牛久大仏より先に立て!――高城彩芽、南の優等生に導かれて“待てる突撃妹”になる
茨城県牛久市。
都心からそう遠くないのに、どこか空が広い。住宅地と田園、物流施設と郊外型店舗がゆるやかに混ざり、そして何より、街の存在感を一気に持っていく巨大な大仏がいる。
牛久大仏。
見上げるというより、見上げさせられる。
遠くからでも分かる。
近づけばなおさら分かる。
「でかい」という言葉以外、最初の感想が出てこない。
その牛久市郊外の物流ヤードで、ジェネラス・リンクの偽装資材積み替えが行われているという情報が入った。
参加したのは、高城彩芽、金城伊織、太田すみれコーチ、月島小春、柏木理世、水無瀬澪。
すみれコーチは今回は全体指揮。
理世が作戦を立案し、伊織と彩芽の最北・最南アタッカーコンビに最後を決めさせる形だった。
物流ヤード近くに到着した瞬間、彩芽は大仏を見て目を丸くした。
「なまらデカいべさ! あれ味方なら、もう勝ち確だっしょ!」
小春が吹き出す。
「彩芽ちゃん、牛久大仏を戦力計算に入れないでください」
伊織も穏やかに言った。
「彩芽、大仏様は作戦に参加しないさ」
「でも、見てるだけで敵がビビるべさ!」
澪はぼんやり空を見上げてつぶやいた。
「大仏、デカすぎ」
理世が資料を開いた。
「では、作戦確認に入ります」
澪はまだ大仏を見ていた。
「大仏、デカすぎ」
「澪さん、二回目ですよ」
小春が突っ込むが、澪は気にしない。
理世は地図を指し示す。
「敵は物流ヤード奥の資材置き場で積み替えを行います。正面から押すと、フォークリフトの稼働エリアに入るため危険です。小春さんが手前で敵の注意を引き、伊織さんが側面導線を読んで、彩芽さんを最終突破に使います」
彩芽が胸を張る。
「つまり私がドーンだべさ!」
理世は少しだけ間を置いた。
「表現は雑ですが、最終制圧は彩芽さんです」
「やったべさ!」
すみれコーチは腕を組んだ。
「ただし、合図まで待て。勝手に飛び出したら任務後に説教だ」
彩芽は姿勢を正した。
「はいっ! 伊織ちゃんの合図まで足を地面に接着しとくべさ!」
伊織はにこっと笑った。
「うん。それで大丈夫さ。彩芽は最後に出た方が一番強い」
彩芽の顔がぱっと明るくなる。
「伊織ちゃん、私のこと分かってるべさ!」
すみれは小声で小春に言った。
「伊織、彩芽の扱いが上手くなってきたな」
小春も頷く。
「先生見習い感ありますね。すみれコーチだと“待て!”で終わるところ、伊織さんは“最後に出た方が強い”って言うから彩芽ちゃんが喜ぶんすよ」
「私は悪かったのか?」
「いや、鬼教官としては正解っす」
「褒めてねえだろ」
任務が始まった。
小春は、物流ヤード入口付近で軽やかに動いた。
「はいはーい、怪しい積み替え作業の皆さん、こちら月島小春ちゃんでーす! 逃げるなら今のうち、でも逃がしませーん!」
敵が小春の挑発に反応する。
「なんだあいつは!」
「陽動だ、構うな!」
構うなと言いながら、完全に構っている。小春の派手な動きは、敵の目を引くには十分だった。
理世がインカムで指示を飛ばす。
「小春さん、敵を中央寄りへ。伊織さん、フォークリフト導線を確認してください」
伊織は倉庫横から状況を見ていた。
「右側は危ないさ。フォークリフトが死角から来る。彩芽、まだ動かないで」
彩芽はすでに半歩出ていた。
「まだ動いてないべさ!」
「右足が出てるさ」
彩芽は足元を見て驚く。
「ほんとだべさ!」
すみれが頭を抱える。
「自分の足を他人に管理されるな」
その直後、フォークリフトが倉庫裏からゆっくり出てきた。
もし彩芽が飛び出していれば、かなり危なかった。
彩芽は伊織を見て、目を輝かせた。
「伊織ちゃん、なまら見えてるべさ……!」
伊織は静かに答える。
「彩芽の勢いはすごい。だから、危ない場所で使うともったいないさ」
その言葉に、彩芽はますますやる気になった。
「もったいないべさ! 私、良いところでドーンするっしょ!」
小春がインカム越しに笑う。
「彩芽ちゃん、褒めるとちゃんと待つんすね」
すみれがぼやく。
「私が言うと反抗するんだがな」
理世は冷静に言った。
「教育手法の違いですね」
澪はコンテナの影でぼんやり立っていた。
ほぼ役に立っていないように見える。
だが、敵が裏道へ抜けようとした時、そこに澪がいた。
「そっちは通れないよ」
敵は足を止めた。
「誰だ、お前!」
澪は少し考えた。
「地元じゃないけど、いる人」
小春がインカムで吹き出す。
「澪さん、自己紹介が薄すぎる!」
だが、その一瞬で敵の逃走線は潰れた。
みのりはいない今回、理世が全体の流れを見ていた。
敵は小春に引っ張られ、澪に逃げ道を塞がれ、伊織に側面を読まれ、徐々に中央の空きスペースへ追い込まれていく。
伊織が短く言った。
「彩芽、三秒だけ前に出て、声を出して。追わないで」
「三秒だけドーンだべさ?」
「そう。三秒だけドーン」
彩芽は嬉しそうに飛び出した。
「こっちだべさ! 悪いことするなら牛久大仏様に見られてるっしょ!」
敵が一斉に彩芽を見る。
「何だこの札幌弁!」
「牛久なのに北海道かよ!」
三秒。
伊織が言った。
「戻って」
彩芽はぴたりと止まった。
「戻ったべさ!」
すみれが驚いた。
「止まった……」
小春も驚く。
「彩芽ちゃんが三秒で戻った! 今日は記念日っす!」
彩芽は得意げだ。
「私、伊織ちゃんの言うこと聞けるべさ!」
伊織は少し照れながらも、目は現場から離さない。
「敵が中央へ寄った。次で決めるさ」
理世が頷く。
「想定通りです。伊織さん、彩芽さん、最終制圧へ」
敵の一人が車両へ走ろうとする。
伊織が先に横へ入った。
「逃げ道はないさ」
相手が伊織へ意識を向けた瞬間、伊織が短く言う。
「彩芽、今」
彩芽は待っていた。
「待ってたべさ!」
小柄な体が一直線に走る。
ただし、今回は闇雲ではない。伊織が見極めた安全な角度。理世が読んだ導線。すみれが後方から見守る範囲。そこを彩芽は迷わず突っ込んだ。
「ここまでだべさ!」
敵は反応しきれず、伊織と彩芽に挟まれた。
すみれコーチが最後に一歩前へ出る。
「よし、終わりだ」
任務完了。
理世はタブレットを閉じた。
「被害なし。対象確保。彩芽さんの突破タイミング、良好です」
彩芽は飛び上がった。
「良好もらったべさ!」
小春が駆け寄る。
「彩芽ちゃん、やったね!」
彩芽は何も考えず、素直に満面の笑顔になった。
「やったべさ! 私、伊織ちゃんの合図まで待てたっしょ!」
小春は拍手する。
「すごいっす! 三秒ドーン、大成功!」
彩芽はますます嬉しそうに胸を張る。
「三秒ドーン、私の新技だべさ!」
すみれが即座に言う。
「技名にするな」
伊織はその様子を見て、満足げに微笑んでいた。
自分が指示した通りに彩芽が待ち、最高のタイミングで動き、成功体験を得た。
教員を目指す伊織にとって、それは任務成功以上に嬉しいことだった。
澪は相変わらず遠くを見ていた。
「大仏、デカすぎ」
小春が笑う。
「澪さん、本日の感想それだけですか?」
「うん。あと、彩芽が走ってた」
「薄い! 感想が薄い!」
任務後、すみれコーチは伊織を少し離れた場所へ呼んだ。
「伊織」
「はい」
すみれは彩芽を見た。
彩芽は小春と一緒に、まだ「三秒ドーン」のポーズを研究している。
「彩芽のことは任せた。あの子、伸びしろしかないから育て甲斐あるよ」
伊織は明るく頷いた。
「はい。彩芽は、ちゃんと待てた時にすごく強いです。自信をつけながら、危ない方向に行かないように見ていきます」
すみれは少しだけ目を細めた。
「頼もしいな。教師向きだ」
伊織は照れたように笑った。
「ありがとうございます。私も、彩芽と組むと学ぶことが多いです」
「学ぶこと?」
「どう伝えれば相手が前向きに動けるか、考えるようになります」
すみれは頷いた。
「いい先生になるよ」
その言葉に、伊織は少しだけ胸を張った。
近くでは、彩芽が小春に向かって叫んでいた。
「小春ちゃん、見て見て! 三秒ドーン改だべさ!」
すみれがすぐに怒鳴る。
「改にするな!」
伊織は笑った。
牛久大仏の大きな影が、遠くに見えていた。
最北の突撃妹と、最南の優等生。
勢いと理論。
だべさとさー。
ドーンとスッ。
二人はまるで違う。
だが、違うからこそ、噛み合い始めていた。
彩芽は今日、待てた。
伊織は今日、育てる喜びを知った。
そして澪は最後まで、
「大仏、デカすぎ」
と言っていた。
それもまた、牛久任務らしい締めだった。




