泡盛は水か!? ― 新橋、最後のピースが“酒豪伝説”まで完成していた夜 ―
新橋のヒロ室で、沖縄代表・金城伊織が初参加するイベントの打ち合わせが終わったのは、夜の八時を少し回った頃だった。
資料はまとまり、役割分担も決まり、菜々子支配人が「では本日はここまで」と会議を締める。
その瞬間だった。
「伊織ちゃん、お酒好きなんだって?」
波田顧問が、いかにも何か企んでいる顔で言った。
伊織はきちんと背筋を伸ばしたまま答える。
「はい、まあ……嫌いではないです」
「嫌いじゃねえって顔じゃねえな。ちょっと行かねえか」
遥室長が眉をひそめる。
「波田さんの“ちょっと”は信用できないだよ」
「新橋で“ちょっと”っつったら赤ちょうちんに決まってんだろ」
こうして、波田顧問、遥室長、隼人補佐官、小春、沙羅、そして伊織という、妙に危なっかしい酒席メンバーが、波田顧問行きつけの赤ちょうちんへ流れ込むことになった。
暖簾をくぐると、そこはいかにも昭和の居酒屋だった。
短冊メニュー、すすけた壁、年季の入ったカウンター。
波田顧問は席に着くなり大将に叫ぶ。
「おう、今日は沖縄の新戦力が来てんだ。泡盛あるだろ?」
「あるよ、顧問さん」
一升瓶がどんと置かれた瞬間、沙羅が顔をしかめる。
「いきなりそれ?」
小春がにやにやする。
「いいじゃん、ハマの夜って感じで。伊織、お前どこまでいけんの?」
伊織は上品に微笑んだ。
「普通にいただきます」
波田顧問が笑う。
「へっ、言うじゃねえか」
そして、伊織は手酌で泡盛を注いだ。
グイ。
全員、止まる。
「……え?」
隼人補佐官が言う。
「いやいやいや、今の一口で行くやつなの?」
小春が身を乗り出す。
伊織は何事もなかったようにもう一杯注ぐ。
グイ。
「ちょ、待って。水なの? それ水なの?」
沙羅が素で引いている。
伊織はあっけらかんとしていた。
「これくらい、沖縄ではみんなそうさー」
「みんなじゃねえだろ、絶対!」
小春が即ツッコむ。
波田顧問も腕を組んで感心する。
「おうおう、なかなかやるじゃねえか」
だが、ここからが本番だった。
伊織は飲みながら、やけに滑らかに泡盛の話を始めた。
「泡盛はですね、香りの立ち方が違うわけさー。古酒になると、もっとまろやかになるわけ」
遥室長が小さく言う。
「始まっただよ……」
「授業かよ」
隼人補佐官が呟く。
だが、伊織は止まらない。
「料理との合わせ方も面白いさー。濃い味だけじゃなくて、意外と魚にも合うわけ」
「お前、完全に地元の酒場の先生じゃねえか」
小春が笑う。
伊織は酔うほどに、少しずつ琉球訛りが濃くなっていく。
それでも姿勢は崩れない。
言葉も上品。
なのに中身だけは完全に酒豪だった。
対抗心を燃やしたのが波田顧問だった。
「上等じゃねえか。おじさんも付き合ってやらあ」
べらんめえ口調のまま泡盛に挑む。
隼人補佐官もなぜか乗る。
「こういうのは組織の結束です!」
「何の結束だよ!」
小春が笑いながら自分も飲む。
「でもこれ、ちょいクセになるじゃん。やば、マジで回る前に追いかけちゃうやつじゃん」
だんだんギャル語と江戸弁が混ざってくる。
「てやんでえ、もう一杯だよもう」
「混ざり方が雑だよ」
沙羅が呆れつつ、自分も飲んでいる。
結局全員、伊織のペースに巻き込まれていた。
そして波田顧問が熱く語り出す。
「地域創生ってのはな、気合いだけじゃねえんだよ。地べた這って、人集めて、やっと形になるんでい!」
「波田さん、それ昨日も言ってました」
遥室長が冷静に返す。
「昨日言ったことは今日も真実なんでい!」
小春が笑い転げる。
「マジ波田さん、今日もキレッキレじゃん」
伊織はそれを見ながら、また泡盛を注ぐ。
グイ。
「まだ行くの!?」
沙羅がもう半笑いである。
伊織はほんのり頬を赤くしながらも、平然としていた。
「まだ序盤さー」
「序盤!?」
全員、戦慄。
ついに波田顧問がグラスを置いた。
「……参った」
酒豪として知られる波田顧問が、初めて正面から白旗を上げた。
「伊織ちゃん、お前は大したもんだ」
「いやいや、そんなことないさー」
酔っているので琉球弁がより濃い。
だが笑顔は相変わらず上品だった。
一方で、周囲は壊滅していた。
隼人補佐官は妙にテンションが高くなり、
小春は「マジこれ、沖縄つえーわ」と机に突っ伏し、
沙羅は「こういうの、想定してなかったわ……」とプライドだけで座っている。
遥室長は静かにお冷を飲みながら、明日の二日酔いを確信していた。
そして翌朝。
ヒロ室はひどかった。
波田顧問は「頭が割れそうでい……」と机に肘をつき、
隼人補佐官は「組織に休肝日は必要です……」と意味不明な反省をし、
小春は「無理、マジ無理」とソファに沈み、
沙羅は「私、こんなはずじゃなかったんだけど」と苦笑い、
遥室長でさえ少し静かだった。
その中で、伊織だけがいつも通り入ってきた。
「おはようございます」
完璧な挨拶。
完璧な姿勢。
完璧な顔色。
「……なんで平気なの?」
陽菜が呆然と聞く。
伊織は少し首をかしげる。
「え? 普通さー」
「普通じゃないだろ!」
小春が死んだ目でツッコんだ。
こうして、新橋ヒロ室には新たな伝説が刻まれる。
最後のピース金城伊織、酒豪伝説。
完璧な新人は、酒席においてもやはり隙がなかった。




