ヒロ九クエスト 第35話 煙突の町に立つ影 ― 佐賀関、戦隊ヒロインサミット前の“保安クエスト” ―
別府の地獄めぐりで、観光客の“めぐり方が分からん問題”を見事に片づけたヒロ九ラッピングバスは、再び黒煙をたなびかせながら東へ走っていた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……もう隠す気ないですよね、この煙」
菜々子支配人が言う。
「佐賀関の煙突に対抗しとるんですたい」
香澄がさらっと返す。
「対抗しなくていいです!」
やがて一行は、大分市佐賀関町へ到着した。
佐賀関――
海と工業が同居する、独特の迫力を持った町である。
かつて“東洋一”とうたわれたお化け煙突がそびえ、港には荒波にもまれた関サバ、関アジという全国区のブランド魚が揚がる。
漁師町の顔と、巨大製錬所を抱える企業城下町の顔が、同じ潮風の中で自然に混ざっている。
「なんか……強い町ですね」
つばさがぽつりと言う。
「魚も煙突も迫力あるがや」
真央がうなずく。
「全部スケールがでかいですねぇ」
ひなたも妙に嬉しそうだった。
今回の大分遠征の目玉――
戦隊ヒロインサミット佐賀関 の開催地が、この町である。
しかも今回は本気だった。
会場は大掛かり。
地元企業・太平洋鉱業佐賀関精錬所が全面協力。
かつて社会人野球チームを擁し、今も地域の顔として存在感を放つ名門企業である。
さらに目玉企画がもう一つ。
「蒼牙2000・改のデモもあるんですよね?」
ひなたが言う。
「はい」
菜々子が資料を見ながら答える。
「唯奈さんによる実演です」
「大丈夫なんですか」
つばさが静かに聞く。
「何がですか?」
「全部です」
その通り。
ドリームトラクター蒼牙2000・改。
もはや説明しても意味がない存在だが、とにかく来る。
しかも唯奈が乗る。
会場が盛り上がるのは確実だが、同時に保安的には悪夢でもあった。
そこで現れたのが、今回の依頼人。
首藤 凪。
太平洋鉱業佐賀関精錬所・保安課勤務。
背筋の伸びた、無駄口の少ない女性である。
ぱっと見で分かる。
この人、仕事ができる。
「首藤凪です」
一礼がきれいだ。
「イベントは歓迎します」
そこまでは柔らかい。
「ですが、このままでは危険です」
本題が早い。
凪が示したのは、会場周辺の図面だった。
一般客の導線、資材搬入口、工場の保安ルート、港側から来る地元客の流れ――
全部が微妙に噛み合っていない。
しかも明日は蒼牙2000・改のデモまである。
「このままだと、一般客が保安区域に紛れ込む可能性があります」
凪の声は落ち着いていたが、内容は重い。
「やりましょう」
菜々子は即答した。
凪が少しだけ目を上げる。
「判断が早いですね」
「問題が明確なので」
支配人モード。
ヒロ九、即展開。
菜々子は全体導線を整理し直す。
つばさは“初見の来場者がどこで迷うか”を洗い出す。
香澄はやわらかく伝わる案内文を考え、
真央は色分けした矢印や看板を即席DIY。
ひなたは実地で全部走って確認し、
茉莉花は港側から来る人の流れを見て「こっちから来る人、絶対ここで止まるっちゃ」と現場を読む。
美紀は混雑時の安全確認に回る。
そして凪自身が、“絶対に越えてはいけない線”を示す。
「ここから先は駄目です」
「ここは絶対に空けてください」
その言い方はきつくない。
でも、一歩も譲らない。
菜々子は内心、かなり感心していた。
「……現場の線引きがうまいですね」
「それが仕事です」
簡潔。強い。
一方で、相変わらず自由なのがこの二人。
陽菜と大翔である。
「うわー!海見える!」
「でっかい煙突!」
「船ー!」
完全に遠足。
しかも、会場裏へふらふら行きかけて、凪にぴたりと止められる。
「そこは危ないです」
「はーい」
陽菜が素直に戻る。
だがその途中で、ぽつりと言った。
「でもさ、初めて来た人、ここが入口だと思っちゃいそうだよね」
大翔も続く。
「こっち、はいりぐちみたい!」
全員、止まる。
菜々子が振り返る。
「……それです」
凪も視線を上げた。
つばさが補足する。
「正しい導線の問題じゃなくて、“初見の人にどう見えるか”の問題ですね」
つまり、保安区域と一般客導線の境目が、現場の人には当然でも、初めて来た人には分かりづらかったのである。
「役に立ってないようで、毎回核心だけ持っていきますね」
真央が言う。
「認めたくないですけどね」
菜々子も認めるしかなかった。
そこからは早かった。
真央の看板が増え、
香澄の案内が入り、
つばさの説明で客目線の不安が潰される。
凪は保安課として最終チェックをし、
ひなたが走って最終確認。
日が沈む頃には、会場は見違えるように整理されていた。
「これなら回せます」
凪がはっきり言った。
その一言に、全員がほっとする。
「助かりました」
凪が頭を下げる。
「正直、イベント側の人を少し甘く見ていました」
菜々子も静かに返した。
「こちらも、保安を少し甘く見ていました」
そのやり取りを見て、つばさが小さく笑う。
「……この人、後で入りますね」
「何にですか?」
「似合いそうです、ヒロ九」
菜々子は答えなかったが、心の中では少しだけ同意していた。
佐賀関の夜は、工場の灯りと港の風でできている。
明日のサミット前夜、ヒロ九はまた一つ、地元の信頼を勝ち取った。
そしてその足元では、陽菜と大翔がまだ煙突を見上げていた。
「すごいねー!」
「すげー!」
最後まで楽しそうだった。




