朝食会場に屍三体、鬼教官だけ絶好調!――鬼怒川温泉二日目、最高戦略会議の成果は“一行”だった
鬼怒川温泉の朝は、やたら清々しかった。
渓谷を渡る風は涼しく、旅館の窓から差し込む朝日は柔らかい。廊下には味噌汁と焼き魚の匂いが漂い、朝食会場には湯上がりの宿泊客たちが、眠そうな顔で集まっていた。
だが、ヒロ室一行のテーブルだけは、清々しさとは無縁だった。
波田顧問、藤堂隼人補佐官、葛城正男室長代理――通称まさにゃん。
この三人が、朝食会場の片隅で完全に屍になっていた。
原因は明白である。
昨夜、彼らは旅館の一室で、**「戦隊ヒロイン最高戦略会議」**なるものを開催した。名前だけ聞けば、組織の未来を左右する重要会議のように聞こえる。
実態は、徹マンだった。
しかも、参加者は波田顧問、隼人補佐官、まさにゃん、そして太田すみれコーチ。
結果は、すみれコーチの圧勝。
まさにゃんは今回もハコテン。
波田顧問は明け方に「東場と人生は似てるねぇ」と意味不明なことを呟き、隼人補佐官は理詰めで打っていたはずなのに、最後は理屈ごと粉砕された。
そんな三人が、今、朝食会場で味噌汁を前に沈黙している。
波田顧問は焼き魚を見つめたまま、力なく言った。
「……魚ってのは、朝見ると、哲学だねぇ」
佳乃が冷たく返す。
「寝不足で意味不明になっているだけです」
隼人補佐官は眼鏡を押さえながら、湯豆腐を見つめている。
「判断力の訓練としては、有意義でした……」
遥室長が目を細めた。
「本当に有意義だったのら?」
その声は穏やかな駿河弁なのに、妙に刺さる。
まさにゃんは箸を持ったまま、魂が抜けていた。
「ワシ、最後の親番で逆転の夢見たんや……夢は夢のままやった……」
小春が小声で彩芽に言う。
「まさにゃんさん、麻雀で文学始めましたね」
彩芽は首を傾げた。
「文学って、朝ごはんで出るんだべか?」
「出ません」
その隣で、すみれコーチだけは異常に元気だった。
山盛りのご飯。焼き魚。味噌汁。温泉卵。海苔。漬物。
完全にアスリートの朝食である。
すみれは平然と箸を進めながら言った。
「朝飯うまいな。今日は午前中に地域PRだろ。さっさと食って動くぞ」
遥室長は呆れた。
「すみれさん、徹夜したんだよね? なんでそんなに元気なのら……」
真帆も冷静に観察する。
「睡眠不足の影響が見られません。体力面では異常値です」
すみれは味噌汁を飲んで言った。
「寝てなくても飯食えば動ける」
美紀が看護学生として真顔になる。
「それは医学的にはおすすめできません」
すみれは笑う。
「おすすめされなくても動ける」
陽菜は不思議そうに首をかしげた。
「徹マンってなんですかぁ?」
詩織もきょとんとした顔で言う。
「さぁ……なんのことでしょうか?」
二人とも本当に分かっていない。
みのりが、朝食の箸を置いて丁寧に説明した。
「徹夜で麻雀をすることですね。夜通し続けるので、体力も集中力も使います」
陽菜は目を丸くした。
「夜通しですかぁ? 眠くならないんですかぁ?」
ひかりが苦笑する。
「普通は眠くなります」
詩織は少し感心したように言った。
「それは……精神修行みたいですね」
佳乃が即座に言う。
「違います。ただの夜更かしです」
隼人補佐官が小さく抗議する。
「一応、議題はありました」
遥室長がすぐに反応した。
「へえ。じゃあ、戦隊ヒロイン最高戦略会議では何を話したのら?」
隼人補佐官は姿勢を正した。
顔色は悪いが、ここだけは補佐官らしく答える。
「北日本エリアのテコ入れについてです」
真帆が手帳を開く。
「具体的には?」
隼人補佐官は言った。
「以上です」
沈黙。
遥室長と佳乃が同時に見た。
「それだけ?」
「それだけですか?」
隼人補佐官は無言になった。
遥室長は、少し小馬鹿にするような、しかし妙に優しい声で続けた。
「何時間もかけて徹夜して、それだけなん? 随分うるさかったけど?」
波田顧問も無言になった。
まさにゃんは目を逸らした。
小春が吹き出す。
「最高戦略会議、議事録一行っすね」
理沙が真顔で補足する。
「費用対効果はかなり悪いです」
佳乃は淡々と言った。
「会議成果が一行なら、睡眠時間を削る価値はありません」
まさにゃんが弱々しく言う。
「でも、すみれちゃんが強いいう成果は分かったで……」
すみれはご飯をおかわりしながら言った。
「それは前から分かってただろ」
完全に勝者の余裕だった。
一方、ヒロインたちは朝食バイキングを楽しんでいた。
彩芽は目を輝かせている。
「温泉旅館の朝ごはん、なまら楽しいべさ! ご飯も味噌汁も漬物も取り放題だっしょ!」
伊織が優しく注意する。
「彩芽、取りすぎると午前のイベントで動けなくなるさ」
「大丈夫だべさ! 私、朝から三杯いけるっしょ!」
すみれが遠くから言う。
「彩芽、二杯までだ」
「はい……」
即座に従った。すみれコーチの声は朝でも強い。
陽菜は温泉卵を見て、にこにこしている。
「これ、ぷるぷるでかわいいですぅ」
詩織は朝の窓辺を見ながら、
「湯けむりの朝って、歌になりそうですね」
と小さく鼻歌を口ずさむ。
グレースフォースのみのりとひかりは、相変わらず並んで静かに食事をしていた。二人が湯豆腐を分け合うだけで、旅館の朝食が上品な旅番組に見える。
小春が小声で言う。
「朝から尊いっす」
沙羅がため息をつく。
「あなた、寝起きでもそれ言うのね」
その沙羅の視線の先で、澪は朝食バイキングを妙に楽しんでいた。
トレーには焼き魚、味噌汁、卵焼き、湯豆腐、そして漬物が何種類も並んでいる。
澪は漬物を一口食べ、ぼんやり言った。
「この漬物、美味しい〜」
沙羅が聞く。
「澪、昨日から漬物とかレモン牛乳とか川魚とか、食べ物のことばっかりね」
澪は真顔で返す。
「温泉旅館だから」
「理由になってるようで、やっぱりなってないわ」
小春も首を傾げる。
「澪って、普段何考えてるん?」
澪は少し考えた。
「今は、漬物をもう一回取りに行くか考えてる」
沙羅は箸を置いた。
「本当に理解不能だわ」
小春は笑いながら言う。
「でも、澪の朝食満足度は高そう」
澪は頷いた。
「高い」
それだけである。
しかし妙に説得力があった。
遥室長は、ぐったりした徹マン組と、元気すぎるすみれコーチと、朝から楽しそうなヒロインたちを眺めて、深く息をついた。
「二日目の朝から情報量が多すぎるだよ……」
真帆は冷静に言った。
「本日はこのあとチェックアウト、午前中に軽い地域振興イベント、その後観光PRです。徹マン組の体調が懸念事項です」
佳乃が三人を見た。
「朝食を残さず食べてください。寝不足でも食品ロスは許しません」
波田顧問は焼き魚を持ち上げた。
「佳乃ちゃん、厳しいねぇ……」
「当然です」
隼人補佐官は味噌汁を飲み、何とか復活しようとしていた。
「北日本エリアのテコ入れについては、帰京後に改めて正式会議を設定します」
遥室長がすかさず言う。
「次は昼間にやるのら。麻雀卓なしで」
まさにゃんが小声で言う。
「麻雀卓なしの最高戦略会議って、ただの会議やん」
真帆が即答する。
「それが会議です」
すみれコーチは最後の一口を食べ終え、立ち上がった。
「よし。準備するぞ。午前のイベント、遅れるなよ」
徹マン組三人は、すみれの元気さを見て、さらに疲れた顔になった。
小春が笑う。
「すみれコーチ、昨日の夜ずっと勝ってたのに、朝も勝ってますね」
彩芽は尊敬の目で見上げる。
「すみれコーチ、なまら強いべさ……」
伊織も感心する。
「体力も精神力もすごいですね」
すみれは照れもせず言った。
「勝負は最後まで立ってた奴が強いんだよ」
まさにゃんがぼそっと言う。
「ワシは最後まで座ってたのに負けたで……」
誰も慰めなかった。
朝食後、一行は部屋へ戻って荷物をまとめ、チェックアウトの準備に入った。
旅館のロビーには、温泉まんじゅうや地元土産が並び、陽菜と詩織は最後まで「どれを買うか」で迷っていた。
澪は、ちゃっかり漬物を買っていた。
沙羅がそれを見て呆れる。
「本当に買ったのね」
澪は満足そうに頷く。
「美味しかったから」
小春は笑った。
「澪は旅の判断基準が全部胃袋だね」
遥室長は全員を見回し、手を叩いた。
「はい、皆さん。これから午前の地域振興イベントへ向かうだよ。昨日に続いて、ちゃんと栃木PRするだよ」
波田顧問は少しふらつきながらも言った。
「おう、任せとけ」
佳乃が睨む。
「今日は地酒コーナーへ近づかないでください」
「……はい」
隼人補佐官も背筋を伸ばした。
「本日は真面目に務めます」
遥室長がじっと見る。
「昨日もその予定だっただよ」
隼人は何も言えなかった。
こうして、鬼怒川温泉二日目の朝は、徹マン組の屍、すみれコーチの異常な元気、陽菜と詩織の頓珍漢な質問、澪の漬物評価、遥室長の呆れ顔で始まった。
地域振興イベントはまだ続く。
帰るまでが仕事。
帰るまでが慰安旅行。
そして、帰るまでが鬼怒川温泉である。




