命名会議、なぜか街宣車の匂い――北日本支部、“ノースフロント”に落ち着くまで
新橋ヒロ室の会議室は、開始十分で既に荒れていた。
議題は単純だった。
ヒロ室北日本支部・仮称の正式名称を決める。
ただ、それだけである。
議長は波田顧問。
出席者は、芹澤遥室長、藤堂隼人補佐官、まさにゃんこと葛城正男室長代理、安岡真帆、議事録担当の小宮山琴音、ノムさん、太田すみれコーチ、暫定トップのるみねぇ、法務担当の内田あかね、庶務の高島里奈、月島小春、そして北日本勢の佐々木玲香、中野柚希、阿部柚葉、蛯沢紗耶、今津乙実、菊池瑠璃、高城彩芽。
多い。
そして、全員が好き勝手に言う。
波田顧問が咳払いした。
「よし。北日本のテコ入れは本気でやる。だが、いつまでも“仮称”じゃ締まらねぇ。名前を決めるぞ」
琴音がホワイトボードに候補名を書き出す。
北日本戦隊ヒロイン推進班
ヒロ室北日本分室
ノースフロント
奥羽ヒロイン連合
東北・北海道広域連携班
雪国ヒロイン会議
みちのくヒロイン本部
ここまでは、まだ普通だった。
真帆が頷く。
「行政文書としては、東北・北海道広域連携班が無難です」
波田顧問が即座に嫌な顔をする。
「長ぇ。名前だけで会議終わるぞ」
するとノムさんが得意げに紙を出した。
「ワシも考えてきたで」
琴音が読み上げる。
北辰同志会
みちのく誠心会
東北愛郷塾
会議室が静まった。
あかねが眼鏡を押し上げる。
「これは法務的に危険です」
小春が腹を抱えた。
「北辰同志会は絶対に黒塗りの車で来るやつっす!」
ノムさんは不満そうだ。
「ええ名前やろ。志がある」
遥室長が呆れる。
「志より誤解が先に来るだよ」
まさにゃんも妙な方向に乗る。
「みちのく誠心会は悪くないやん。人情味あるで」
佳乃がいれば即座に切り捨てただろうが、今日は不在。代わりに真帆が冷静に言った。
「任侠団体に見えます」
「ほな、あかんか」
「はい」
次に彩芽が手を挙げた。
「北日本紅蓮隊、なまら強そうだべさ!」
ホワイトボードには既に、悪ノリ候補として書かれていた。
北日本紅蓮隊
雪華連合
北方烈女會
東北制圧本部
すみれコーチが即座に止める。
「彩芽、却下だ。るみねぇが総長みたいになるだろ」
るみねぇは苦笑した。
「いやぁ、あたしトロピカルダンサーだっぺ。紅蓮隊の総長は困っちまうなぁ」
小春が乗る。
「でも、るみねぇ総長、ちょっと見たいっす!」
るみねぇが笑顔で言った。
「小春、あとでスクワット二十回だな」
「すみませんでした!」
玲香は「雪華連合」の文字を見つめていた。
「雪華連合……響きは綺麗ですね。華もありますし」
柚希が静かに反論した。
「でも、連合って言葉は誤解を招きやすいべ。それに福島や宮城全部が雪国ってわけでもねぇです」
玲香は少しムッとする。
「でも、印象は大事でしょう」
柚希は淡々と返す。
「印象だけで名前を決めると、あとで困るべ」
二人の空気がまた険しくなる。
るみねぇが手を叩いた。
「はいはい、そこまでだっぺ。名前決めでケンカしてたら、正式発足前に解散すっぞ」
柚葉は冷静に言った。
「私は“ノースフロント”が無難だと思います。強すぎず、広すぎず、イベント名にも使いやすいです」
紗耶も頷く。
「うん。柔らかくはないけど、変に怖くもないし」
乙実は少し控えめに庄内弁で言う。
「うぢも、ノースフロントならまだ言いやすいと思うのぉ」
瑠璃は函館出身らしく、落ち着いた声で言った。
「北方管区という正式名にして、通称をノースフロントにするのはどうでしょう。北海道も東北も含めやすいです」
会議室が少し静かになった。
真帆が即座に整理する。
「正式名称を“北方管区”。通称を“ノースフロント”。行政文書と広報の両方に対応できます」
琴音が議事録に書き込む。
「北方管区、通称ノースフロント……これは収まりがいいずら」
玲香は少し考えてから言った。
「ノースフロントなら、悪くありません。響きも洗練されています」
柚希も頷く。
「北方管区なら、地域史的にも広域性があります。私は賛成です」
小春がにやっと笑う。
「珍しく玲香さんと柚希さんが同じ方向を向いたっすね!」
玲香と柚希は同時に小春を見た。
「珍しくとは何ですか」
「珍しくって、余計だべ」
小春はすぐに引っ込んだ。
何度かの決選投票の末、候補は二つに絞られた。
北方管区
ノースフロント
最終的に、真帆の案でこう決まった。
正式名称:ヒロ室北方管区
通称:ノースフロント
波田顧問が机を叩く。
「よし、決まりだ。北日本の新しい拠点は、ヒロ室北方管区。通称ノースフロントだ」
ノムさんはまだ未練がましい。
「北辰同志会、捨てがたいけどなぁ」
小春がまた笑う。
「それ採用したら、イベント会場に街宣車が来そうっす!」
あかねが真顔で言う。
「来ませんが、来そうに見える時点で不適切です」
彩芽は少し残念そうだった。
「北日本紅蓮隊、なまら強かったのに……」
すみれが言う。
「強い以前に怖い」
るみねぇは明るく締めた。
「名前も決まったし、ここから中身作っぺ。ノースフロント、悪くねぇな」
遥室長は、ようやく肩の力を抜いた。
「名前決めるだけで、なんでこんなに疲れるのら……」
琴音が議事録を見ながら言う。
「暴走族、任侠団体、右翼団体と誤認される候補はすべて却下、と記録しておくずら」
波田顧問が笑う。
「そんな議事録あるかよ」
真帆は冷静に言った。
「残します。再発防止のためです」
こうして、正式発足前から大揉めだった北日本支部は、ようやく名前だけは決まった。
ヒロ室北方管区――ノースフロント。
仙台の女王、盛岡の民俗学者、秋田の尖った美人、山形の苦労人、八戸の優しい姐さん、函館の大人美女、札幌の突撃妹。
まとまる気配は薄い。
だが、名前だけは妙に格好よくなった。
小春が最後にぽつりと言う。
「中身が名前に追いつくの、いつっすかね」
るみねぇは笑顔で返した。
「これから鍛えるんだっぺ」
その言葉に、玲香と柚希と彩芽が少しだけ背筋を伸ばした。
ノースフロント。
名前は決まった。
問題は、ここからだった。




