ヒロ九クエスト 第27話 あの日の傷あとに、今日の笑顔を ― 阿蘇、つなぎ直す“復興の広場”ミッション ―
阿蘇の“もふもふ王国”で、美人飼育員・坂口透花を守り抜いたヒロ九ラッピングバスは、翌朝も相変わらず景気よく黒煙を吐いていた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……毎回感動のあとに黒煙が出るの、どうにかなりませんか」
菜々子支配人が真顔で言う。
「生きとる証拠ですたい」
香澄が軽く返す。
「バスに生命活動はいりません」
ひなたが笑う。
「でも、ようやく大分ですねぇ」
そう。
透花の件を終え、熊本編もいよいよ締め。
ヒロ九バスは次なる舞台・大分へ向けて動き出していた――はずだった。
だが、その前に。
「ちょっと寄ってもよかですか」
奥阿蘇鉄道の偉い人から、控えめに頼まれたのである。
向かった先は、熊本地震で大きな被害を受けた地域の、小さな広場だった。
駅前でも、公園でも、交流所でもあるような場所。
建物は直っている。道路も通れる。暮らしも戻りつつある。
でも――
「ここだけ、時間が止まっとる気がするとです」
そう言ったのは、地元のおばあさんだった。
広場の端には、大きな寄せ書きボードが立っていた。
震災直後、応援の言葉や復興への思いを書き込むために作られたものらしい。
だが途中で風雨にさらされ、色も褪せ、書きかけのまま止まっている。
「……もったいないですね」
つばさが静かに言う。
「途中で終わっとる感じがするがや」
真央も珍しく低い声で言った。
「このままにするのは、なんか寂しかです」
香澄がボードを見つめる。
菜々子がすぐに判断した。
「やりましょう」
「何をですか」
「続きを作ります」
ヒロ九、即決。
今回のミッションは、
“止まったままの寄せ書きを完成させる”こと。
ただ新しく作るのではない。
あの日の記憶と、今の笑顔をつなぎ直す。
真央はさっそく材料を確認する。
「板、使えるところ残しとるな。補強すりゃいけるがや」
「また始まりましたね」
菜々子が言う。
「何や、文句あるか」
「ありません。助かります」
職人には逆らわない。
真央は元の寄せ書きボードの枠を活かしつつ、新しい板を継ぎ足して再構成していく。
色は明るく、でも安っぽくならないように。
昔の文字は残し、新しいスペースを自然につなぐ。
「“前の言葉”と“今の言葉”が同じ場所にあるのが大事だで」
「いいこと言いますね」
「いつも言っとるわ」
口は相変わらずベラベラだが、手も相変わらず完璧だった。
香澄は地元の人たちに声をかけて回る。
「前に書いた人も、初めての人も、また書いてくださいねぇ〜」
その柔らかな熊本弁に、おじいさんおばあさんたちの表情がほぐれる。
「もう今さら書くことなかよ」
と言っていた人が、気づけばペンを持っていた。
つばさは、その横で人の話を聞く。
「うちの孫が元気に戻ってきたんです」
「家は直ったけど、まだ気持ちがねぇ」
どの言葉も受け止め、急かさず、無理に明るくもしない。
その聞き方が、地元の人にはありがたかった。
ひなたは力仕事担当。
ベンチを動かし、道具を運び、ついでに子どもたちと遊ぶ。
「これ書いていいのー?」
「いいですよ!いっぱい書いてください!」
大型犬のように動き回る副支配人。
茉莉花は現場の人の休憩や飲み物を回し、
美紀は無理する高齢者がいないか目を光らせる。
「休みながらでいいですからね」
「無理したら意味ないです」
看護学生、今日も強い。
陽菜はボードの前で、子どもたちと一緒に色ペンを選びながら笑っていた。
「この色かわいいね」
「うん、これで書こ!」
大翔も当然そこにいる。
「ぼくも書く!」
「何て書くの?」
「がんばれ!」
五歳児、核心を突く。
やがて、広場には少しずつ人が集まってきた。
最初は様子見だった地元の人たちも、
寄せ書きが増えるにつれて、自然と立ち止まり、話し始める。
「あの時は大変やったねぇ」
「でも、こうしてまた書けるのは嬉しかね」
「今度は明るいこと書こうか」
笑い声まで混じり始める。
「……いいですね」
菜々子がぽつりと呟く。
「はい。やっと“続き”が動いた感じです」
つばさが答える。
夕方。
寄せ書きボードは、見違えるようになっていた。
古い応援の言葉の横に、
新しい文字が並ぶ。
「元気になりました」
「また会いに来ます」
「次は笑顔で」
「ここが好きです」
そして、大翔の大きな字。
がんばれ
真央が腕を組んでうなずく。
「雑やけど、一番ええな」
「子どもの言葉は強いですね」
香澄も笑った。
地元のおばあさんが、目を細めてボードを見上げる。
「やっと完成したねぇ」
「……まだ途中かもしれません」
菜々子が静かに言う。
「でも、ちゃんと続き始めました」
おばあさんは、何度もうなずいた。
日が傾く。
ヒロ九バスの前に、地元の人たちが集まる。
「ありがとう」
「また来てね」
「今度は大分でも頑張って」
手を振る人たちの顔に、どこか明るさが戻っている。
ひなたが笑う。
「よか仕事でしたねぇ」
陽菜も頷く。
「うん、すごくよかった」
大翔は最後まで寄せ書きボードを見ていた。
「また書きにくる!」
「その頃にはもっと増えとるかもね」
麻衣が言う。
バスがエンジンをかける。
ゴロロロロ……モクモク……
「……最後まで黒煙なんですね」
菜々子がぼそり。
「熊本の思い出ですたい」
香澄が笑う。
「絶対ちがいます」
だが、そのツッコミもどこか柔らかかった。
こうしてヒロ九ラッピングバスは、
寄せ書きと笑顔を熊本に残し、
いよいよ大分へ向けて走り出した。




