豊後の保安女、爆発係を救う?――首藤凪、唯奈の“実地協力者人生”に赤信号を出す
首藤凪が戦隊ヒロインプロジェクトに正式加入した日、ヒロ室で一番目を輝かせていたのは、意外にも山口唯奈だった。
普通なら、地元大分を背負った新ヒロインの加入に喜ぶのは、九州勢か、フロント陣か、あるいはイベント運営で安全管理に泣かされてきた遥室長あたりである。
しかし、唯奈は違った。
凪が新橋ヒロ室のミーティングスペースに入ってくるなり、唯奈は立ち上がった。
「凪さん! 待ってたっぺよ!」
周囲が一斉に振り返る。
首藤凪は、大分市佐賀関出身。太平洋鉱業佐賀関精錬所で保安管理に携わってきた、安全管理のスペシャリストである。火気、重量物、導線、退避距離、点検手順。現場で「まあ大丈夫でしょう」と言う人間を、目だけで黙らせる女だった。
一方の唯奈は、ヒロ室内でもかなり特殊な扱いを受けている。
太田すみれコーチ、諏訪市のパートナー企業・諏訪精巧機電研究所の若手技術者で週末ヒロインでもある中村玲、さらに巫女兼エンジニアの稲生明日香たちが開発したヘンテコ機材の試験に、なぜか毎回巻き込まれてきた。
本人は強く否定しているが、周囲は薄々思っている。
唯奈は、被験者である。
もちろん、それを口にすると怒る。
「被験者じゃないっぺ! 実地協力者だっぺ!」
本人の中では、そこに明確な線引きがあるらしい。
だが、これまでの記録を見る限り、唯奈は新型機材の暴走、小爆発、謎の光、異音、魔法陣の誤展開、空中に三センチ浮く現象、髪が一瞬だけ逆立つ現象などを、ひと通り経験している。
その結果、微妙に使えるのか使えないのか分からない魔法まで身につけてしまった。
魔法少女・山口唯奈。
響きだけは可愛い。
経緯はかなり雑だった。
唯奈は凪の両手を握る勢いで近づいた。
「凪さんが止めてくれれば、爆発する回数が減るっぺよ!」
月島小春が横から即座に突っ込む。
「ゼロになるとは言わないんだね」
唯奈は真顔で答えた。
「そこまで夢は見てないっぺ」
妙に現実的だった。
小春は苦笑する。
「爆発が前提のヒロ室、冷静に考えると怖いっすね」
唯奈はさらに力を込める。
「月二で爆発してたのが月一になるだけでも、人生変わるっぺ!」
「月二で爆発してる時点で人生おかしいんですよ」
凪はその会話を聞いて、静かに表情を引き締めた。
「唯奈さんを、もう危険な目には合わせません」
唯奈の顔がぱあっと明るくなる。
「頼もしいっぺ! コーチ! 玲さん! 明日香さん! 聞いてたかぁ~!」
ちょうど会議室にいたすみれコーチは、腕を組んで顔をしかめた。
「いや、私たちも危険な目に合わせたくてやってるわけじゃない」
中村玲は工具箱を抱え、やや気まずそうに言う。
「安全性は毎回ちゃんと検討しているんですけど……想定外の挙動が出るんですよ」
稲生明日香は真顔で続けた。
「神意と電気信号の相性が、まだ少し不安定なのです」
凪が即座に言った。
「神意を安全仕様に組み込まないでください」
会議室が静まり返った。
唯奈は感動したように凪を見上げる。
「凪さん、強いっぺ……!」
小春も頷く。
「明日香さんの神意理論を一刀両断できる人、なかなかいないっすよ」
明日香は少しだけ不満そうだった。
「神意は大切です」
凪は淡々と返す。
「安全確認には別系統でお願いします」
その日、凪はさっそく諏訪精巧機電研究所から持ち込まれた新型機材の確認に入った。
機材名は、多目的戦術支援ユニット試作八号・改二型。
名前からして怪しい。
「多目的」「試作」「改二型」。危険信号が三つも入っている。
玲は誇らしげに説明する。
「これは戦闘補助、移動支援、通信補助、簡易防御、場合によっては軽い魔法増幅にも使える汎用機材です」
凪は資料を開いて三秒で言った。
「用途を詰め込みすぎです」
すみれがうなずく。
「私もそう思う」
玲は慌てる。
「でも多目的ですから」
「多目的と無制限は違います」
凪の赤ペンが走り始めた。
「まず、非常停止ボタンの位置が悪いです。装着者である唯奈さん本人が押せません」
唯奈が頷く。
「前のやつ、止めようとしたら背中にボタンがあったっぺ」
小春が目を丸くする。
「それ、何の嫌がらせですか」
玲は小さく言う。
「設計上、そこが一番収まりがよくて……」
凪は続ける。
「収まりより安全です。次に、外部停止担当者が明記されていません。熱源部と装着部が近すぎます。魔法増幅機能は安全検証が不十分です。試験中、唯奈さんを一人で前に出す運用は禁止します」
唯奈は感動で震えた。
「私、一人で前に出なくていいっぺか……!」
小春が真顔で言う。
「今まで本当に何をやらされてたんですか」
玲が慌てて弁解する。
「いや、あくまで実地協力であって、被験者では――」
唯奈が振り返る。
「被験者って言うなっぺ!」
玲は言っていない。
だが唯奈には聞こえたらしい。
心の耳が過敏になっている。
凪は落ち着いた声で言った。
「今後、書類上は“実地協力者”に統一しましょう。ただし、実態が危険な場合は私が止めます」
唯奈は目を潤ませた。
「凪さん、私の味方だっぺ……!」
すみれコーチが少し苦笑する。
「これで少しはまともになるか」
凪の安全点検により、試作八号・改二型は大幅に仕様変更された。
非常停止ボタンは前面へ移動。
外部停止担当者を配置。
出力制限を設定。
熱暴走時の自動停止を追加。
魔法増幅機能は一時封印。
試験場に退避導線を確保。
唯奈の立ち位置も安全距離内へ変更。
結果、機材はかなり安全になった。
しかし、玲がぽつりと言う。
「安全になりすぎて、何も起きない可能性があります」
唯奈は目を丸くした。
「何も起きないなら成功じゃないっぺか?」
明日香は真剣に答える。
「何も起きないと、性能評価ができません」
凪は即座に言った。
「何か起きることを前提にしないでください」
すみれが深く頷く。
「もっと言ってやれ」
玲は少し肩を落とす。
「技術者としては、多少の反応がほしいんですけど……」
凪は冷静だった。
「反応と事故は別です」
小春が笑う。
「名言出ましたね。ヒロ室の壁に貼りましょう」
そして試験当日。
唯奈は安全装備をつけ、指定位置に立っていた。
以前なら「とりあえずやってみるっぺ!」と勢いで始まるところだが、今日は違う。
凪がチェックリストを読み上げる。
「唯奈さん、体調は?」
「良好だっぺ!」
「睡眠時間は?」
「六時間半だっぺ!」
「不安は?」
「爆発しないか不安だっぺ!」
「正常な不安です」
小春が吹き出す。
「正常な不安って言われる現場、なかなかないっすよ」
凪は玲を見る。
「制御系統は?」
玲が答える。
「主制御、正常。出力制限、設定済み。非常停止、三系統確認済みです」
「明日香さん、補助系統は?」
明日香が頷く。
「神意……ではなく、補助電気信号、安定しています」
凪は少しだけ頷いた。
「よろしいです。神意という言葉を一度飲み込んだ点も評価します」
明日香は少し誇らしげだった。
すみれが腕を組む。
「開始しろ」
試験が始まった。
機材が低くうなる。
唯奈は身構える。
「来るっぺ……来るっぺ……」
以前なら、ここで小爆発か、謎の煙か、天井の蛍光灯が一瞬暗くなるくらいの現象が起きていた。
だが、今日は違った。
爆発しない。
機材の中央がふわりと光り、唯奈の手元に小さな魔法陣のような光が浮かぶ。
やがてその光が机の上の紙コップへ向かった。
紙コップが、二センチ動いた。
会議室が静まり返る。
唯奈がぽつりと言う。
「……すごいのか、すごくないのか分からないっぺ」
小春が真顔で答える。
「見た目は地味ですね」
玲は微妙な顔だ。
「出力を落としすぎたかもしれません」
凪は記録した。
「爆発なし。熱暴走なし。装着者異常なし。制御不能なし。成功です」
玲が言いかける。
「でも性能が――」
凪が見る。
「成功です」
玲は即座に頷いた。
「はい、成功です」
唯奈はその場でガッツポーズした。
「私、爆発しなかったっぺ!」
小春が拍手する。
「おめでとうございます。祝う基準が低いけど、今日は本当にめでたいです」
すみれも頷く。
「まず無事に終わることだ。それが一番だ」
唯奈は凪の方へ駆け寄る。
「凪さん! 私、爆発しなかったっぺ!」
凪は静かに頷いた。
「それが本来の試験です」
「本来ってすごいっぺ……!」
唯奈は謎の感動をしている。
その後、凪は試験報告書にきっちり記録を残した。
試験結果:小規模魔法出力確認。紙コップ移動二センチ。爆発なし。安全上問題なし。
小春が覗き込んで言う。
「紙コップ二センチ、報告書に書くと急に立派に見えますね」
玲は少し悔しそうに言う。
「次回は五センチを目指したいです」
唯奈がびくっとする。
「五センチで爆発しないっぺか?」
凪が答える。
「段階的に確認します。一気に上げません」
唯奈はほっとした。
「凪さんがいると、人生が安定するっぺ」
すみれが笑う。
「それはよかったな」
凪は唯奈に向き直った。
「今後、唯奈さんが納得しない試験は実施させません。危険がある場合は、必ず私が止めます」
唯奈は目を潤ませた。
「凪さん……一生ついていくっぺ」
小春がすぐに言う。
「でも爆発回数ゼロとは言い切らないんですよね」
唯奈は真剣な顔で答えた。
「そこは、ヒロ室だから分からないっぺ」
全員がなぜか納得してしまった。
首藤凪の加入で、戦隊ヒロインプロジェクトは少しだけ安全になった。
少なくとも、唯奈が意味も分からず爆発に巻き込まれる回数は減るはずである。
ただし、ゼロになるかどうかは不明だった。
なぜなら、すみれコーチは鍛える時に加減が時々おかしい。
玲は悪気なく変な機材を作る。
明日香は電気信号に神意を混ぜたがる。
そして唯奈は、文句を言いながらも最終的に協力してしまう。
凪はその構造を理解し、静かに資料を閉じた。
「安全確認、継続します」
その一言に、唯奈は大きく頷いた。
「頼むっぺ、凪さん。私、爆発しない魔法少女になりたいっぺ」
小春が笑う。
「それ、かなり切実な夢ですね」
玲がぽつりと言う。
「爆発しない魔法少女……商品コンセプトとしては弱いかも」
唯奈が即座に振り向く。
「商品にするなっぺ!」
会議室に笑いが広がった。
豊後の保安ヒロイン・首藤凪。
彼女の加入によって、唯奈の“実地協力者人生”は、ようやく少しだけ安全な方向へ舵を切った。
たぶん。
おそらく。
きっと。
少なくとも次に爆発する時は、凪の許可が必要になる。
そして凪は、その許可をまず出さない。




