ヒロ九クエスト 第28話 水の町は待っていた ― 竹田、湧き水と城下町の“案内迷子”救出作戦 ―
熊本を抜け、黒煙をたなびかせながら走ってきたヒロ九ラッピングバスは、ついに大分県へと突入した。
ゴロロロロ……モクモク……
「……大分まで来ても煙の勢い落ちませんね」
菜々子支配人が真顔で言う。
「長旅の貫禄ですたい」
香澄が即答する。
「貫禄で済ませる話じゃないです」
つばさが静かに言った。
だが、今日の一行は妙に機嫌が良かった。
なぜなら――
「大分ですねぇ!」
ひなたが嬉しそうだからである。
「ようやくですね」
美紀も少しほっとしていた。
真央は窓の外を見ながら言った。
「ええ景色だがや。空気が違うわ」
最初の目的地は、竹田市。
山々に抱かれた静かな城下町。
澄んだ湧き水が町のあちこちに息づき、歩くだけで空気がきれいだと分かるような場所である。
しかもこの町は、あの瀧廉太郎の出身地としても知られ、「荒城の月」の世界観を思わせる風景が今も残る町。
小学校の音楽の授業で、だいたい一度はその名に触れる、あの旋律の故郷である。
「へえ……なんか、文化的ですね」
ひなたが素直に感心する。
「“なんか”で済ませると怒られますよ」
菜々子が言う。
「でも、いい町ですねぇ」
陽菜がぽん、と言った。
その言い方が一番正しかった。
今回ヒロ九が呼ばれたのは、竹田市の小さな観光イベント。
湧水スポットを巡り、城下町を散策しながら、地元の魅力を体感してもらう“まち歩き企画”である。
「お客さんは来るけど、迷うんです」
地元スタッフが切実に言った。
「案内板が分かりにくくて……」
「どこへ行けばええか分からんって言われて」
「湧水はきれいなのに、人の流れは濁っとる感じです」
最後の一言に、菜々子が頷いた。
「……うまいこと言いますね」
「いや、だいぶ困ってるんです」
実際に現場を見ると、たしかに分かりづらい。
・この先に湧水
・こっちに城跡
・戻ると物産コーナー
なのだが、表示が小さい、離れている、しかも妙に真面目で目に入らない。
観光客たちはスマホ片手に右往左往し、坂道で疲れ、休憩所も見つけられず、地元スタッフも追いついていない。
「……これは迷いますね」
つばさが静かに言う。
「そらそうだがや」
真央が腕を組む。
「読む気のない看板だで」
「また言い切りますね」
「見りゃ分かるわ」
今日も口が早い。
菜々子がすぐに指示を飛ばす。
「役割分担します」
ヒロ九、即展開。
香澄は柔らかな声で即席アナウンス。
「湧き水はこの先ですよ〜、ゆっくり回ってくださいねぇ〜」
つばさは観光客に個別対応し、何が一番困っているのかを拾う。
「坂が多くて不安」
「どこが一番見どころか分からない」
「休憩所がほしい」
その声を、菜々子がすぐ整理していく。
真央はホームセンターでもないのに現地資材を見つけてきて、簡易の案内板と矢印をDIYで作り始めた。
「このくらいならすぐだで」
「本当にすぐですね」
「器用な愛知県人なめたらアカンがや」
麻衣は小さい子連れの家族に寄り添い、美紀は坂道で少し疲れた高齢者に水分を勧める。
茉莉花は休憩ポイントにベンチの位置を整え、全体を見て「あっちに人流しすぎやろ」と現場を締める。
ひなたは――走っていた。
「こっちですよー!」
「その湧き水、冷たいですよー!」
「休憩所あっちでーす!」
完全に野生の観光案内係である。
そして、もう一つの“戦力”がいた。
陽菜と大翔である。
「見て!水きれーい!」
「つめたーい!」
「こっちも飲めるの?」
「のめる!」
「わあああ!」
完全に遊びに来ている。
「……あの二人、また仕事忘れてません?」
菜々子が言う。
「いや、あれが一番宣伝になっとるですねぇ」
香澄が笑った。
実際そうだった。
陽菜と大翔が無邪気に喜んでいるのを見て、周りの観光客もつられて立ち止まる。
「そんなに冷たいんですか?」
「ちょっと行ってみようか」
さらに二人は城跡の方でも大はしゃぎ。
「うわ、ここ“荒城の月”っぽい!」
「っぽいって何ですか」
美紀がツッコむ。
「だって雰囲気すごいもん!」
大翔も適当に乗る。
「おしろ!すごい!」
「完全に雰囲気で楽しんでますね」
つばさが小さく笑った。
陽菜が石垣の前でポーズを取り、大翔が真似して変な決め顔をすると、観光客が笑って写真を撮る。
この二人、見本客として強すぎる。
数時間後。
町の流れは見違えるようになっていた。
湧水には自然に人が集まり、
休憩所には笑顔があり、
城下町の道にも迷いの顔が減った。
地元スタッフが感激している。
「こんなにスムーズに人が回るなんて……」
「町が急に分かりやすくなった」
「これ、また来たくなるやつや」
菜々子は静かに頷く。
「もともと町がいいんです。伝わる形にしただけです」
その横で、陽菜と大翔は湧水を三杯目くらい飲んでいた。
「どれが一番おいしい?」
「ぜんぶ!」
「雑!!」
全員が笑う。
イベントの終わり、地元のおじいさんが言った。
「久しぶりに、この町が賑やかなのを見た気がする」
その一言に、皆が少しだけ黙った。
そして、ひなたが笑った。
「また来ますよ」
竹田の夕方は、やわらかかった。
山の陰が町を包み、湧水の音が小さく響く。
ヒロ九ラッピングバスが、次の町へ向けて動き出す。
ゴロロロロ……モクモク……
「……感動的な場面でやっぱり煙出ますね」
菜々子が呟く。
「味ですたい」
香澄が即答する。
「もういいです」
竹田の人々が大きく手を振る。
その中で、陽菜と大翔は最後まで窓から身を乗り出す勢いで振り返していた。
「また来たいね!」
「くる!」
ヒロ九の大分編は、まずは上々の滑り出しだった。




