ヒロ九クエスト 第39話 旅は終わって、地図が広がる ― 大分遠征、別れと報告のフィナーレ ―
大分遠征の終わりは、意外と静かに始まった。
前日まで賑やかだった佐賀関の会場跡には、もう拍手も歓声もない。
残っているのは、撤収を終えた機材の余韻と、港の潮風と、少しだけ名残惜しそうな顔をしたヒロ九の面々だった。
「……ほんとに終わったんですねぇ」
ひなた副支配人が言う。
「終わったですよ。終わったから帰るんです」
菜々子支配人が即答する。
「そう言われると寂しかですねぇ」
香澄が笑う。
つばさは少し離れたところから港を見ていた。
佐賀関の工場群と海、その向こうに続く航路。
大分の旅は、思っていたよりずっと濃かった。
まず別ルートで帰るのは、唯奈と蒼牙2000・改だった。
「じゃ、行くべ!」
唯奈が手を振る。
佐賀関港からフェリーに乗り、再び海を渡って帰るのである。
常陸太田まで自走と海路で戻るという時点で、もう普通の移動ではない。
蒼牙2000・改は、今日も上品な執事口調だった。
「皆さま、大変お世話になりました」
「蒼牙2000・改、またね~!」
陽菜が全力で手を振る。
「私もです。陽菜さん」
この返事の早さがもう気持ち悪いくらい板についている。
フェリーがゆっくり岸を離れる。
甲板に立った唯奈は、佐賀関の町と、少しずつ小さくなるお化け煙突を見つめていた。
「……いい町だったべ」
ぽつりと漏れたその声は、少し震えていた。
「まさか泣いとる?」
真央が岸壁から目を細める。
「泣いてないべ!……ちょっとだけ、潮風が目にしみたんだべ」
だが、その声の方が明らかにしみていた。
蒼牙2000・改が横で静かに言う。
「感傷は良いものです」
「お前、今日やけに詩人だな……」
陽菜と大翔は、岸壁でぴょんぴょん跳ねながら手を振っていた。
「また来てねー!」
「ばいばーい!」
唯奈も手を振り返す。
フェリーが遠ざかるにつれ、港町の景色は少しずつ薄れていく。
工場の町、魚の町、騒がしいサミットの町。
その全部が、船の上の唯奈には妙に眩しかった。
他のメンバーの多くは、大分空港からそれぞれ帰路につくことになった。
「……大分空港、ちょっと遠いね」
陽菜がぽつりと言う。
「今さらですか」
美紀が即座に返す。
「でも本当に楽しかった。……また来たい」
陽菜のそのまっすぐな感想に、みんな少しだけ笑う。
「陽菜ちゃんがそう言うと、なんか全部報われるわ」
茉莉花が言う。
真央は荷物を持ち直しながらぼやく。
「次来る時は、もうちょい段取りよくしとくがや」
「毎回そう言って、毎回現場で全部直してますけどね」
つばさが小さく言う。
大翔は空港でも元気だった。
「ひこうき! ひこうき!」
「君は最後まで楽しそうやなあ」
ひなたが頭を撫でる。
別れ際は、派手ではなかった。
でも、それぞれちゃんと名残惜しそうで、だからこそよかった。
「またね」
「気をつけて」
「次も呼んでください」
「次はもっと楽にしてほしいっちゃ」
そんな言葉を交わしながら、空路組はそれぞれ帰っていった。
最後に熊本へ戻るのは、菜々子、ひなた、香澄、つばさの四人。
ヒロ九ラッピングバスは、相変わらず黒煙を上げながら走った。
ゴロロロロ……モクモク……
「……大分の最後までこれなんですね」
つばさが言う。
「もう様式美ですたい」
香澄が言い切る。
「いい加減、その言い方やめてもらえませんか」
菜々子はそう言ったが、もう本気で怒る気力はなかった。
熊本の山の中の拠点に戻ると、真央が直したプレハブはちゃんと生きていた。
雨漏りしない。
電源は安定。
ネットもつながる。
「……すごいですね」
つばさが感心する。
「器用な愛知県人は伊達じゃなかですたい」
香澄が得意げに言う。
ひなたも笑う。
「仕事が進むって、ありがたいですねぇ」
大分遠征の後処理は山のようにあった。
報告書、経費、写真整理、今後の候補者リスト。
だが拠点がまともなだけで、全部が少しずつ片づいていく。
「真央さんに感謝しないとですね」
「ほんとです」
菜々子が真顔で言った。
後日。
菜々子は新橋のヒロ室へ戻り、遥室長に大分遠征の報告を行っていた。
「竹田、豊後大野、由布院、別府、佐賀関――全体として非常に良い遠征でした」
遥室長は静かに頷く。
「首藤凪も確保できました」
「うん、そこは大きいねぇ」
菜々子は資料を閉じた。
「これで九州全土でヒロインが揃いました」
一拍。
「46都道府県からヒロインが出ました。残るは沖縄だけです」
遥室長は、そこでふっと不敵に笑った。
「……沖縄はね、もう目星がついてるだよ」
菜々子は顔を上げる。
「はい?」
「いや、こっちの話」
「聞いてませんけど」
「まだ言ってないもん」
それ以上は教えない。
遥室長は意味ありげな笑みだけ残して、話を切り上げた。
菜々子は少しむっとしながらも、心のどこかで分かっていた。
ヒロ九の旅は、まだ続く。
でも今は――
大分の旅を、ちゃんと終わらせる時だった。
ヒロ九クエスト大分編、終了。
笑って、走って、迷って、助けて、出会って。
そしてまた少し、地図が広がった。




