安全確認済、川崎で爆売れ確認中!――伊吹真白、薄幸美少女の顔で美音グッズまで売り切る
川崎駅西口の大型ショッピングモールは、朝から妙な熱気に包まれていた。
かつてこの一帯は、どこか暗く、工場町の裏側のような印象を持たれることも多かった。だが今は違う。駅前には広い商業施設、芝生の広場、家族連れ、若者、買い物客、イベント目当てのファンが集まり、川崎で最も勢いのあるエリアと言っていいほど明るい空気に満ちている。
その広場で、戦隊ヒロインイベントが開催されることになった。
出演は、豊後の保安ヒロイン・首藤凪。地元川崎の水無瀬澪。濃尾の秘密兵器・伊吹真白。MCの月島小春。秋田県にかほ市出身だが麻生区在住の阿部柚葉。八戸市出身だが川崎区在住の蛯沢紗耶。館山みのり、南部沙羅、高島里奈、白石陽菜、松本美紀。首都圏、とくに川崎・横浜近辺在住組が多く、地元密着感も強い。
ところが、イベント開始前から会場はすでに大混雑だった。
特設テントの物販コーナーには長蛇の列。陽菜のアクリルスタンド、みのりのクリアファイル、美月のツインテール風キーホルダーは飛ぶように売れている。なぜか一緒に並んでいる船橋産朝どれいちごも売れている。さらに、大宮ふとん店謹製の麗奈ちゃんまくらカバーまで完売寸前だった。
小春が物販テントを見て叫ぶ。
「なんで戦隊ヒロインイベントで、いちごと枕カバーが売れてんすか!」
里奈が冷静に答える。
「売れるものは売れるんです。現場では理屈より動きです」
ただし、河合美音のグッズだけは、相変わらず売れ行きが鈍かった。
沙羅が腕を組む。
「美音さん、実力はあるのにグッズになると地味なのよね」
柚葉が申し訳なさそうに言う。
「デザインも悪くないんですけど……」
美紀が小声で、
「全盛期の阪急みたいな渋さがありますね」
と言って、誰にも拾われなかった。
その横で、凪は別のところを見ていた。
「列の導線が悪いです」
里奈もすぐに頷く。
「最後尾が通路を塞ぎかけていますね。ベビーカーの動線と交差しています」
凪と里奈は、即座に列整理を始めた。
「最後尾札を三メートル右へ」
「テント横は通さず、芝生側へ流しましょう」
「非常口表示の前には立たないでください」
「いちご購入列とグッズ購入列は分けます」
小春が呆れる。
「イベント始まる前から、凪さんと里奈さんが現場制圧してる……」
凪は真顔で言う。
「物販も安全管理の対象です」
そんな整理された導線の一角で、いよいよ本日の新商品が登場した。
首藤凪監修・安全確認済シリーズ。
通常シール、耐水ステッカー、反射ステッカー、車両用マグネット。
佐賀関版には関サバと関アジの小さなシルエット入り。
キャッチコピーは、「貼る前に、ひと確認。」
凪は商品台の前で少し複雑そうに立っていた。
「本当に売れるのでしょうか」
真白は静かに答える。
「売れます。安全は需要があります」
小柄で、薄幸の美少女のような儚い見た目。
しかし、近江商人・堀井寿葉に鍛えられた真白の目は、完全に商売人だった。
真白は小さな木箱の上に立ち、美濃弁交じりの独特な口上を始めた。
「さあさあ、寄ってってちょうだゃあ。こちら首藤凪さん監修、安全確認済シリーズやて。水筒に貼ってよし、自転車に貼ってよし、推し棚に貼ってよし。貼るだけやないで、貼る前にちゃんと見る。これが大事なんやわ」
川崎市民が足を止める。
「なんか面白い」
「あの子、かわいいのに口上が渋い」
「安全確認済って何?」
「推し棚用に欲しい」
真白はさらに畳みかける。
「反射ステッカーは夜道にもええよ。耐水版は傘にも水筒にも強いんやて。車両用マグネットはお仕事にも使えるでね。凪さん監修やで、そこらの適当なシールとは違うんやわ」
凪が小声で訂正する。
「適切な使用をお願いします」
真白は即座に拾う。
「ほら、監修者からも適切使用のお願いやて。信用が違うわ!」
小春が目を丸くする。
「真白さん、凪さんの堅いコメントまで売り文句にしてる!」
安全確認済グッズは、あっという間に売れ始めた。
親子連れが買う。
自転車通学の子どもを持つ母親が買う。
イベントスタッフがまとめ買いする。
推し活女子が「棚に貼る」と買う。
なぜか町工場の社長風の男性が車両用マグネットを五枚買う。
凪は戸惑う。
「本当に必要とされています」
真白は静かに頷く。
「必要なものを、必要な人に届ける。それが商いです」
沙羅が呆れた顔で言う。
「見た目は儚いのに、中身が完全に商人なのよ」
そして、販売開始から一時間もしないうちに、初回分は完売した。
小春が叫ぶ。
「安全確認済、完売確認済でーす!」
客席から拍手が起きる。
だが、真白はまだ止まらなかった。
「売るものがなくなりました」
凪が言う。
「では販売終了ですね」
真白は首を振る。
「いいえ。売り場は温まっています。次に売れるものを売ります」
彼女の目が、美音グッズの在庫箱に向いた。
小春が察する。
「あっ」
真白は美音のクリアファイルを手に取った。
「こちら、遠州の勇者・河合美音さんのグッズやて。派手さは少ない。でも見てちょうだゃあ、この堅実さ。船舶免許、大型二輪、音楽、全部できる。地味やない、滋味や」
「滋味って言った!」
小春が吹き出す。
真白は続ける。
「派手な甘さはない。でも噛むほど味が出る。全盛期の名門野球チームみたいな渋さやて。今買わな、あとで“分かっとった人”になれんよ」
なぜか売れた。
美音グッズが、売れ始めた。
沙羅が目を見開く。
「嘘でしょ……」
里奈が感心する。
「売り方ですね。商品価値の見せ方が上手い」
凪は真面目に言う。
「美音さんの安全性も確認済、ということでしょうか」
小春が笑う。
「凪さん、それは別商品です!」
やがて、美音グッズまで完売した。
イベント開始前から、会場は完全に温まっていた。
そこへ現れたのが、水無瀬澪後援会である。
サックスブルーのTシャツを揃えた一団が、なぜか統率の取れた拍手で会場を盛り上げている。
「澪ちゃーん!」
「今日も安全確認済ー!」
「川崎の宝ー!」
澪本人は、ぼんやり手を振る。
「ありがとう。私、安全確認されたの?」
凪が真顔で答える。
「少なくとも現時点で異常はありません」
澪は頷いた。
「じゃあ大丈夫だね」
小春がマイクを握る。
「さあ、物販はすでに異様な盛り上がり! 澪後援会もサックスブルーで気合十分! 川崎西口、今日も最高にアツいっす!」
イベント本編も大成功だった。
陽菜の登場には大歓声。
みのりの落ち着いた挨拶に拍手。
沙羅は高飛車ながらも場を締め、柚葉と紗耶は地元在住組として親近感を出す。
美紀は緊張しながらも救護班の紹介でしっかり役目を果たした。
そして凪は、最後に真面目に言った。
「グッズを購入された方は、貼る前に必ず確認してください。確認せずに貼るものではありません」
客席から笑いと拍手が起きた。
後日、水無瀬澪後援会の会報、**『MIO REPORT』**が発行された。
一面には大きく、
大分市佐賀関発! 安全確認済グッズが川崎で登場!!
と書かれていた。
川崎市とはあまり関係ない。
さらに中面には、
澪も安全確認済? 川崎西口イベント大盛況
26日はフロの日! 市内スーパー銭湯イベント案内
地域猫譲渡会のお知らせ
市バス乗車マナー向上へ 後援会からお願い
美音グッズ完売、真白口上の謎に迫る
という記事が並ぶ。
もはや後援会報というより、市民生活情報紙だった。
澪は会報を読んで首をかしげた。
「私の記事、少なくない?」
小春が笑う。
「澪さんの後援会、地域密着しすぎなんすよ」
凪は紙面の「澪も安全確認済」という見出しを見て、少し考え込んだ。
「この表記は、確認主体が不明確です」
真白が即座に言う。
「次号から監修しましょう」
沙羅が呆れる。
「安全確認済が、後援会報にまで侵食しているわ」
こうして、首藤凪と伊吹真白の「安全確認済」グッズは、川崎西口でまさかの完売を記録した。
地味すぎる実用グッズ。
薄幸美少女風の真白による美濃弁の啖呵売り。
凪の堅すぎる監修。
そして、なぜか完売した美音グッズ。
派手な必殺技はない。
だが、売れた。
しかも、少しだけ世の中の安全意識も上がった気がする。
これぞ三方良し。
そして川崎西口は、今日も異様にアツかった。




