく。


「分かってるだよ。でも、今はるみねぇしかいないだよ」


佐々木玲香は少し不満げだった。


「つまり、私はまだ中心ではないということですね」


るみねぇが笑顔で言う。


「玲香、まず人の話を聞く練習からだっぺ」


玲香は一瞬反論しかけたが、るみねぇの笑顔を見て黙った。

彼女はるみねぇが怖い。

ダンスレッスンで一度しごかれた経験があるからだ。


中野柚希は静かにうなずいた。


「るみねぇさんなら、安心だべ」


彩芽だけが空気を読まずに元気だった。


「ノースフロント、なまらカッコいいべさ!」


すみれコーチが低く言った。


「名前で浮かれるな。中身はまだ空っぽだ」


「はい……」


こうして、前途多難で見切り発車のまま、ノースフロントは発足した。


発足したからには場所が必要である。


新橋ヒロ室の一角、もともとは期限切れパンフレットと古いイベント用のぼりを置いていたスペースが、急ごしらえで片づけられた。


壁に北日本の大きな地図が貼られる。

机は二つ。

椅子は四脚。

ホワイトボードは古く、端の方が少し消えにくい。

ファイル棚には「青森」「岩手」「宮城」「秋田」「山形」「福島」「北海道」と仮ラベルが貼られた。


入口には、琴音が書いた紙が貼られた。


ヒロ室北方管区 準備室

通称:ノースフロント


小春が見て笑う。


「準備室って、準備できてない感じが正直でいいっすね」


真帆は部屋を見回して言った。


「実際、準備はできていません」


遥室長は肩を落とした。


「正直すぎるだよ……」


準備室の中には、早速資料が積まれていった。


玲香が持ってきた「東北広報戦略案」は、ほぼ自分がセンターに立つ前提で作られていた。


柚希の持ってきた「北日本地域文化比較資料」は、民俗学の卒論のような厚さだった。


柚葉は冷静にスポンサー候補リストをチェックし、乙実は遠慮がちに掃除を始め、紗耶は差し入れの菓子を配って空気を和ませた。


彩芽のメモには、大きな字でこう書かれていた。


がんばるべさ!


真帆がそれを見て、静かにファイルを閉じた。


「彩芽さんの資料は、精神論です」


すみれコーチがため息をつく。


「資料と言うな」


そんなある日、準備室に巨大な段ボールが届いた。


中から現れたのは、立派な胡蝶蘭だった。


白い花が豪華に並び、葉は艶やか。

準備室の安っぽい机や古いホワイトボードとは明らかに格が違う。


札には大きくこう書かれていた。


祝・ヒロ室北方管区発足

ノースフロントよ、世界へ羽ばたけ

ブラックキャブプロダクション 野村吉彦


遥室長は札を読んで、眉をひそめた。


「世界へ羽ばたく前に、まず東北をまとめたいだよ」


真帆が胡蝶蘭を見て言う。


「準備室の備品より高そうです」


小春は笑い転げた。


「ノムさん、花だけは本気っすね!」


ノムさん本人も後日ふらりと現れ、胡蝶蘭を見て満足げに言った。


「どうや、ええ花やろ。北日本の門出にふさわしいやんけ」


遥室長は冷静に返した。


「花は立派だよ。組織はまだ立派じゃないだよ」


「そこはこれからや」


「そこが一番大事なんだよ」


問題は、この胡蝶蘭を誰が世話するかだった。


玲香はロケ。

柚希は大学。

るみねぇはいわきでレッスン。

遥室長と真帆は当然忙しい。

彩芽に任せると水をやりすぎそうで危険。

小春は絶対に茶化す。


そこで、自然と視線が一人に集まった。


葛城正男室長代理。

通称、まさにゃん。


「ワシかい!」


まさにゃんは叫んだ。


だが、断る理由がなかった。

というより、特に仕事がなかった。


大阪府吹田市から単身赴任中の哀愁漂う中年男。

家庭では猫と熱帯魚以下の扱い。

ヒロ室では室長代理という肩書きのわりに、会議で茶々を入れ、雑務を頼まれ、たまに徹マンでハコテンになるくらいしか明確な役割がない。


ついに与えられた任務は、胡蝶蘭の世話だった。


「室長代理やのに、ついに花係かい……」


最初はそうぼやいていた。


しかし三日後、まさにゃんはスマホで「胡蝶蘭 育て方」と検索していた。


一週間後には、葉を丁寧に拭いていた。


十日後には、霧吹きを買ってきた。


二週間後には、温度と湿度を気にし始めた。


そして一か月後。


まさにゃんは出勤すると、胡蝶蘭に向かって小さく話しかけた。


「おはようさん。今日も綺麗やな。お前だけや、ワシの話聞いてくれるんは」


運悪く、小春が通りかかった。


「まさにゃん、胡蝶蘭と会話してるっす!」


まさにゃんは慌てず、しみじみと言った。


「人間は裏切るけど、胡蝶蘭は裏切らへん」


小春は笑いすぎて壁に手をついた。


「哀愁が濃すぎるっす!」


北方管区の進捗は、相変わらず微妙だった。


玲香と柚希は会うたびに小さくぶつかる。

スポンサーは仙台中心の企画を推したがる。

岩手や秋田側はそれに不満を持つ。

るみねぇは明るく調整するが、時々ため息が増えている。


一方、胡蝶蘭だけは絶好調だった。


葉は艶を増し、花は長持ちし、準備室で唯一の成功事例のように見えた。


真帆の進捗表には、いつの間にかこう書かれていた。


北方管区体制整備:遅延

玲香・柚希連携:不安定

スポンサー調整:継続協議

胡蝶蘭:極めて良好


遥室長はそれを見て、深いため息をついた。


「花だけ順調だよ……」


るみねぇは笑った。


「まあ、咲いてるもんが一つでもあるなら悪くねぇっぺ」


まさにゃんは少し誇らしげに胸を張る。


「ノースちゃんは、ちゃんと育っとります」


遥室長が目を細めた。


「名前つけたのら?」


「北方管区の象徴ですから」


真帆が冷静に言う。


「正式名称ではありません」


だが、その日からヒロ室では、胡蝶蘭は半ば本当に「ノースちゃん」と呼ばれるようになった。


北方管区準備室には、資料が山積みだった。

人間関係は未整理だった。

スポンサー交渉も前途多難だった。

玲香と柚希の距離は遠く、るみねぇの苦労は増え、遥室長の仕事も増えた。


だが、入口の胡蝶蘭だけは、今日も堂々と咲いていた。


小春が最後にぽつりと言う。


「ノースフロント、本体より花の方が先に軌道に乗ってるっすね」


まさにゃんは、胡蝶蘭の葉をそっと拭きながら答えた。


「ええんや。まず花が咲いて、そのあと人が咲くんや」


珍しく、少しいいことを言った。


真帆が静かに議事録へ書き込む。


備考:葛城室長代理、胡蝶蘭管理において一定の成果あり。


北日本の未来はまだ見えない。

ノースフロントは見切り発車。

けれど、胡蝶蘭だけは妙に美しく、準備室の一角で咲き誇っていた。

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