陽菜が配れば人だかり、澪が売ればなぜか完売!――鬼怒川温泉、PRなのか珍道中なのか分からない午後
鬼怒川温泉駅前の足湯は、すでに完全な慰安旅行の入口になっていた。
波田顧問は湯に足を入れて「いやぁ、こりゃ江戸っ子でも黙る湯加減だねぇ」とご満悦。隼人補佐官は「現地観光資源の体験です」と真顔で言い訳し、まさにゃんは「足湯にも経済効果があるんや」と、誰に向けてか分からない説明を始めていた。
遥室長は腕を組んで言った。
「もう、まだ始まったばかりだよ。ここでくつろぎ切らないでほしいだよ」
穏やかな駿河弁なので、怒っているはずなのに、聞いている側には「優しいお姉さんが少し困っている」くらいにしか響かない。
小春が横で笑う。
「遥室長、怒ってるのに癒やし効果あるっすね」
「癒やしてないだよ!」
こうして一行は、足湯で温まりすぎる前に、鬼怒川温泉駅前の栃木県内観光PRコーナーへ移動した。
ここで中心になるのは、栃木県那須塩原出身のプロボウラー兼戦隊ヒロイン、塩原結花である。
結花は、栃木代表として気合十分だった。
パンフレットを手に、まっすぐ前へ出る。
「皆さん、栃木県は鬼怒川温泉だけではありません。日光、那須、塩原、宇都宮、足利、佐野、益子……自然、温泉、歴史、食、ものづくり、全部そろっています」
その説明は分かりやすく、声も通る。プロボウラーらしい姿勢の良さもあって、地元観光協会の人まで頷いている。
小春が感心して言った。
「結花さん、普通に観光大使っすね」
結花は照れながらも続ける。
「今日は、少しでも栃木を好きになって帰ってもらえたら嬉しいです」
その横で、陽菜と詩織がパンフレット配りを担当していた。
陽菜は白いリボンを揺らしながら、にこにことパンフレットを差し出す。
「よかったら、見てくださいですぅ」
すると、すぐに人が集まる。
「あっ、陽菜ちゃんだ!」
「かわいい!」
「写真いいですか?」
「パンフレットください!」
パンフレットを配っているのか、ファン対応をしているのか分からない状態になった。
陽菜は困りながらも、丁寧に応対する。
「えっと、日光も那須もおすすめですぅ。私、まだ全部は行けてないんですけどぉ……」
内容は少し頼りない。
だが、笑顔が強すぎるので、パンフレットはどんどん減る。
隣の詩織は、さらに独特だった。
パンフレットを渡すたびに、足利方面の紹介になると、どこかで聞いたことがある名曲を思わせる、あの川と橋の情緒を漂わせたメロディーを口ずさむ。
「渡良瀬の夕暮れって、きっとこんな感じですよね……」
観光客が足を止める。
「今の、いいですね」
「足利、行ってみたくなった」
「パンフレットもう一枚ください」
小春は目を丸くした。
「詩織さん、歌でパンフレット配ってる……」
結花は嬉しそうに言う。
「足利のPRとしては、かなり強いですね」
一方、グレースフォースのみのりとひかりは、まるで上品な旅行番組の案内役だった。
みのりが地図を指しながら語る。
「鬼怒川温泉に泊まって、翌日は日光方面へ足を伸ばすのも良いですね。歴史と自然を一度に楽しめます」
ひかりも穏やかに続ける。
「那須や塩原は高原の空気も魅力です。温泉だけでなく、季節ごとの景色も素敵だと思います」
二人が並んで説明するだけで、PRコーナーが急に知的で優雅になる。
小春が小声で言った。
「グレースフォースがいると、観光パンフレットまで高級ホテルの案内に見えるっす」
沙羅が少し悔しそうに頷く。
「分かるわ。あの二人、空気を上品にするのよ」
その少し離れた場所では、彩芽と伊織が子ども向けの「北と南のヒロイン紹介」を担当していた。
彩芽は元気いっぱいに手を振る。
「北海道代表、高城彩芽だべさ! 雪も寒さもなまら強いけど、今日は栃木の温泉でぬくぬくするっしょ!」
子どもたちは大喜び。
「だべさー!」
「もう一回言って!」
「彩芽ちゃん元気!」
彩芽はさらに調子に乗る。
「みんなも温泉であったまるべさ!」
伊織は隣で微笑みながら、きちんと締める。
「沖縄代表の金城伊織です。北海道と沖縄では気候も言葉も違いますが、今日は一緒に栃木を楽しみに来ました」
彩芽が子どもたちに分かりやすく、伊織が落ち着いて補足する。
この組み合わせは意外と強かった。
結花も遠くから見て、嬉しそうに頷く。
「彩芽ちゃん、子どもに強いですね」
すみれコーチは腕を組んだ。
「元気だけは無限だからな」
伊織が柔らかく言う。
「その元気が、ちゃんと届いています」
すみれは少しだけ目を細めた。
午後の後半は、地元物産紹介コーナーだった。
とちおとめ系の菓子、湯波、たまり漬け、温泉まんじゅう、佐野ラーメン土産、地元の地酒、そしてなぜか妙に目立つレモン牛乳関連商品。
ここで担当になったのが、澪と沙羅だった。
沙羅は都会的な雰囲気で、きちんと商品を紹介しようとする。
「こちらは栃木名物のたまり漬けです。ご飯のお供にも、お酒のおつまみにも――」
その横で澪が、試食を一口食べて言った。
「この漬物、美味しいよ。多分」
沙羅が固まる。
「多分って何よ」
しかし、客が買う。
「じゃあ一つください」
「素朴な感想が逆に信用できる」
「食べてみようかな」
沙羅は信じられない顔をした。
「今の説明で売れるの?」
澪はレモン牛乳を手に取って、ぼーっと言う。
「レモン牛乳、好きなんだよね。川崎ではあんまり見かけないんだ。帰りに買っていくよ」
それだけで、また売れた。
「じゃあ私も」
「懐かしい感じがする」
「子どもに買って帰ろう」
沙羅は小春に顔を向けた。
「澪って、何なの?」
小春も半分呆れ、半分感心して言う。
「分かんないっす。でも、売れてるんすよね」
澪は相変わらず掴みどころがない。
「温泉まんじゅうも買うよ」
「あなた、自分の買い物を実況してるだけじゃない!」
その頃、地酒試飲コーナーでは、別の意味で盛り上がっていた。
波田顧問、隼人補佐官、まさにゃんが、すでに良い感じになっていたのである。
波田顧問は観光客の男性と肩を並べ、
「いやぁ、栃木の酒もなかなかやるねぇ!」
と笑っている。
隼人補佐官は妙に真面目な顔で、
「地域振興において地酒の試飲は重要な体験型PRでして」
と語りながら、しっかり飲んでいる。
まさにゃんは、
「この辛口、宴会向きやなぁ。いや、意見交換会向きや」
と言って、すでに言い訳の精度が落ちていた。
遥室長が飛んできた。
「もう、あんたたち何してるのらぁ~!」
怒っている。
かなり怒っている。
しかし、穏やかな駿河弁が混じっているので、観光客には「優しい静岡のお姉さんが酔っ払い三人をたしなめている」ようにしか見えない。
波田顧問は笑う。
「遥ちゃん、これも地元物産紹介だよ」
遥は頬を膨らませた。
「紹介じゃなくて消費してるだよ!」
佳乃が後ろから冷たく言う。
「試飲の範囲を超えた分は自己負担です」
三人は一瞬で姿勢を正した。
まさにゃんが小声で言う。
「佳乃ちゃんの方が怖いな」
隼人も頷く。
「財務省のスパイ説、説得力があります」
佳乃は聞こえていた。
「誰がスパイですか」
こうして、栃木県内観光PRコーナーは、予想以上に盛り上がった。
結花の真面目な観光案内。
陽菜の人だかり。
詩織のご当地ソング。
グレースフォースの優雅な説明。
彩芽と伊織の北南ヒロイン紹介。
澪の謎すぎる物産紹介。
沙羅と小春のツッコミ。
そして、地酒に吸い込まれるフロントのおじさん三人。
真帆は手帳を閉じて言った。
「地域振興イベントとしては、かなり成立しています」
佳乃も少し悔しそうに頷く。
「物産売上も悪くありません。費用対効果は説明できます」
遥室長はため息をついた。
「悔しいけど、隼人補佐官の企画、成功してるだよ」
隼人は少しだけ胸を張ったが、地酒の件で遥に睨まれ、すぐに背筋を正した。
夕方、一行は観光PRコーナーを後にした。
次に向かうのは、宿泊先でもあり、夜のイベント会場でもある温泉ホテル。
大宴会場では、この日のメインである**「戦隊ヒロイン大集合 in 鬼怒川温泉」**が待っている。
小春が歩きながら声を弾ませた。
「いやー、足湯、観光PR、物産展。ここまで完全に地域振興っすね!」
沙羅が澪を見ながら言う。
「澪の謎PRで物産が売れたのは納得いかないけどね」
澪はレモン牛乳を抱えて言った。
「美味しいからいいじゃん」
結花は笑った。
「皆さんのおかげで、栃木のPRになりました」
遥室長は温泉ホテルの方を見た。
「問題は夜だよ。宴会場ステージと夕食と、その後の大人たちの暴走管理だよ……」
波田顧問が上機嫌で言う。
「大丈夫だって。温泉地の夜は長ぇんだ」
真帆が即座に返す。
「その発言が一番危険です」
鬼怒川温泉の夕暮れに、湯けむりと不穏な予感が漂う。
地域振興イベントは、ここまでは大成功。
だが本番は、まだ夜に残っていた。




