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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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天秤棒は営業研修になるのか――伊吹真白、“声の小さな秘密兵器”が教材になる日

滋賀県近江八幡市の中堅商社・堀井商会の堀井琴葉のもとに、一本の電話が入った。


相手は、企業研修用の映像教材を手がける映像ソフト会社の担当者だった。声は妙に熱い。営業電話の軽さではなく、どこか本気で「いいものを作りたい」と思っている人間の声だった。


「堀井さん、ぜひ伊吹真白さんの成長物語を、新人営業マン研修用の教材ビデオにさせていただきたいんです」


琴葉は、最初こそ笑ってしまった。


「真白が営業研修の教材ですかいな。あの子、最初はお客さんの前で声出すだけでも精いっぱいやったんですけどなぁ」


「だからこそです」


担当者は食い気味に言った。


「最初から売れる人の成功談ではなく、声が小さくて、自信がなくて、でも少しずつ相手に届く言葉を覚えていく。そこに新人営業マンが一番学べるものがあると思うんです」


その言葉に、琴葉は少し黙った。


伊吹真白。


岐阜県大垣市出身。

濃尾の秘密兵器と呼ばれる戦隊ヒロイン。

小柄で、どこか薄幸の美少女のような雰囲気を持つ。最初に見た者は、たいてい「この子、大丈夫か」と思う。


しかし、その見た目に騙されてはいけない。


真白の足腰は、伊吹おろしに鍛えられた本物だった。

トラックドライバーとして日々現場を走り、荷を運び、足場の悪い場所でも踏ん張ってきた。特に跳躍力は抜群で、ヒロ室内ではいつしかカンガルージャンプと呼ばれるようになっていた。


ただし、加入当初の真白は、その力をまったく活かせていなかった。


声が小さい。

前へ出ない。

自分から売り込めない。

イベントでも任務でも、できることは多いのに、いつも一歩引いてしまう。


まさに「秘密兵器」だった。

秘密すぎて、誰にも気づかれない兵器である。


そんな真白を変えたのが、琴葉の近江商人の基礎ともいえる天秤行商修行だった。


琴葉は元小学校教諭であり、近江商人の流れをくむ中堅商社・堀井商会の娘であり、現在は家業を手伝ってする。

また、戦隊ヒロイングッズを扱う仕事にも関わり、ヒロイン育成にも力を貸している。


琴葉は真白を見て、すぐに言った。


「真白、あんたに足りんのは脚力やない。度胸や」


真白は小さな声で答えた。


「度胸、ですか」


「せや。だから、天秤棒を担ぎ」


「……戦闘訓練ではなく?」


「商いは戦闘や」


この時点で、真白はかなり不安そうな顔をしていた。


最初に真白が扱った商品は、戦隊ヒロイングッズと生活雑貨だった。


缶バッジ。

応援タオル。

小さなキーホルダー。

手ぬぐい。


そして、たわし。

歯ブラシ。

ゴム紐。

なぜか妙に実用的な日用品の数々。


真白は天秤棒を担がされ、商店街の一角に立った。


「……いかがですか」


声が小さい。


通行人は気づかない。


「……戦隊ヒロイングッズ、あります」


やはり通り過ぎる。


琴葉は横から厳しく言う。


「声が商品まで届いとらん。お客さんに届く前に、あんたの足元で落ちとる」


真白はしゅんとする。


「すみません」


「謝るより、もう一回や」


そこから、真白の天秤行商修行が始まった。


何度も無視された。

何度も断られた。

たわしを見せても首を振られ、歯ブラシを勧めても「間に合ってます」と言われ、ゴム紐に至っては「今どきゴム紐?」という顔をされた。


真白は心が折れかけた。


「私、向いていないと思います」


琴葉は首を振った。


「向いてへんから、やるんや。最初からできることだけやってても、成長せえへん」


この話を、琴葉は地元メディアや商工会議所の講演で何度か話していた。

近江商人の心意気、三方良しを現代の戦隊ヒロイン育成に落とし込んだ実例としてである。


売り手良し。

買い手良し。

世間良し。


売る側だけが得をしても続かない。

買う側が喜ばなければ信頼にならない。

世の中の役に立たなければ、商いは細っていく。


真白がそれを学んでいく過程は、たしかに営業研修の題材として強かった。


映像ソフト会社の担当者は、そこに目をつけたのである。


「実際の真白さんの成長記録とは、少し構成を変える必要があります。ですが、実話をモデルにした創作話として、令和版の商人教育ドラマにしたいんです」


担当者は真面目だった。


「昔、商いの心を若い世代へ伝える教材作品がありましたよね。あの精神を現代に置き換えたいんです。戦隊ヒロインという華やかな題材を使いながら、売るとは何か、相手に届けるとは何か、三方良しとは何かを伝える作品にしたい」


琴葉は少し照れたように笑った。


「えらい大きな話になってきましたなぁ」


「真剣です」


担当者は即答した。


「新人営業マンは、最初に必ず壁にぶつかります。声が出ない。断られるのが怖い。商品説明が丸暗記になる。相手の顔を見られない。真白さんの話には、その全部があります」


琴葉は、企画書を持って新橋ヒロ室へ向かった。


遥室長は資料を読み、すぐに目を輝かせた。


「これは、ぜひやりましょう」


琴葉は少し驚く。


「遥さん、乗り気ですな」


「真白さんの話は、営業研修だけじゃなくて、ヒロイン育成にも使えるだよ。人前に立つこと、声を届けること、相手の役に立つこと。全部大事だよ」


真帆も資料を確認しながら言った。


「戦隊ヒロインプロジェクトの広報としても良いです。商工会議所、地元メディア、教育研修会社との連携にもなります」


琴葉は頷いた。


「ただ、真白本人は恥ずかしがると思いますわ」


「そこは丁寧に説明するだよ」


企画は順調に進みそうだった。


問題は、そこで終わらないことである。


どこで嗅ぎつけたのか、ノムさんが現れた。


「教材ビデオ? 何を地味なこと言うとるんや!」


遥室長は、嫌な予感で肩を落とした。


ノムさんは企画書をバサッと広げる。


「これは映画や! タイトルは『天秤棒を担いだ天使』や! 冒頭は伊吹おろしの吹き荒れる大垣の夜、真白ちゃんが巨大トラックの上からジャンプして――」


真帆が即座に止めた。


「営業研修用教材です」


ノムさんは聞いていない。


「中盤で琴葉先生と対立! 雨の船橋で涙の行商! 最後は大観衆の前でグッズ完売! そこで花火! いや、爆破や!」


遥室長がきっぱり言う。


「爆破はいらないだよ」


琴葉も笑顔で刺した。


「商いの教材に爆破はいりまへん」


ノムさんは本気で不満そうだった。


「爆破なしで人は感動するんか?」


映像会社の担当者は真面目に答えた。


「します。むしろ爆破があると研修内容がぼやけます」


小春が横で吹き出す。


「担当者さん、真正面からノムさんの爆破を否定したっす」


ノムさんはまだ食い下がる。


「せめてクライマックスで天秤棒が光るとか」


真帆が淡々と言う。


「不要です」


「じゃあ、敵役の悪徳商人を――」


遥室長が言う。


「出しません」


「ライバル営業マンは?」


琴葉が言う。


「要りまへん」


「恋愛要素は?」


真白が小さな声で言った。


「もっと要りません……」


その場にいた全員が、真白を見た。


真白本人は、顔を真っ赤にして立っていた。


「私の昔の姿を、教材にするんですか……」


琴葉は優しく声をかけた。


「せや。恥ずかしいやろな。でもな、真白。あんたが声を出せるようになった話は、これから営業に出る人の役に立つ」


遥室長も続ける。


「真白さんの失敗も、成長も、誰かの背中を押せるだよ」


映像会社の担当者も頭を下げた。


「実話をそのまま再現するのではなく、モデルにした創作作品として丁寧に作ります。真白さんが大事にしているものを、軽く扱うつもりはありません」


真白はしばらく黙った。


そして、小さく頷いた。


「それが、誰かの役に立つなら……やります」


琴葉は満足げに笑った。


「それでこそ、うちの弟子や」


教材ビデオの構成は、三部に決まった。


第一部、声の小さな秘密兵器。

加入当初の真白が、カンガルージャンプという強みを持ちながら、前に出られず伸び悩む姿。


第二部、天秤棒修行。

琴葉の指導のもと、缶バッジ、応援タオル、たわし、歯ブラシ、ゴム紐を売り歩き、断られ続ける日々。


第三部、声が届いた日。

自分の言葉で商品の役立ち方を伝え、初めて客の心を動かす瞬間。そして、美濃弁交じりの口上が生まれていく。


ラストは現在の真白。


天秤棒を担ぎ、堂々と客に声をかける。


「寄ってってちょうだゃあ。見るだけでもええんやて。使えるもんばっかやで。売るいうんは押しつけやない。役に立つもんを、ちゃんと届けることやて」


その場面を想像した琴葉は、少しだけ目を細めた。


「真白も、ようここまで来たなぁ」


ノムさんだけは、まだ諦めていなかった。


「せめてエンディングで主題歌を――」


遥室長と真帆が同時に言った。


「今回は教材です」


こうして、伊吹真白の成長物語は、新人営業マン研修用ビデオとして動き出した。


派手な必殺技はない。

巨大爆破もない。

恋愛も悪の組織も出てこない。


あるのは、声の小さな少女が、天秤棒を担いで街に立ち、断られながらも相手に届く言葉を覚えていく物語。


そして、近江商人の三方良しを、令和の働く人へ伝えるための、少し不器用で、少し笑えて、ちゃんと胸に残る教材になるはずだった。

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