ヒロ九クエスト 第36話 ドリームトラクター、海を渡る!? ― 佐賀関サミット前夜、“危険すぎる演出”全面改修ミッション ―
佐賀関の港町に、黒煙を上げるヒロ九ラッピングバスが再び戻ってきた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……もう町の人、うちのバス見ただけで“来たな”って分かりますよね」
菜々子支配人が言う。
「煙で分かるですたい」
香澄が即答する。
「目印にしないでください」
大分市佐賀関町。
東洋一とうたわれたお化け煙突が町の象徴として立ち、荒波にもまれた関サバ・関アジがブランド魚として全国に名を馳せる、海と工業が本気で共存する町である。
その町でいよいよ開かれるのが、戦隊ヒロインサミット佐賀関。
しかも今回は、太平洋鉱業佐賀関精錬所が全面協力。
会場は広い、機材はでかい、関係者は多い。
いかにも“ちゃんとした大イベント”の顔をしている。
ただし、中身はだいぶ危うかった。
その最大の目玉が――
「着いたべー!」
常陸太田市からやってきた、山口唯奈。
そして、その相棒。
ドリームトラクター蒼牙2000・改。
会場に入ってきた瞬間、全員が一度黙った。
「……ほんとに来た」
つばさが言う。
「来るとは聞いてましたけど、ほんとに来るんですね」
凪も少し引いている。
唯奈は得意げだった。
「いやー、遠かったべ。途中で松山の井坂農装本社寄って、三崎港からフェリーで海渡ってきたんだっぺよ」
「情報量が多いです」
菜々子が即座に返す。
そこへ陽菜が飛び出す。
「蒼牙2000・改、久しぶりだね~! 会いたかったよ!」
蒼牙2000・改は、かつて一瞬だけ宇宙刑事みたいな口調になった時期があったが元の上品なイケメン執事の口調に戻った。
「私もです。陽菜さん」
「わあ~、ちゃんと覚えてくれてる~!」
「当然です」
大翔も負けじと前へ出る。
「しゃべった!」
「はい。今日もお元気そうで何よりです、大翔さん」
「すげー!」
もはや、この二人には蒼牙2000・改が喋ることへの驚きがない。
さて、問題はここからだった。
今回のサミット佐賀関の目玉演出は、誰がどう考えてもノムさん案件だった。
無駄にスケールが大きく、無駄に危険で、そして無駄にバカバカしい。
要するに――
蒼牙2000・改が派手に会場へ突っ込み、工業地帯と港町のスケール感を活かして“何かすごいことをやる”
という、説明するほど不安になる企画である。
「これ、何やるんですか結局」
つばさが真顔で聞く。
「迫力です」
ひなたが答える。
「最悪の返答ですね」
唯奈は完全にやる気だった。
「じゃ、リハいくべ!」
蒼牙2000・改も静かに言う。
「安全には留意しますが、演出的には大胆にいきましょう」
「留意の範囲を超えてます」
菜々子が止めようとした、その時。
「危険です」
空気がぴたりと止まった。
声の主は、太平洋鉱業佐賀関精錬所・保安課勤務の首藤凪だった。
「このままでは、観客導線と機械動線が噛み合っていません」
「でも迫力は大事だっぺよ?」
唯奈が不服そうに言う。
凪は一歩も引かない。
「迫力と危険は別です」
強い。
「停止位置が近すぎます。音の抜けも悪い。観客が前に寄りたくなる設計なのに、その逃がしがありません」
真央が腕を組む。
「……正論だがや」
凪はさらに続ける。
「この演出、スケール自体は悪くありません」
「え?」
菜々子が顔を上げる。
「整理すれば使えます」
ただ止めるだけではない。
「安全に配慮したうえで、規模は維持できます」
そこまで言い切られると、唯奈も黙るしかない。
「……改善案、あるんだな?」
「あります」
即答だった。
そこからの凪はすごかった。
機械が入る位置、観客の立ち位置、逃がしの幅、誘導のタイミング。
全部が具体的で、しかも現実的だった。
菜々子もすぐに乗る。
「だったら進行はこう変えます」
つばさが補足する。
「お客さんが“近づきたくなる瞬間”だけ誘導を厚くします」
香澄は観客向けのアナウンスを修正。
真央は目印と停止位置のラインを即席で引く。
ひなたは実際に走って見え方を確認する。
その横で、陽菜と大翔はうろうろしていた。
「ここ、近づきたくなるよね」
陽菜が言う。
「うん、前行きたい」
大翔が頷く。
凪がそれを見て言った。
「……はい、それです」
「え?」
菜々子が聞く。
「今の二人が“危険な方へ自然に吸われる客”の見本です」
「役に立ってるのか立ってないのか分かりませんね」
つばさが小さく笑う。
「毎回こうです」
菜々子はもう慣れていた。
改善後のリハは見違えるようだった。
蒼牙2000・改の見せ場はそのまま。
むしろ、前より“見せたい瞬間”が整理されて迫力が増している。
唯奈が運転席から降りてきて叫ぶ。
「これ、前よりよくなってるべ!」
蒼牙2000・改も上品にうなずく。
「安全性と演出性の両立。実に見事です」
凪は少し照れたように目をそらした。
「保安課ですから」
その一言に、菜々子はほぼ決めた。
この人、欲しい。
さらに凪は他の演目にも目を向けた。
「そこ、転倒します」
「その機材、客から見えません」
「その導線、詰まります」
そして全部に、代案がある。
「……いいかも」
菜々子がぽつりと呟く。
「何がですか」
つばさが聞く。
「この人」
直球。
リハーサルが終わったあと、菜々子は凪に声をかけた。
「ヒロ九、興味ありませんか」
凪は少し驚いたが、すぐには答えなかった。
「仕事がありますし……」
一拍置いて。
「検討されてください」
「それ、持ち帰りってことですよね」
ひなたが聞く。
「……そう受け取ってもらって構いません」
完全拒否ではない。
つばさが小さく言う。
「まんざらでもないですね」
菜々子も静かにうなずいた。
夜の佐賀関には、工場の灯りと港の風がある。
明日のサミット本番を前に、ヒロ九はまた一つ、頼れる人材と出会っていた。
その足元では、陽菜と大翔が蒼牙2000・改のまわりをまだうろうろしている。
「また明日も走るの~?」
「はい。全力で」
「楽しみ~!」
「私もです」
「機械と意気投合しすぎでしょ」
真央が呆れる。
だが誰も否定しなかった。
佐賀関の夜は、思った以上に手応えがあった。




