安全確認済、商い確認中 ― 首藤凪と伊吹真白、近江八幡で“三方良し”グッズ会議
滋賀県近江八幡市。
水郷と古い商家町が残るこの町は、派手さで押す土地ではない。白壁の蔵、静かな堀、天秤棒を担いで全国へ商いに出た近江商人の気配。ここには「売れれば勝ち」ではなく、「売り手良し、買い手良し、世間良し」という、少し古風で、しかし恐ろしく強い商いの思想が根付いていた。
その町にある老舗中堅商社、堀井商会。
戦隊ヒロイングッズの制作でも知られ、最近は「実用性が高いのか、ふざけているのか分からないが、なぜか売れる」商品を連発している。そこへこの日、豊後の保安ヒロイン・首藤凪と、濃尾の秘密兵器・伊吹真白が訪れていた。
真白は少し緊張していた。
「凪さん、師匠には以前から話を通しています。安全確認済グッズ、きっと前向きに見てくださるはずです」
凪は資料ファイルを抱え、いつも通り真面目な顔で頷く。
「ありがとうございます。ただし、“安全確認済”という言葉は誤用されると危険です。グッズ化するなら、表記と使用目的を明確にする必要があります」
「はい。そこも師匠が見てくださいます」
「堀井さんは、現役戦隊ヒロインでもあり、育成部門にも関わっている方でしたね」
「はい。私に天秤行商を叩き込んでくださった、頭の上がらない師匠です」
真白はそう言って、さらに背筋を伸ばした。
受付を抜け、奥の会議室へ入ると、堀井寿葉がすでに待っていた。
元小学校教諭。
現在は実家の堀井商会を継ぎ、戦隊ヒロイングッズを手掛けながら、戦隊ヒロインプロジェクトの育成部門にも関わる近江商人ヒロインである。
寿葉はにこやかに迎えた。
「よう来てくれはったなぁ。真白、凪さん、座って座って。今日は堅い会議やなくて、ええもん作る相談や」
凪は丁寧に頭を下げる。
「首藤凪です。本日は『安全確認済』表示物の商品化について、適正な運用と安全啓発の観点からご相談に参りました」
寿葉は笑った。
「うん、第一声から硬いなぁ。けど、そこが凪さんの信用やね」
真白が持参したサンプルを机に並べる。
黒文字のシンプルなシール。
耐水ステッカー。
反射素材の試作品。
小さなキーホルダー案。
車両用マグネット案。
中央には、凪と安岡真帆がもともと実務用に作った文字がある。
安全確認済
寿葉はそれを見て、目を細めた。
「これな、前に真白から聞いた時から思ってたんやけど、ええわ。地味やけど、強い」
凪は少し困った顔をする。
「地味であることは認識しています。戦隊ヒロイングッズとしては華やかさが不足しているかと」
寿葉は首を振る。
「華やかなもんは他にもある。これは“安心”を売るグッズや。現役ヒロインの目線で見ても、こういうのは必要やと思う。イベントでも、任務でも、子ども向け講習でも使える」
真白が嬉しそうに頷く。
「師匠、やはり商品化できますか」
「できる。ただし、遊びすぎたらあかん」
寿葉は急に近江商人の顔になった。
「“安全確認済”いう言葉は重い。なんでもかんでも貼ったら、逆に信用を落とす。買う人が楽しめて、使う時に少し安全を意識して、世間にもええ影響がある。三方良しにせなあかん」
凪は深く頷いた。
「同意します。貼ること自体より、貼る前に確認する行動を促したいです」
「それや」
寿葉は机を軽く叩いた。
「商品コピーは、“貼る前に、ひと確認。”でどうや」
真白は即座にメモを取る。
「貼る前に、ひと確認。良いです」
凪も静かに言う。
「良好です」
寿葉は笑った。
「凪さんの“良好”出たな。これは採用や」
そこから会議は、堅いはずなのに妙に女子会のようなノリになった。
真白がデザイン案を出す。
「基本版は黒文字で業務用に近く。子ども向けは丸みのあるフォント。イベント限定版は保安帽アイコン入りです」
凪が即座に反応する。
「私の顔写真は不要です」
「顔写真ではありません。保安帽です」
「保安帽なら検討可能です」
寿葉が吹き出す。
「そこはええんや」
真白はさらに別案を出す。
「佐賀関版には、関サバと関アジの小さなシルエットを入れます」
凪の目が少しだけ輝いた。
「関サバ、関アジは重要です」
「大分物産展での反応も良好でした。地域限定版として展開できます」
寿葉がうなずく。
「地元PRにもなる。ええやん。凪さんが監修するなら、魚のシルエットにも厳しそうやけど」
凪は真面目に答える。
「関サバと関アジの違いが曖昧な図案は避けたいです」
真白がすぐにメモする。
「魚影監修、必要」
寿葉が笑いをこらえる。
「安全確認済グッズで魚影監修まで入るとは思わんかったわ」
次は素材の話になった。
真白がサンプルを示す。
「通常シール、耐水版、反射ステッカー、車両用マグネットの四種類を想定しています」
凪は反射ステッカーを手に取る。
「夜間視認性は良いですが、公式安全表示と誤認されないよう注意書きが必要です」
寿葉が言う。
「ほな、“これは公的表示ではありません”を裏面に入れよか」
「必要です」
「真面目やなぁ。でも、そこが信用になる」
真白は車両用マグネットの案を見せる。
「物流関係向けに、“導線確保”“停車位置良好”“積載確認済”も派生できます」
凪は少し考える。
「“積載確認済”は責任範囲が広がります。表記は慎重に」
寿葉が腕を組む。
「これは現場用としては売れる。ただ、一般向けには難しいな。まずは“安全確認済”一本で信用を作ろか」
真白は頷く。
「はい。初回は欲張りません」
寿葉はすぐに言う。
「いや、売れる時に在庫切らしたらあかん。初回ロットは少し強めでええ」
凪が首をかしげる。
「堀井商会は清貧を是とすると伺いましたが」
寿葉は涼しい顔で答える。
「清貧と商機を逃すことは違うんや」
真白は深く頷いた。
「勉強になります、師匠」
凪も真剣にメモを取る。
「清貧と商機は別……」
寿葉が慌てる。
「凪さん、そこまで真面目にメモせんでええよ」
会議はさらに盛り上がる。
小学生向けの安全講習セット。
イベントスタッフ用の導線確認セット。
親子向けの「おうち安全確認シール」。
ヘルメット用反射ステッカー。
推し活用の「推し棚安全確認済」シール。
凪は推し棚という言葉で一瞬止まった。
「推し棚とは」
真白が説明する。
「推しグッズを飾る棚です。倒れないよう安全確認する需要があります」
凪は真顔で頷く。
「転倒防止は重要です」
寿葉が手を叩く。
「ほら、推し活にも安全はある。これは世間良しや」
一見ふざけているようで、話はどんどん実用的になっていった。
寿葉は現役ヒロインとしての目線も出す。
「イベント現場ではな、子どもが走る、親御さんが荷物置く、スタッフが焦る、ヒロインがうっかり通路を塞ぐ。そういう“小さい危険”が積み重なるんよ。そこに楽しく注意を向けられるグッズなら、現場でも使える」
凪は深く頷いた。
「安全確認は、注意されるより、自分で気づく方が効果的です」
真白は微笑む。
「では、商品説明には“貼ることで、ひと確認の習慣を作る”と入れます」
寿葉は満足そうだった。
「ええ。売り手良し、買い手良し、世間良し。三方良しや」
やがて、商品仕様が決まった。
第一弾は、
首藤凪監修 安全確認済シリーズ。
内容は、通常シール、耐水ステッカー、反射ステッカー、車両用マグネット。
限定版として、佐賀関の関サバ・関アジ柄と、イベント現場向け保安帽柄を用意する。
パッケージには、凪の短い言葉が入る。
“安全確認済”は、確認してから貼りましょう。
真白は資料をまとめ、背筋を伸ばした。
「師匠、凪さん。必ず良い商品にします」
寿葉は優しく、しかし商人らしく言った。
「真白、商いは売って終わりやない。使った人が少し安全になって、また信用してくれる。それが続く商いなんや」
凪も静かに続けた。
「私も監修します。誤解のない表記にします」
真白は嬉しそうに頷いた。
「はい」
会議が終わるころには、部屋の空気は完全に女子会のようになっていた。
サンプルを並べ、色を比べ、関サバ柄の位置で笑い、保安帽アイコンの角度で真剣に悩む。
だが、出来上がったものは、ただのノリ商品ではなかった。
安全を楽しく見える形にする。
地元PRにもなる。
現場にも家庭にも役立つ。
そして、商いとしてきちんと続けられる。
まさに三方良しのグッズだった。
凪はサンプルを一枚手に取り、少し不思議そうに言った。
「本当に、私の安全確認が商品になるのですね」
寿葉は笑う。
「安全は信用や。信用は商いになる」
真白も言った。
「凪さんの言葉は、みんなを安心させます。それは売れます」
凪はほんの少しだけ表情を緩めた。
「では、この企画は……安全確認済です」
寿葉と真白が同時に笑った。
近江八幡の老舗商社で、また一つ妙な戦隊ヒロイングッズが生まれようとしていた。
派手ではない。
だが役に立つ。
少し笑えて、少し地元愛があり、少し安全意識が上がる。
首藤凪、伊吹真白、堀井寿葉。
保安、物流、近江商人。
三人の女子会みたいな会議から、やけに真面目な“三方良し”グッズが完成した。




