ヒロ九クエスト 第29話 滝より騒ぐな!? ― 豊後大野、“大自然イベント”てんやわんやミッション ―
竹田市での“案内迷子”救出作戦を終えたヒロ九ラッピングバスは、黒煙をたなびかせながら次の町へと向かっていた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……なんか、もう普通に受け入れてきましたね、この煙」
菜々子支配人が言う。
「大人になったですねぇ」
ひなたが笑う。
「諦めとも言います」
つばさが静かに補足した。
「ええがや、走っとるんだで」
真央はいつも通り雑だった。
次なる舞台は、豊後大野市。
大分県南部の広々とした自然に抱かれた町で、滝、渓谷、清流、田園、橋梁といったダイナミックな景観が一度に味わえる、まさに“外で深呼吸したくなる町”である。
風景のスケールが大きく、空も広い。
のどかだが、ただ静かなだけではなく、どこか“自然の迫力”を日常の中に抱えている場所だった。
「うわ、これはええですねぇ」
ひなたが窓に張りつく。
「景色が強いですね」
つばさも素直に見入る。
「強いって表現初めて聞いたわ」
茉莉花が笑う。
今回ヒロ九が呼ばれたのは、その豊後大野市が誇る大自然を活かした野外イベントだった。
地元の物産、軽食、自然観察、写真スポット、そして小さなステージを組み合わせた“まるごと自然体験祭り”とでも言うべき内容である。
だが――
現場に着いた菜々子は、一瞬で問題を察した。
「……これ、配置が悪いですね」
「はい?」
スタッフが振り返る。
「滝が強すぎます」
「何を言ってるんですか?」
「そのままです」
実際、問題は明快だった。
滝がすごい。
景色が良すぎる。
そのせいで来場者が全員そっちへ吸い寄せられ、物産ブースも休憩所もミニステージも見事に置いてけぼりになっていたのである。
「イベントより景色が勝っとるやん」
真央が腕を組む。
「負けてますねぇ」
香澄も苦笑する。
さらに、
・子どもは川辺へ寄りたがる
・年配客は歩き疲れる
・写真勢は動かない
・スタッフは追いつかない
自然が強すぎて、人間側の段取りが負けていた。
「どうします?」
つばさが聞く。
菜々子は即答した。
「勝てないなら、合わせます」
支配人モード発動。
まず香澄がMCを担当し、会場全体の“時間の流れ”をつくる。
「はいみなさーん、今から“滝タイム”ですけん、ゆっくり見てきてよかですよ〜!」
「戻ってきたら、こっちで地元の美味しかもんが待っとりますけんねぇ〜!」
押しつけない。
でも流れを作る。
さすが元バスガイド、客の動かし方を知っている。
つばさは、迷った家族連れやクレーム寸前の客に丁寧に対応する。
「今ならこちらが空いてますよ」
「景色を見たあとに、座って休める場所もあります」
言い方がうまい。
“回ってください”ではなく、“その方が得ですよ”に変換するのがうまい。
真央は簡易看板を勝手に増設し始めた。
「“滝を見たらこっち”って書いときゃええがや」
「雑ですね」
「分かりやすさが正義だで」
今日は妙に説得力がある。
しかも作業が速い。
地面の状態を見て即席ベンチまでこしらえ始めるあたり、もう何屋か分からない。
ひなたは子どもたちをまとめて自然観察ツアーっぽいことを始めた。
「はい、ここから見ると滝が一番きれいですよー!」
「こっちは危ないから行かないでくださいねー!」
笑顔で言うので、子どもも素直に従う。
「ひなたさん、そういうのうまいですね」
麻衣が感心する。
「勢いです!」
「勢いで済ませるところじゃないんですけどね」
美紀は日陰に休憩所を増設し、熱中症や疲労対応に追われる。
「座ってください、無理しない」
「水飲みましょう」
その動きがあまりに自然で、地元スタッフに混ざっても違和感がない。
「もう職員さんやな」
茉莉花が言う。
「一時的です」
美紀は真顔だった。
そして、陽菜と大翔である。
この二人は――
最初から最後まで、ただただ楽しそうだった。
「うわあああ!見て見て、すごい!」
「でっかーい!!」
滝を見て拍手。
水しぶきに歓声。
橋の上で大興奮。
「これ、ずっと見てられる!」
「また見たい!」
「今見てるでしょ」
菜々子が冷静に返すが、二人は聞いていない。
しかもこの“素のリアクション”が強い。
観客がつられて笑う。
子どもが真似する。
大人もなんとなく表情がゆるむ。
「……あの二人、何もしてないようで一番仕事してません?」
つばさが静かに言う。
「それなりにムカつきますけど、否定できません」
菜々子が答えた。
やがて会場の流れは整っていった。
滝を見た人が、自然にブースへ戻る。
休憩する。
地元の物産を買う。
ステージもちゃんと人が集まる。
「これ、祭りっぽくなってきたねぇ」
地元のおばちゃんが嬉しそうに言う。
「最初は“滝だけ見て帰るイベント”やったのに」
スタッフも笑う。
香澄が胸を張る。
「イベントは流れたい」
「急に名言っぽいですね」
真央が言った。
最後のミニステージでは、陽菜と大翔がまた最前列で手を振っていた。
「たのしかったー!」
「もう一回ー!」
その姿に、会場中がほっこりする。
「ほんと、あの二人を見てると和むなあ」
と地元のおじいさんが言えば、
「広告塔やね」
と茉莉花がまとめる。
その通りだった。
イベント終了後、地元スタッフが深々と頭を下げた。
「本当に助かりました」
「滝に負けないイベントになるなんて思わんかったです」
菜々子は静かに答える。
「もともと場所が良かったんです。人の流れをちょっと整えただけです」
豊後大野の風は、夕方になると少しやわらかくなる。
遠くに見える滝の音が、まだかすかに響いている。
ヒロ九ラッピングバスがエンジンをかける。
ゴロロロロ……モクモク……
「……景色は爽やかなのに、最後だけ空気が重いですね」
菜々子が言う。
「バスの個性です」
香澄が返す。
「個性で済ませるには黒すぎます」
それでも皆、笑っていた。
豊後大野の人たちが手を振る。
それに応えるように、陽菜と大翔が窓からぶんぶん振り返す。
「また来たいね!」
「くる!」
その返事は、たぶん本気だった。
ヒロ九の大分編は、こうしてまた一つ、景色と笑顔の記憶を積み重ねていくのだった。




