ヒロ九クエスト 第32話 “由”か“湯”か、それが問題だ!? ― 由布院、表記ゆれ大混線ミッション ―
サル山のボス猿に“ボスの座”を譲られかけるという、人生でもそう何度もない経験を終えたヒロ九一行は、黒煙をたなびかせながら次の目的地へ向かっていた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……ボス猿の次が温泉って、振れ幅大きすぎません?」
菜々子支配人が真顔で言う。
「旅はそういうもんですたい」
香澄が落ち着いて返す。
「旅の定義を広げないでください」
つばさが静かに言った。
やがてヒロ九ラッピングバスは、大分県が誇る人気温泉地へと入る。
由布院。
いや、湯布院とも言う。
この時点で、すでに面倒くさい。
由布岳を望む美しい風景。
洗練された旅館、しゃれた店、湯けむり、そして独特の落ち着いた華やかさ。
“言わずと知れた温泉の街”という表現が一番しっくりくる場所である。
「うわぁ、いいとこですねぇ」
ひなたが素直に感心する。
「観光地として強すぎるがや」
真央も珍しくまっとうな感想を言った。
「空気がおしゃれ……」
陽菜がぼんやり言う。
「空気におしゃれはないです」
美紀がすぐ訂正した。
だが、この由布院には昔からある“観光地あるある”があった。
“由布院”と“湯布院”が混在しすぎて、観光客が地味に混乱している問題。
駅の案内、観光パンフ、土産物屋、検索サイト、宿の表記、地図――
人によって、店によって、資料によって、“由”だったり“湯”だったりする。
地元の人は当然のように慣れている。
だが、外から来た人にはわりとややこしい。
「予約した宿、“湯布院”って書いてあるんですけど、今いるの“由布院”なんですか?」
「別の場所なんですか?」
「ここ、合ってます?」
観光案内所のスタッフが頭を抱えていた。
「地味に一番説明しづらいんですよ……」
「大事件じゃないのがまた厄介ですね」
菜々子が腕を組む。
「しかも、誰も強く断言しきらんのがややこしいがや」
真央が言う。
「それ、分かります」
つばさも頷いた。
ということで、ヒロ九クエスト発動。
菜々子はすぐに現場を整理した。
「正しさを押しつけるんじゃなくて、“観光客が迷わないこと”を優先します」
「さすが官僚上がりですねぇ」
ひなたが笑う。
「その言い方やめてください」
まず、つばさが実際の観光客に聞いて回る。
「どこで引っかかりましたか?」
「何が一番不安でしたか?」
その結果、分かったことは単純だった。
皆が知りたいのは、歴史的な表記の経緯ではない。
**“いま自分がいる場所と、行きたい場所が一致しているか”**
それだけだった。
「つまり、不安を消せばいいんですね」
つばさが言う。
「その通りです」
菜々子も即答する。
香澄は観光案内所でやさしい説明文を考えた。
「“由布院”“湯布院”どちらの表記も使われますが、観光エリアとしては同じ周辺を指すことが多いですよ〜、でどうですかねぇ」
「やわらかいですね」
「刺さらんですもん、強く言っても」
さすが現場感覚。
真央はその横で、すでに看板を作っていた。
「“ここは由布院・湯布院エリアです”でええがや」
「ざっくりしてますね」
「ざっくりが一番伝わるんだわ!」
しかも見た目は妙にかわいく、矢印と地図までついていて分かりやすい。
「なんでそんなすぐ作れるんですか」
「器用な愛知県人だで」
もはや説明になっていない。
茉莉花は商店街の人たちに声をかけ、店先の表示を少し揃えるように調整していく。
「せめて観光客が立ち止まるとこだけでも分かりやすくしとこ」
「なるほどねぇ」
地元のおばちゃんたちもすぐ納得する。
ひなたは実際に歩いて確認した。
「あ、ここで皆さん迷いますねぇ!」
「どこで分かるんですか」
「顔です!」
勘なのに、妙に当たる。
そして、問題の核心を突いたのは、またしてもこの二人だった。
陽菜が観光案内所の地図を見ながら、ぽつりと言う。
「でもさ……観光客って、難しい説明いらないんじゃない?」
「どういうことですか?」
菜々子が聞く。
「“由”でも“湯”でも、今いる場所がここで、行きたいとこがここって分かれば安心するんでしょ?」
全員、止まる。
「……その通りですね」
つばさが静かに言う。
その横で大翔が地図を指さして言った。
「おなじとこなら、おなじって書けばいいじゃん」
五歳児、核心をえぐる。
真央が腕を組む。
「……えらい正論だがや」
菜々子も少し遠い目をした。
「私たち、今まで何を難しく考えてたんでしょう」
「大人はそういうもんです」
美紀が言う。
最終的に、案内所には新しい表示が並んだ。
“由布院・湯布院、どちらの表記も使われます”
“今いる場所はここです”
“観光エリアはこちらです”
実に分かりやすい。
歴史も文化も否定せず、観光客の不安だけをきれいに取り除く説明。
設置してすぐ、効果は出た。
「なるほど、そういうことね」
「じゃあ予約した宿、ここで合ってるんだ」
「分かりやすくなった!」
地元スタッフもほっとした顔になる。
「これで説明がすごく楽になりました……!」
香澄がにこっと笑う。
「迷わんのが一番ですけんねぇ」
その横で、陽菜と大翔は温泉まんじゅうを見つけていた。
「見て!これ可愛い!」
「たべる!」
「まだ仕事終わってません」
菜々子がツッコむ。
だが全員、少し笑った。
由布院は、相変わらずきれいだった。
“由”でも“湯”でも、迷わなければそれでいい。
そしてヒロ九は今日もまた、ちょっとした困りごとを、ちょっとした優しさと機転で片づけてしまうのだった。




