ヒロ九クエスト 第30話 サルより騒ぐな!? ― 大分、“サル山パニック”鎮静ミッション ―
豊後大野での“大自然イベント”を終えたヒロ九ラッピングバスは、ついに大分市内へと入っていた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……大分まで来ても煙の勢い落ちませんね」
菜々子支配人が真顔で言う。
「県境では止まらんですたい」
香澄が落ち着いて返す。
「何の話ですか」
つばさが静かに聞く。
「もう諦めようよ」
陽菜が窓の外を見ながら言う。
「諦めるの早すぎます」
美紀が即座に切った。
今回の舞台は、大分を代表する人気スポットのひとつ。
野生のサルたちを間近で見られる“サル山”自然動物園である。
山の斜面一帯にサルたちが暮らし、群れの動きや親子の様子をかなり近い距離で観察できる。
人間が檻の中に入ったような、不思議な感覚になる場所だった。
「うわ、ほんとにおる」
ひなたが素直に感動する。
「思ったより近いですね」
つばさも少し身を引く。
「顔つきが完全に“町内会の強いおっちゃん”やん」
真央が言う。
「真央さん、例えが悪いです」
菜々子が止める。
ヒロ九はこの日、園内の小イベントに呼ばれていた。
観光客の案内補助と、子ども向けのミニステージ、そして“サル山をもっと楽しく安全に見てもらう”ための盛り上げ役である。
最初は平和だった。
香澄がやわらかな熊本弁で場内を回し、
つばさが観光客への案内を丁寧にこなし、
ひなたが子どもたちの視線を安全な方向へ誘導し、
真央が「近づきすぎたらアカンがや!」と妙に説得力ある注意を飛ばす。
茉莉花は家族連れや高齢者の足元を見て回り、
美紀は熱中症や転倒がないかをさりげなく確認する。
「今回は比較的まともですね」
菜々子が言う。
「“比較的”がもうおかしかですけどねぇ」
ひなたが笑う。
だが、問題はそこからだった。
一部の観光客が“近い”ことにテンションを上げすぎたのである。
「もっと近くで撮れるでしょ?」
「ほらほら、お菓子見せたら来るんじゃない?」
「サルとツーショット撮りたい!」
完全にアウト。
スタッフが止めても、テンションの高い観光客はすぐには止まらない。
サルたちも落ち着きを失い、ざわざわと群れが動き始める。
「……あれ、まずいですね」
つばさが言った。
山肌にいたサルたちが、明らかに警戒モードに入っていた。
「はい、ヒロ九展開します!」
菜々子の声で全員が動く。
まず香澄がマイクを持つ。
「みなさーん、サルさんたちは可愛かですけど、近づきすぎたら危なかですよ〜」
やわらかい。
だが、通る。
「お写真は今の位置でも十分きれいに撮れますけんね〜」
否定しない。
でも下がらせる。
さすが元バスガイド。
つばさは、クレームになりそうな客を個別対応で落ち着かせる。
「せっかく楽しい場所ですので、サルも人も安心できる距離で見ましょう」
言い方が絶妙だった。
怒らせず、でも譲らない。
ひなたは子どもたちをまとめて移動させる。
「はい、みんなこっちです!ここからでも見えます!」
動きが速い。
笑顔でやるので、子どもも素直についてくる。
真央は現場を見て即座に判断した。
「看板が小せぇがや!」
すぐさま資材置き場に走り、なぜか余っていた板とペンを使って即席注意パネルを作り始める。
「“近づきすぎるとサルが嫌がるで!”……これでええがや」
「言葉が雑です」
菜々子が言う。
「雑なくらいが一番伝わるんだわ」
たしかに伝わった。
茉莉花は高齢者やベビーカーの流れを整理しながら、ぽつりと言う。
「人間の方がサルより落ち着きないっちゃ」
「今、それ言っちゃいますか」
美紀が呆れる。
「ほんまのことやろ」
その通り。
そして、陽菜と大翔である。
この二人は相変わらず大興奮していた。
「見て!あの子、すごいジャンプした!」
「ほんとだ!あっちも!」
「赤ちゃんサル可愛い〜!」
「ちっちゃい!」
大騒ぎ。
だが不思議なことに、この“無邪気な楽しみ方”が一番周囲を落ち着かせていた。
近づきすぎる大人も、陽菜と大翔が安全な場所から手を叩いて喜んでいるのを見て、なんとなく自分もそこへ戻る。
子どもたちは真似をする。
親も安心する。
「……あの二人、一番貢献してません?」
つばさが静かに言う。
「認めたくないですけど、そうですね」
菜々子も認めざるを得なかった。
やがて、園内は落ち着きを取り戻した。
サルたちも普段の群れの動きに戻り、親ザルは子ザルの毛づくろいを始め、若いサルたちはまた走り回る。
観光客も、最初よりずっと穏やかにその様子を見守っている。
「助かりました……」
スタッフが深く頭を下げる。
「今日は危なかったんですけど、あそこまで空気が変わるとは」
「ルールって、伝え方が大事なんですね」
菜々子が言う。
「叱るより、楽しみ方を見せた方が早いこともあります」
つばさが静かに続ける。
ひなたが陽菜と大翔の方を見る。
「まさかあの二人が模範になるとはですねぇ」
「模範というか、“正しく楽しみすぎている例”ですね」
美紀が冷静に補足した。
その時だった。
群れの一番高い場所にいた、一匹の大きなボス猿が、じっとヒロ九の方を見ていた。
まるで――
何か言いたげに。
「……見られてますね」
つばさが言う。
「完全に見られとるがや」
真央も頷く。
「なんか、言いたそうですねぇ」
ひなたが笑う。
菜々子は、その視線を見返しながらぽつりと言った。
「……嫌な予感しかしません」
陽菜はその横で、のんきに手を振っていた。
「ばいばーい!」
大翔も一緒に振る。
「またねー!」
するとボス猿は、わずかに顎を上げた。
「今、返事しましたよね?」
「いや、したがや」
「何で分かるんですか」
「分かるでしょ」
ヒロ九、すでに感覚が壊れ始めていた。
大分編は、どうやらまだまだ静かには終わらないらしい。




