だべさとさー、三郷ジャンクションで迷子になる――北の突撃妹、土佐の擬音指令で覚醒する
埼玉県三郷市。
東京、千葉、埼玉の境目に近く、川と道路と物流の気配が複雑に絡み合う街である。江戸川、中川、大場川の水辺があり、巨大なジャンクションがあり、物流倉庫があり、大型商業施設があり、住宅地もある。
「通過点」と言われがちだが、実は首都圏の人と物の流れを支える、かなり重要な場所だった。
ただし、道はややこしい。
高架、側道、橋、合流、分岐、また合流。
方向音痴が来ると、目的地より先に自分の人生を見失いそうになる。
その三郷周辺で、ジェネラス・リンクの小型車両が偽装データ端末を運び出すという情報が入った。
任務に参加したのは、高城彩芽、金城伊織、館山みのり、月島小春、柏木理世、水無瀬澪、そして土佐の突進娘・神代なつめ。
今回はみのりが全体指揮。
理世が立案した作戦は、伊織と彩芽となつめの三人で最終的に決める形だった。
作戦会議で、理世は地図を広げた。
「今回の敵は、三郷周辺の複雑な道路網を利用して逃走します。無理に追うと一般車両を巻き込みます。追いかけるのではなく、逃げ道を消します」
彩芽は地図を見て、すでに目が泳いでいた。
「ここ、道がぐるぐるしすぎだべさ。敵より先に私が迷子になるっしょ」
小春が笑う。
「自覚あるだけ成長っすね」
伊織は落ち着いて彩芽に説明する。
「彩芽は、この橋の手前で待つ。敵が来ても追わない。私が“今”と言ったら横から入る」
彩芽は真剣に復唱する。
「橋の前で待つ、追わない、今でドーンだべさ」
「うん。それでいいさ」
なつめが横から割って入る。
「彩芽、難しく考えんでえいき。敵がビューッと来たら、伊織がスッと止める。そこへ彩芽がドーンじゃき」
彩芽の顔がぱっと明るくなった。
「なつめさん、なまら分かりやすいべさ!」
理世が小さくメモする。
「彩芽さんには、擬音交じりの指示が有効……」
伊織も真剣に頷いた。
「なるほど。言語化の段階を相手に合わせる必要があるんですね」
小春が吹き出す。
「伊織さん、教育実習みたいな顔してますよ」
みのりは柔らかく微笑んだ。
「でも、大事なことですね。彩芽さんが理解しやすい形で伝えるのは、連携として有効です」
澪は地図をぼんやり見つめていた。
「ここ、川が多いね」
理世は即答する。
「澪さんは、今回も指定位置にいてください」
「また、いるだけ?」
「はい。いてください」
澪は納得したように頷いた。
「分かった。薄くいるね」
小春が小声で言う。
「澪さん、存在感の薄さがもう戦術になってるんすよね」
任務開始。
三郷ジャンクション近くの側道。
敵の小型車両は、物流施設を抜けて橋方面へ向かっていた。
みのりの声がインカムに入る。
「対象車両、確認しました。小春さん、手前の歩行者導線を整理してください。なつめさん、伊織さん、彩芽さん、予定位置へ」
小春は通行人へ明るく声をかける。
「はいはーい、こちら少し混み合いますので、ゆっくり右側お願いしまーす! 走らないでくださーい! 小春ちゃんからのお願いでーす!」
地味な誘導でも、小春がやると妙にイベントっぽくなる。
一方、彩芽は橋の手前で待機していた。
しかし、遠くに敵車両が見えた瞬間、足が勝手に前へ出る。
「来たべさ……行くべさ……いや待つべさ……でも行きたいべさ……」
伊織がすぐに気づいた。
「彩芽、まだ。今出ると車道側へ流れるさ」
彩芽は自分の足に向かって小声で言う。
「まだだべさ。足、まだだべさ」
小春がインカム越しに笑いをこらえる。
「足に説得してる! 彩芽ちゃん、足と会議してる!」
なつめは真剣に彩芽へ声をかけた。
「彩芽、今はグッと溜めるがじゃ。敵がグルッと曲がって、スッと詰まったら、そこでドーンじゃき」
彩芽は大きく頷いた。
「グッ、グルッ、スッ、ドーンだべさ!」
伊織は感心していた。
「すごい。彩芽が完全に理解してる」
理世が冷静に言う。
「内容はかなり抽象的ですが、本人の理解度は高そうです」
澪は予定位置に立っていた。
本当に立っているだけだった。
だが、敵車両が裏道へ逃げようとした先に、なぜか澪がいた。
運転手が一瞬、困惑する。
「何だ、あの人……」
澪はぼんやり手を上げた。
「そっち、行かない方がいいよ」
その一言に、敵車両が減速する。
別に強く止めたわけではない。
ただ、あまりにも自然にそこにいたので、運転手の判断が半秒遅れた。
みのりが即座に指示する。
「今です。伊織さん、左側へ。なつめさん、圧をかけてください」
伊織が静かに動く。
「逃げても無駄さ。ここで止まって」
なつめが反対側から駆け込む。
「ほらほら、そっちはギュンと詰まっちゅうき! こっち来たらガツンじゃき!」
敵がまた混乱した。
「ギュン? ガツン? 何なんだこいつら!」
彩芽は目を輝かせる。
「なつめさんの言葉、なまら分かるべさ!」
伊織は少し笑う。
「敵は分かっていないみたいだけどね」
敵の車が橋の手前で止まり、逃走者が飛び出した。
彩芽が反射的に走り出そうとする。
「今だべさ!」
伊織が短く言う。
「まだ」
なつめも叫ぶ。
「彩芽、まだグッじゃき!」
彩芽は歯を食いしばって止まった。
「グッだべさ……グッだべさ……!」
逃走者は伊織へ意識を向ける。
伊織は距離を詰めすぎず、相手の動きを制限した。
なつめが右側を塞ぎ、澪がなぜか逃げ道の奥に立っている。
みのりが冷静に告げる。
「彩芽さん、進路安全。伊織さん、合図を」
伊織が彩芽を見た。
「彩芽、今」
なつめも同時に叫ぶ。
「ドーンじゃき!」
彩芽が弾けた。
「待ってたべさ!」
北の突撃妹が、橋の手前から安全な角度で飛び出す。
今回は車道へは出ない。伊織が示した歩道側の導線。なつめが作った圧。みのりが見た全体のタイミング。そこを彩芽は迷わず突いた。
「ここまでだべさ!」
逃走者は伊織、なつめ、彩芽の三方向から挟まれ、あっさり動きを止められた。
小春が遠くから両手を上げる。
「はい、任務完了ー! 三郷ジャンクションより複雑な方言連携、決まりましたー!」
みのりはインカムを外し、ほっと息をついた。
「対象確保。一般車両の巻き込みなし。歩行者導線も維持できました。良好です」
理世もタブレットを閉じる。
「計画通りです。ただし、なつめさんの擬音指示が想定以上に彩芽さんへ有効でした。今後の教育資料に反映します」
なつめは笑った。
「彩芽は体で覚えるタイプじゃき。ビューッ、グッ、ドーンで分かるがよ」
伊織は真剣に頷いた。
「勉強になります。彩芽みたいなアスリートタイプには、言葉を整理しすぎるより、動きの感覚で伝えた方が通りやすいんですね」
彩芽は照れくさそうに頭をかいた。
「伊織ちゃんとなつめさんのおかげだべさ。私、今日はちゃんと待てたっしょ」
小春が駆け寄ってきて、彩芽の肩を叩いた。
「彩芽ちゃん、今回も上手くいったねね!」
彩芽は満面の笑顔になったが、珍しく少し遠慮した。
「なつめさんのお陰です。ドーンのタイミング、なまら分かりやすかったべさ」
なつめは豪快に笑う。
「いやいや、彩芽がドーンと出るタイミングが良かったがよ。ちゃんとグッと待てたき、決まったんじゃき」
彩芽はさらに照れた。
「なつめさんに褒められたべさ……」
伊織も優しく言う。
「彩芽、今日の良かったところは、自分で止まろうとしていたところです。足に“まだだべさ”って言っていたのも、ちゃんと意識できていた証拠さ」
小春が爆笑する。
「足に説得が評価される現場、初めて見ました!」
澪は相変わらず、川の方を見ていた。
「水、流れてるね」
小春が突っ込む。
「澪さん、任務の感想それですか?」
「あと、車がいっぱいだった」
「小学生の日記みたいっす!」
だが、澪が何もしていないわけではなかった。
あの一瞬、逃走車両の行き先にぼんやり立っていたことで、相手の判断が遅れた。
みのりはちゃんと見ていた。
「澪さんの位置取りも有効でした。相手が一瞬迷いましたから」
澪は首をかしげる。
「私、迷わせたの?」
「はい」
「じゃあ役に立ったね」
「はい」
澪は少し満足そうに頷いた。
全体を統括したみのりも、今回は手応えを感じていた。
彩芽が待てた。
伊織が相手に合わせて指導できた。
なつめの感覚的な指示がチームに活きた。
小春は現場を明るく保ち、理世は作戦精度を支え、澪は謎に効いた。
みのりは穏やかに言った。
「良い任務でした。全員が持ち味を出せましたね」
彩芽は元気よく手を上げる。
「私、三郷で迷子にならなかったべさ!」
伊織が笑う。
「それも成長さ」
小春がすかさず言う。
「北のだべさ、南のさー、土佐のじゃき。三郷の道路より言葉が渋滞してましたね」
なつめが胸を張る。
「渋滞しちょっても、最後にドーンと抜けたき問題ないがよ!」
理世は淡々とまとめる。
「作戦上は問題ありません。ただし、次回から擬音指示は事前に共有してください」
彩芽は真顔で頷いた。
「共有するべさ。グッ、グルッ、スッ、ドーンだべさ」
伊織は少し困ったように笑いながらも、メモを取った。
「……彩芽用指示語として記録しておきます」
三郷の水辺に、夕方の光が差していた。
高速道路の高架の向こうで車が流れ、川の水面がゆっくり光る。
北の突撃妹・彩芽。
南の優等生・伊織。
そして土佐の突進娘・なつめ。
理屈、感覚、勢い。
三つが噛み合うと、意外なほど強かった。
彩芽は伊織となつめの間で、照れたように笑った。
「次も、伊織ちゃんが“今”って言って、なつめさんが“ドーン”って言ってくれたら、私、ちゃんと行けるべさ」
伊織は優しく頷いた。
「でも、その前に待つ練習もしようね」
なつめも笑う。
「グッと待つのも技じゃき」
彩芽は拳を握る。
「グッも技だべさ!」
小春が締める。
「新技、グッからのドーン。地味に成長してますね!」
みのりは満足げに微笑み、澪はまた川を見ていた。
「水、まだ流れてるね」
最後まで掴みどころのない澪の一言に、全員が笑った。




