るみねぇ、北日本を預かる――仙台の女王、ひとまず即位失敗
ヒロ室北日本、仮称。
まだ正式発足もしていないのに、早くも燃えていた。
原因は一人。仙台の佐々木玲香である。
地元ではローカルタレントとして知られ、華もあり、ステージ度胸もある。そこまではいい。だが問題は、本人がそれを一番よく分かっていることだった。
仙台の番組で玲香は、さらりと言ってしまった。
「東北を引っ張るなら、私が相応しいんじゃないですか? 仙台は東北の中心ですし」
その瞬間、東北各県のヒロインたちの空気が一気に氷点下になった。
盛岡の中野柚希は、民俗学の資料を静かに閉じた。
「……仙台は東北の一部だべ。東北そのものではねぇです」
普段温厚な柚希が、明らかに怒っていた。
秋田県にかほ市の阿部柚葉も、白い肌に鋭い表情を浮かべて言い切る。
「玲香さんが支部長は無理です。絶対に認めません」
山形県鶴岡市の今津乙実も、控えめながら庄内弁でぽつり。
「玲香さんだば、うぢらの話、聞いでくれねぇ気ぃすっちゃ……」
青森県八戸市の蛯沢紗耶も、優しい顔で困ったように言った。
「るみねぇみたいな人なら安心なんだけど、玲香さんはちょっと強すぎるかもね」
新橋ヒロ室では、遥室長が頭を抱えていた。
「まだ支部すらできてないのに、なんで勝手に支部長が誕生してるだよ……」
そこで白羽の矢が立ったのが、福島県いわき市出身の木戸瑠美、通称るみねぇだった。
有名温浴施設のトロピカルダンサーとして鍛えた明るさ、面倒見、指導力。ダンスレッスンでは優しい姉貴分だが、締めるところは締める。しかも東北のどの県からも比較的受け入れられやすい。
遥室長は、るみねぇに頭を下げた。
「北日本の中心役、お願いできないだろうか」
るみねぇは、少し困ったように笑った。
「いやぁ、遥さん、それは重いっぺよ。あたしは踊って、教えて、みんなの背中押す方が向いでっから。支部長みてぇになっちまうと、他の地区の子ら見らんにぐなっちまうべ?」
「正式な支部長じゃなくていいだよ。代わりが見つかるまで、ワンポイントでいいだよ」
るみねぇは腕を組んだ。
「ワンポイント、ねぇ……。ほんじゃ、北日本が落ち着くまでだぞ。あたし、ずっと座る気はねぇがんな」
こうして、るみねぇがヒロ室北日本の暫定中心役として立つことになった。
この人事が伝わると、まず玲香が不満げな顔をした。
「つまり、私ではなく、るみねぇさんが上に立つということですか?」
遥室長は静かに言う。
「暫定だよ。まだ正式な人事ではないだよ」
玲香は反論しかけた。
だが、相手がるみねぇだと聞いて、口を閉じた。
玲香はるみねぇが怖い。
普段は明るくて優しい。
だがダンスレッスンで一度でも手を抜くと、
「玲香、そこ腰入ってねぇべ。もう一回だっぺ」
と笑顔でやり直しを命じる。しかもその「もう一回」は本当に一回で終わらない。玲香は過去に、るみねぇのレッスンで脚が笑った経験があった。
だから、玲香は渋々頭を下げた。
「……分かりました。るみねぇさんが暫定なら、従います」
るみねぇはにこっと笑った。
「玲香、顔が納得してねぇぞ。でも今は飲み込め。あんたの華は使う。だけど、人の話聞けねぇうちは頭には置けねぇべ」
玲香は背筋を伸ばした。
「はい」
完全服従だった。
一方、柚希は露骨にほっとしていた。
「るみねぇさんなら、ありがてぇです。玲香さんが支部長でねぇなら、それだけでだいぶ安心だべ」
柚希にしては珍しく、かなりはっきり言った。
柚葉も頷く。
「るみねぇなら良いです。玲香さんみたいに、仙台中心で押し切られる心配がありません」
乙実も庄内弁で小さく言った。
「るみねぇさんだば、うぢらみでぇな田舎の話も聞いでくれそうだの」
紗耶も優しく笑う。
「うん。るみねぇなら安心できる。みんなの空気、ちゃんと見てくれる人だし」
るみねぇは、みんなを見回して手を振った。
「はいはい、期待すんのはいいげど、勘違いすんなよ。あたしはワンポイントだがんね。ずっと支部長やる気はねぇぞ」
柚希が真面目に頷く。
「はい。分かってます」
玲香だけが、小さく悔しそうにしていた。
るみねぇはそこも見逃さない。
「玲香」
「はい」
「悔しいなら、ちゃんと周り見ろ。華があるだけじゃ、北日本はまとまんねぇ。仙台も盛岡も秋田も山形も青森も福島も、それぞれ違うんだっぺ」
玲香は黙った。
るみねぇは続ける。
「柚希」
「はい」
「あんたは人望ある。けど、後ろに下がりすぎだ。資料だけ作って満足してんじゃねぇぞ」
柚希は少し驚いてから、静かに頷いた。
「……はい。気をつけます」
るみねぇは明るく笑った。
「二人とも育てる。玲香は人の話聞けるように。柚希は前に出られるように。そんで、その間に本当に北日本を任せられる人材を探す。それで行くべ」
遥室長は、その言葉にほっと息をついた。
「やっぱり、るみねぇに頼んでよかっただよ」
真帆も淡々と記録する。
「暫定統括、木戸瑠美。方針、玲香さんと柚希さんの育成、および支部長候補の発掘。妥当です」
小春がいたら絶対に「るみねぇ政権、発足っすね!」と騒いだだろうが、この場は比較的静かにまとまった。
ただし、玲香の野心が消えたわけではない。
会議後、玲香は小さく呟いた。
「暫定なら、まだチャンスはありますよね」
柚希が横から静かに言う。
「その前に、他県の話を聞く練習した方がいいと思います」
玲香は睨む。
「あなたこそ、前に出る練習をしたら?」
一瞬、空気が険しくなる。
だが、るみねぇの声が飛んだ。
「はい、二人とも。今の会話、十秒で仲悪いの分かるっぺ。明日から一緒にダンス基礎だ」
二人は同時に固まった。
「えっ」
「ダンス、ですか」
るみねぇは笑顔だった。
「体動かせば、ちったぁ頭もほぐれっから。まずは一緒に汗かくべ」
玲香は逃げられない顔になった。
柚希も覚悟を決めた顔になった。
こうして、ヒロ室北日本は正式発足前から大モメしながらも、どうにか仮の中心を得た。
仙台の女王は、ひとまず即位失敗。
盛岡の民俗学者は、静かに安堵。
秋田、山形、青森の面々も、るみねぇなら良いと納得。
そして、福島いわきのトロピカル姉さんが、ワンポイントリリーフとして北日本を預かる。
るみねぇは最後に、明るく言った。
「北日本は広いがんな。寒いとこも、海沿いも、山も、街もある。ひとりで仕切ろうなんて思うから揉めんだべ。みんなで踊れる形にすんだよ」
遥室長は頷いた。
「北日本テコ入れ、ここから本番だよ」
その横で玲香はまだ不満そうだったが、るみねぇに睨まれるとすぐに姿勢を正した。
北日本の春は遠い。
だが、少なくとも最初の雪かきは、るみねぇが引き受けてくれた。




