炎より先に退路を読め――豊後の保安ヒロイン、川崎臨海で“爆ぜる倉庫”を黙らせる
川崎市臨海部の物流倉庫群は、昼と夜でまるで顔が違う。
昼はトラックが行き交い、コンテナが積まれ、首都圏の胃袋と工業を支える巨大な実務地帯。夜になれば、工場の灯り、海風、巨大な倉庫の影が重なり、どこかハードボイルドな映画の舞台みたいになる。川崎は住宅も商業も強いが、この臨海部の“働く都市”としての迫力は別格だった。
そんな倉庫街で、ジェネラス・リンクの偽装搬送が確認された。
参加したのは、豊後の保安ヒロイン・首藤凪、地元川崎の水無瀬澪、千葉の叡智・館山みのり、麻生区在住の秋田美人・阿部柚葉、北の元気印・高城彩芽、太田すみれコーチ、そして作戦立案の柏木理世。
理世は地図を広げ、冷静に説明した。
「今回は地元の澪さんが最後に決める形にします。川崎案件ですから、見せ場は澪さんへ」
澪はぼんやり頷いた。
「ふーん。地元なんだ。じゃあ早く終わったら帰りやすいね」
沙羅がいれば「あれでいいの?」と言いそうな温度感だった。
理世は気にせず続ける。
「柚葉さんとみのりさんで側面を固め、彩芽さんとすみれコーチが前線制圧。凪さんは安全確認をお願いします」
凪は資料を見て、すぐに眉を動かした。
「この倉庫、煙の抜けが悪いです。奥へ押し込む作戦は危険です」
理世が少し目を細める。
「対象を奥へ誘導すれば、逃走経路を限定できます」
「火を使われた場合、こちらの退路も限定されます」
小さな衝突だった。
理世は戦術として最適な囲い込みを見ている。
凪は火災と煙と退避導線を見ている。
みのりが静かに口を挟んだ。
「理世さんの作戦は制圧には強いです。ただ、凪さんの言う通り、倉庫内で火が出ると危険ですね」
柚葉も穏やかに続ける。
「一般作業員が残っている可能性もあります」
凪は淡々と言った。
「まず帰る道を作ります。突入はその後です」
彩芽が拳を握る。
「でも、早く止めないと逃げるべさ!」
すみれが即座に肩を押さえる。
「お前はまず止まれ」
凪も同時に言う。
「彩芽さん、火災現場での単独突入は禁止です」
「二人から止められたべさ!」
小春はいないのに、ツッコミの空気だけは発生した。
作戦は修正された。
凪が最初に確認したのは、敵ではなく非常口だった。
「北側非常扉、開放確認。東側シャッター、手動開放可能。消火器位置、三カ所。屋内消火栓、使用可能。作業員退避導線、確保」
彩芽はそわそわしている。
「凪さん、敵より先にドア見てるべさ」
「火事になった時、ドアの方が敵より怖いことがあります」
「ドア怖いべか……」
すみれが言う。
「分かったふりしてるが、たぶん分かってねえな」
その時、倉庫内で動きがあった。
偽装搬送の一団が、証拠品を別の車両へ積み替えようとしている。追い詰められた一人が、火を放つ準備をしていた。
凪の声が鋭くなる。
「火気確認。突入は短時間。奥へ追わないでください」
理世が即座に指示を組み替える。
「みのりさん、柚葉さん、右側導線を封鎖。彩芽さん、前へ出るのは合図後です。澪さんは最終ポイントへ」
澪はのんびり言った。
「私、そこに立ってればいい?」
理世は真顔で答えた。
「はい。澪さんの存在感の薄さが有効です」
「褒められてるのかなぁ」
たぶん褒めている。
かなり特殊な褒め方だが。
みのりが先に動いた。
普段は温厚で理知的な彼女だが、戦闘になると目が変わる。倉庫の支柱と荷物の間を読み、無駄なく相手の進路を切る。柚葉も静かに反対側を押さえ、逃げ道を狭めた。
彩芽は前へ出たくて仕方がない。
「今なら行けるべさ!」
すみれが首根っこをつかむ。
「まだだ」
凪も言う。
「煙が上に溜まり始めています。視界が落ちてからでは遅いです」
「凪さん、見てるところが細かいっしょ!」
「細かく見るから帰れます」
その一言に、すみれが少し頷いた。
やがて、対象が北側へ逃げた。
そこは、凪が開放確認を済ませた退避導線でもある。
「今です。彩芽さん、前へ。ただし三歩以上追わない」
「三歩!?」
「三歩です」
彩芽は飛び出した。
「ここまでだべさ!」
一歩、二歩、三歩。
四歩目へ行きかけた瞬間、すみれが叫ぶ。
「三歩!」
彩芽はぴたりと止まった。
「止まったべさ!」
「そこで自慢するな!」
その停止が効いた。
相手は彩芽を振り切ったつもりで横へ逃げたが、そこには澪がいた。
澪はぼんやり立っていた。
本当にただ立っていた。
だが、その“いなさそうでいる”感じが、相手の意識から完全に外れていた。
「えっと、こっち通れないよ」
澪が軽く手を出す。
相手は足を止める。
そこへ、みのりと柚葉が挟み込み、理世の指示通りに確保。
任務完了だった。
火は小さな段階で消し止められ、倉庫全体への延焼は防がれた。
作業員も全員退避済み。
証拠品も確保。
澪は最後に、地元ヒロインらしく何となく美味しいところを持っていった。
彩芽は悔しそうに言う。
「私ももっと行きたかったべさ」
すみれが即座に言う。
「行かなかったから成功したんだよ」
凪も頷く。
「三歩で止まれたのは良好です」
彩芽は顔を輝かせた。
「良好もらったべさ!」
みのりが微笑む。
「今日は全体がうまく噛み合いましたね」
柚葉も静かに言う。
「凪さんの導線確認があったから、安心して動けました」
理世は凪へ向き直った。
「作戦修正については、私の見落としでした。安全配慮の精度は非常に高いです」
凪は淡々と答える。
「制圧作戦は理世さんの読みが有効でした。私は火災時の導線を補正しただけです」
理世は少しだけ笑った。
「では、次回から最初にあなたへ導線確認を依頼します」
「了解しました」
澪がのんびり言う。
「じゃあ帰ろう。川崎だし」
彩芽が首をかしげる。
「地元だからって理由が雑だべさ」
すみれが笑った。
「でも今日は、澪が最後に決めた。それでいい」
川崎臨海部の夜に、倉庫の非常灯が静かに光っていた。
派手な勝利ではない。
炎の中へ突っ込む英雄譚でもない。
火が大きくなる前に退路を読み、人を逃がし、最小限の突入で終わらせた任務だった。
豊後の保安ヒロイン・首藤凪。
彼女はこの日、敵を倒すより前に、現場を燃やさないことの大切さを証明した。
そして彩芽は、三歩で止まることを覚えた。
本人いわく、
「私、川崎で三歩妹になったべさ!」
すみれコーチは即座に言った。
「その肩書きは使うな」




